■終末のワルキューレ
「終末のワルキューレ」、という漫画がある。
自分は初めてこの作品を知ったとき「なんて安直な漫画だろう」と思った。
史上最強の13人を集め、人類の存亡を賭けた神々との戦い「神VS人類最終闘争(ラグナロク)」が勃発。
その対戦カードは全て神と人。1回戦は呂布VSトール、2回戦はアダムVSゼウス……まるで中学生が考えた黒歴史ノートではないか。
そんな、手に取るのに恥ずかしさすら覚えるような漫画でありながら、いざ読み始めると止まらない。悔しいけど、面白い。
なぜこの漫画はこんなに面白いのか。1つは企画の勝利だろう。
だって呂布とトールが戦うのである。考えてもみてほしい、呂布とトールの戦いを見たいか?と聞かれたらそりゃ見たいよ。夢のカードじゃん。それが終わったら今度はアダムとゼウスである。たまらない。
世界中の誰もが知っている歴史上・伝説上の人物と、これまた世界中の誰もが知っている神々が、異能タイマンガチンコバトル。
もうこの時点で掴みとしてはバッチリすぎるほどバッチリである。どれほど「安直」と言われようとも、気になって読んでみたいと思わせた時点で企画側の勝ちだ。
⇒ 実を言うと、神側はともかく、人類側は「なんでこいつが?」「戦うタイプじゃないだろ」みたいな奴がチラホラいる。しかし、それはそれで「こいつはどんな戦い方をするんだ?」というのが気になって楽しみだったりする。
もちろん、どれだけ夢のカードを思い描いたところで、それを作品として落とし込めなければただの黒歴史ノートである。
だが、そこに作者の高い画力、魅力あるキャラクター造形が加われば黒歴史ノートも立派な「作品」となる。終末のワルキューレという作品は、作者の力量なしには成立しない。
特にキャラ造形に関しては、たった1度戦っただけのキャラクター(呂布やジャック・ザ・リッパー)が外伝として単体のスピンオフ作品を成立させてしまうほど、高い人気を誇る。
例えるなら映画「パシフィック・リム」のような。子供のころ思い描いていた夢に溢れた妄想を、大のオトナが大真面目に具現化させてしまうロマン。
自分のような初めは否定的であった者ですら、掌を返して食い入るように読んでしまう。それだけの魅力がこの漫画にはある。
アニメ化もされ、間違いなく今最も勢いのある漫画の1つだと言えるだろう。
■魔女大戦
で、本題の魔女大戦である。友人から勧めてもらった漫画だ。
「終末のワルキューレを読んでるなら、これも読んでみるといいよ」
最初はその言葉の意味が分からなかったが、少し読んでみてすぐ合点がいった。あまりにも内容が終末のワルキューレすぎる。
設定や展開、細かい描写に至るまで………いや、ちょっと、ここまでワルキューレと丸被りでいいの??
歴史上・伝説上の著名な人物を集め、異能タイマンガチンコバトル。
バトルの最中にはこれまたワルキューレ的な回想シーン。
表紙の構図もワルキューレとまったく一緒。
闘技場の客席に、対戦者にちなんだ人物(たとえば呂布戦なら関羽とか)が出てくるところまでワルキューレと同じ。
見開きにデカデカと描かれたトーナメント表を見て、ワルキューレの「あのシーン」を思い浮かべなかった読者はいないだろう。
これが他社作品なら「パクリ」の誹りはまず免れなかったところであろう。しかし、この魔女大戦、実はワルキューレと同じ雑誌の掲載作品なのである。
