ついでに韓国のトイレも紹介 | kouseisogoのブログ

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  前ブログで中国のトイレを紹介したが ついでに韓国もやってみる。 ネットから集めたものを今見てみると、日本ではまずあり得ないトイレの位置であり、改めて彼らとの感性の違いを感じる。

半島では台所にトイレがあるのは昔からの習慣である。 昔は小便壺だった。 大の方は外に出て道端や川でしたり、家の横に置いている木桶にしたり。 そのせいで村や街は糞尿の臭いが蔓延していたと言う。(イザベラ・バード著「朝鮮紀行」

当時の日本人の記録文によると「小便がハネても、こぼれてもすぐ横で寝ている朝鮮人は平気だ」としている。

水洗トイレになってからは キムチを作る際、白菜を洗うのに台所が塞がっていれば 横のトイレの水洗を利用するという信じられない話も・・・・ 。

 

      

  台所の横にトイレがある。 昔はこれが壺だった。

 

 

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最近、両国にまたがる諸問題を考えるにつけ、「何考えとんねん!」と思うことがやたらと多い。 これらの写真を見ると、「これはもう人種が違うなぁ」と思わざるを得ないのだ。 顔・形こそ似てはいるが、日本人の良識や常識は全くもって通じないことが実感できる。 良い悪いの問題ではない。 ただ隔たりが大きいのである。 この違いは埋まるものではないし、その必要もない。 民族性として彼らが有するものは、外からとやかく言うものではない。 向こうから見れば、日本人の潔癖性が病的に映るだろうから。

 

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  次の二つのトイレ、その位置関係もとうてい我が国では考えられない。 一人の時はともかく、もう一人が着座した場合どうすればいいのか? 彼らは 「普通にすればいい」と思っているからこのような距離と位置になっているのだ。 これは勘弁してもらいたい。 夢に見そうだ。

 

        

どう考えても首をかしげたくなる配置である。 この距離の近さ・・・・  日本ではあり得ないが、あちらでは別に嫌がられもせず ちゃんと使われているのだ、多分。

 

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我々は民族間の違いをよく認識した上で対処する必要がある。 日本人どうしの問題なら、つまらぬことに時間を割くことは無駄だと思うから、相手を放置する場合がある。 しかし朝鮮人には決して「放置」してはならない。 ばかばかしいことでも逐一徹底して反論し、理不尽さを厳しく指摘する必要がある。 どんなに面倒でもそれを続けて行くことである。 過去にそれをして来なかった結果が、彼らのウソの主張を「世界常識」として跋扈させることになったのだから。

 「真実はいつか必ず明らかになる」などと寝言を言ってはいけないのだ。

 

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  次。 左の写真は駅に向かう階段か? 何でこんな所にトイレ? 公認「立ちション」に近い。 男性用ピクトグラム(トイレマーク: これ日本人の発明です)が付いているが、こんなの要らなくね? まず女はできんやろ。 男でも躊躇しそう。

だが夜遅くの切羽詰まったヨッパライなら使用するだろう。 多分、そんな連中がこれまでに壁に向かって小気味よく放尿して、管理者は困っていたのだ。 そう考えると合点が行く。

  我が国でも街の路地に鳥居マークが描いてある。 これが大阪の釜ヶ崎になると、同じように鳥居マークはあるが、その横に「大便するな」と書いてある。 「もう小は許すから、せめて大だけはしてくれるな」という諦観にも似た悲痛な叫びである。(これ、西成署の警官から聞いたことで実話です

  かの国で鳥居は無効だ。 彼らの前で鳥居を見せても、ダンプカーにブタ饅をぶつけているようなもの、 ミニ慰安婦像でも描いた方がマシだろう。 だが挺対協から「立ちションよけに慰安婦像を利用するとは何事か!」と叱られるかも。

 

右のピクトグラムは、トイレである事は分かるものの、何も覗くこたぁないだろう。 制作意図不明である。 このマークが付いた男子トイレに入ると、何だか自分が覗きをするようで気が引ける。

 

         

左: 使用に際して、これも根性のいるトイレである。 人で混雑している時など、日本人なら躊躇する。 最初は何でこんな所に・・・・と思ったが、立ちション防止なのだと思う。

右: ジョークなのか。 あまりコミカルには見えないが。 ピクトグラムで何も「覗く」必要はないだろう。

 

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  羞恥心の感度に違いがあるようだが、その余り 露骨な表現もまかり通る。 次の例もいただけない。 子供にも分かるようにしたのだろうか。 ここまでリアルなマークにする必要はないだろうにね。 ここのトイレに入る際、大書きされたマーク通りのポーズで自分も用を足すのかと思うと気分が重い。

 

  マークがリアルで大き過ぎるだろう。中央にはペニスのオブジェが。 だがあの国では別にクレームが付く訳で無し、ましてや撤去するようなことでもないのだ。

 

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  我が国でも祭りの際、道祖神として男女の象徴をかたどった石などを神輿に担ぐことがある。 だがそれは子孫繁栄や五穀豊穣を願ってのもの、ただのジョークを交えたオブジェではない。

 

  どうもこの国の住民は「排泄行為」や「排泄物」というものに偏執的な興味を持っているようだ。 彼らの言動を見るにつけ、この一種幼児性にも似た性癖が知見される。 その集積として彼らの社会が構築されているように感じる。 役所のロビーで抗議の為に汚物をぶちまけるなどはその典型的な例である。 抗議方法が稚拙かつ未開である。 他の先進国で同じ事をすれば、逆に蔑視されるのがオチだ。

  また国家間の約束を反故にする、ウソを吐くなどにも幼児性が見える。

  怖い相手には卑屈なほどにへつらい、そうでない相手には思いっきり我がままに振る舞う。 幼児を甘やかすからこんなことになる。 日本人は躾け方を知らない。