ジョブスの発想の一つに、消費者自身も自覚していない欲望をいち早く製品という具体的な形にしてみせ、流行を生むことがあげられる。欲望の行く先を読み、大胆なイノベーションで洗練されたスタイルを世に出すことで、アップルはIT業界の最前線に立ち続けていた。

ジョブスはそれを、こういう言葉で語っている。

「私が好んでやまないウェイン・グレツスキーの言葉をご紹介します。『私が滑りこんでいく先はパックが向っているポイントであり、パックがあったところではない』。アップルも同じことを常に試みてきました。誕生のごくごく初期の頃からそうでした。そしてこれからもそれに変わりはありません」

ウェイン・グレツスキーは、天才的な妙技で十代のころから多くの記録を塗り替えてきた伝説のプロアイスホッケー選手だ。引退後も「グレート・ワン」の愛称でファンから慕われ続けている。

敵味方が激しくパックを争奪するアイスホッケーは。試合展開がめまぐるしく、時に乱闘にもなる荒々しい競技だ。パックの動きを瞬速で判断して先手を取る。それは、ジョブスの経営判断と市場判断にもぴったり通じるのだろう。
ジョブスはこれと見込んだプロ中のプロを口説いて、自分の為に仕事をさせるのが得意だ。才能を集めて200%の出力をさせるという発想だ。

しかし時にはジョブスの誘いを拒否するものもいる。
そのひとつが、ゼロックス・パロアルト研究所の出身者たちが作ったアドビだ。

ジョブスは自分が創業したアップルを1985年に追放されている。
98年に暫定CEOとして復帰、2000年にiMacを成功させ、経営に瀕していたアップルを復活へと導いた。その歩みを確実にしようと、ソフトウェアの制作をアドビに依頼したのだった。

拒否された。

拒否されたら普通は他業者を探すところだが、ジョブスは発想を「自力」に転じた。

「昔からMacを支えてくれていただけに我々はショックを受けた。でもそれで腹が据わった。誰も助けてくれないなら自分たちでやるまでだ」

やがて自社製のiPhoto、iMovieなどが生まれ、アップルは新しいデジタル・ライフスタイルの中心企業へと変身していく。
スティーブ・ジョブスとは技術者なのか?経営者なのか?どうしてカリスマなんだ?
そんな目線で見てみると、ジョブスの特性がよく判るのではないでしょうか?
確かにジョブスは技術者ではなく、天才的な経営者ですらないのです。

アップルを創業しましたが、技術系は共同経営者のウォズに全てを任せていました。
金銭的な問題はマイク・マークラが全て解決。
経営はペプシの社長だったジョン・スカリーが担当(笑)

ピクサー創業時もそうでした。
技術はキャットムルトが、資金やマーケティングはディズニーが支えていました。制作はジョン・ラセターに丸投げ(笑)

だけどそんなジョブスに優れたライバル企業が次々と先を越され続けている…。
例えばiPodはソニーかコンパックがつくってもおかしくなかった。

マッキントッシュは、ゼロックスのパロアルト研究所がその技術の殆どを開発したものでした。しかしゼロックスは技術を製品として結実できませんでした。

キャットムルトがピクサー創業以前、資金と器材、優秀な人材に恵まれた場にいたのに、ジョブスと出会うまでは優れた長編アニメーションがどうしても作れなかったことを振り返ってこう言っています。
「金だけでもダメ、良い器材だけでもダメ」

ジョブス自身は独創の秘密をこう語っています。
「多くの企業は優れた技術者や頭の切れる人材を大量に抱えている。でも最終的には、それを束ねる重力のようなものが必要になる」

重力とは才能や努力というよりも、生き方なのかもしれません。

ジョブスは才能や能力はなくても、時には暴君、時に救世主として君臨し、敗残にも絶対に屈しない。そんな生き方によって人を惹きつけ、知恵と情熱を引き出し、技術と資金と人材を、足し算ではなく掛け算にして世界を変えてしまえる人間なのです。だからカリスマなのでしょう。