⇒ どちらも月刊コミックゼノンという雑誌に連載されている。
同じ雑誌の作品なら「パクリ」じゃないのかと言われると微妙だが、単行本の帯を見ても分かるとおり、この魔女大戦はワルキューレの公式ライバルという位置づけであり、コミックゼノンが大手を振ってワルキューレを模した作品だという事が分かる。
つまり、言い方は悪いが、この魔女大戦という漫画は「終末のワルキューレ人気」にあやかって二匹目のドジョウを狙って作られた作品なのである。
⇒ というか、二匹目どころじゃないかもしれない。コミックゼノンについて調べてみたところ、他にも「ワルキューレ」的な作品を1、2つ見つけた。
出版社としてより売れる作品を、というのは理解できるのだが、しかし、これはいくら何でも露骨すぎやしないだろうか。
そもそも、元が「安直」なワルキューレである。それがウケたからって、それと同じような作品を乱発するなど安直の上に安直を重ねたようなものではないか。
とはいえ、一度「ワルキューレ」で掌返しを経験している自分である。これだってワルキューレと同じようなドンデン返しを見せてくれるかもしれないと思い、試しに読んでみる事にした。
この魔女大戦、ベースはほぼ「ワルキューレ」と同じだが、あちらとの差別化を図るため以下のような違いが存在する。
■①対戦者がすべて女性である
最大の違いだろう。魔「女」大戦のタイトル通り、対戦者は全員女性。そしてその全てが魔女という設定である。
⇒ この漫画では紫式部だろうとキュリー夫人だろうと魔女である。いわゆる一般的なイメージの魔女ではなく、能力バトルとして魔法を使うので「魔女」という呼称なのだろう。
「ワルキューレ」が神VS人類最終闘争(ラグナロク)なら、魔女大戦は魔女千夜血戦(ヴァルプルギス)。
また、「ワルキューレ」のような神側は存在せず、ほぼ全員が歴史上の人物である。
■②トーナメント形式である
「ワルキューレ」はいわば神側と人類側の「団体戦」であり、1人につき1回しか戦わないが、魔女大戦はトーナメント形式なので、勝ち上がりがある。
ちなみに対戦者は全部で32人。グラップラー刃牙の最大トーナメントに匹敵する規模である。
■③「魔女階位」の存在
「ウィッチズ・オッズ」と読む。出場する魔女の中から「推し魔女」を選び、誰が優勝するかを賭けるというもの。
この倍率が低いほど「優勝の可能性が高い」と思われているという事であり、出場者の中でも「本命」という事になる。
ちなみに魔女階位が一番高いのはクレオパトラで1.8倍。一番低いのはジャンヌダルクで1065倍である。
むろん(作中でも語られているが)、これはあくまで魔女の「人気順」を表したものであって、強さを表すものではない。
しかし、次に出てくる魔女がどれぐらい有力な存在であるかを示す指標にはなる。
これは「ワルキューレ」にはなかった(というか、「優勝」の概念がないワルキューレには存在し得ない)システムであり、作中の観客と読者の視点をシンクロさせる、面白い試みだと言えるだろう。「では読者の皆さん、貴方なら誰に賭けますか?」という訳だ。
さて、ここでもう勘のいい人なら気付いたかもしれないが「女性限定、歴史上の人物32人」という厳しい制約のために、魔女大戦では登場キャラクターに対する「誰?」が頻発する。
というか、歴史に疎い自分など半分ぐらい誰が誰だか分からない。八百屋お七って誰?ボニー・パーカーって誰??
