ジョブスの発想の一つに、消費者自身も自覚していない欲望をいち早く製品という具体的な形にしてみせ、流行を生むことがあげられる。欲望の行く先を読み、大胆なイノベーションで洗練されたスタイルを世に出すことで、アップルはIT業界の最前線に立ち続けていた。

ジョブスはそれを、こういう言葉で語っている。

「私が好んでやまないウェイン・グレツスキーの言葉をご紹介します。『私が滑りこんでいく先はパックが向っているポイントであり、パックがあったところではない』。アップルも同じことを常に試みてきました。誕生のごくごく初期の頃からそうでした。そしてこれからもそれに変わりはありません」

ウェイン・グレツスキーは、天才的な妙技で十代のころから多くの記録を塗り替えてきた伝説のプロアイスホッケー選手だ。引退後も「グレート・ワン」の愛称でファンから慕われ続けている。

敵味方が激しくパックを争奪するアイスホッケーは。試合展開がめまぐるしく、時に乱闘にもなる荒々しい競技だ。パックの動きを瞬速で判断して先手を取る。それは、ジョブスの経営判断と市場判断にもぴったり通じるのだろう。