調べてみたところ、八百屋お七は恋人に会いたい一心で家に火を付けた放火魔、ボニー・パーカーは銀行強盗や殺人を繰り返した犯罪者らしい。なんかどっちもあんま応援したいタイプじゃないが。
まあ、「なんでこいつが?」という意味なら「ワルキューレ」のジャック・ザ・リッパーなんかも同じタイプだが、それでもあちらは、少なくとも名前を知っているぐらいの知名度はあった。
それに対して魔女大戦は、戦うタイプじゃない上にそもそもの知名度が低い、という謎チョイスが大量に紛れ込んでいる。
しかしそれも仕方ないだろう。歴史上で、女性で、戦う人物と言われたら自分はジャンヌダルクぐらいしかパッと思い浮かばない。
⇒ 実際、魔女大戦ではジャンヌダルクが主人公的な扱いを受ける。
一応、魔女大戦には「魔法」の概念があるので、戦うという点については(戦闘タイプの人物でなくとも)何とでもなる。
しかし「女性限定、32人」という厳しい制約で選ぶ以上、登場キャラクター(元ネタとなった歴史上の人物)の知名度の低さはいかんともしがたい。
この点、魔女大戦は「ワルキューレ」に比べ、大きなハンデを負っていると言えるだろう。
で、実際のところこの「魔女大戦」は面白いのか。
実をいうと、はじめはあまり面白くないと思っていた。
絵は綺麗なのだが、そのぶん荒々しさもなく、バトルものとしては「ワルキューレ」ほどパワーを感じない。
何より致命的な問題として、主人公(ジャンヌ)に魅力がない。もっと言えば、トーナメント形式のバトル漫画で主人公を設定したのは失敗だとすら思う。
元から主人公がいる漫画なら別として、魔女大戦は「歴史上の有名な人物を集めて対等に、タイマンで戦わせる漫画」である。
誰が勝ちあがるか分からないワクワクがトーナメントの醍醐味なのに、主人公なんて設定してしまったら、もうそいつの勝ち上がりは約束されたようなものである。
⇒ そういえばグラップラー刃牙の最大トーナメント編も、刃牙の試合が一番つまらなかった。理由はもちろん「勝敗が見えているから」である。
魔女階位が一番低いなんてのも正直前振りにしか見えんし、1話からメインを張ってきた主人公が1回戦で負けてしまう訳もない。
しかもそのジャンヌ戦が無駄に長い。刃牙ですら1回戦のアンドレアス・リーガン戦はサクッと終わらせたというのに。
結果が見えているのにダラダラと長い試合など最悪である。ジャンヌ戦は1回戦の第2試合だが、今のところ、魔女大戦の全カードの中でもこの試合が断トツで評価が低い。
正直、この1回戦第2試合で読むのをやめようかと思ったほどである。
■卑弥呼 VS クレオパトラ
(ここから先、ネタバレを含むので注意してほしい)
ここからが本題である。1回戦第3試合。卑弥呼 VS クレオパトラ。
魔女大戦屈指の注目カードである。魔女階位の高さから言っても、卑弥呼が4位、クレオパトラが1位。1回戦にして本命 VS 本命の対決である。
しかも卑弥呼とクレオパトラといえば、ほとんどの人が知っている人物だろう。そういう意味でも、2人がどんな戦い方をするのか興味が沸く。
そんな読者の期待を裏切らず、2人は初登場シーンからして印象的である。
まずは卑弥呼。第3試合が始まろうとする直前、単行本3巻の第12話にて初登場する。
もうすぐ自分の試合が始まろうというのに、なかなか闘技場に向かおうとしない卑弥呼。どうやら控室の中で何かやっているようだ。
そんな彼女に業を煮やし案内人がドアを開くと、そこには壁全体に呪術的な、いかにも怪しげな紋様が描かれていた。
案内人が困惑する中、さらに卑弥呼は続ける。
「魔女千夜血戦は100%確実にワシが優勝する。キミは、信じるかなァ?」
なかなか自信ありげな発言である。魔女階位1位のクレオパトラ戦を前にこうも言い切るあたり、彼女なりに何か作戦があるようだ。
※ ところで、表紙を見れば分かるとおり卑弥呼の髪は銀髪である。作中の印象で黒髪だと思っていた人も多いのではないだろうか。というか、銀髪を黒塗りで表現するのって珍しい気がする。
一方のクレオパトラもインパクトでは負けていない。卑弥呼に先駆けること第6話、そこには案内人の生首が転がっていた。
何事かと思えば、どうやら案内人がクレオパトラの姿を見ただけで惚れてしまい、襲い掛かってきたため返り討ちにしたようだ。さすがは世界三大美人の1人。
闘技場の観客たちも、絶世の美女クレオパトラが見られると知って大盛り上がり。対戦相手ばかりが注目され、卑弥呼としてはちょっと面白くない展開である。
「ウォォーー!待ってましたァ!!」
「この魔女が見たかったんだよ!!」
そんな観客たちを横目に、こっそりと不服そうな表情を浮かべる卑弥呼が面白い(笑)。
あらゆる人が一目見ただけで虜になってしまうクレオパトラの美貌だが、同じ魔女である卑弥呼には通用しないようだ。
クレオパトラの顔を覗き込み、面と向かって「ワシの好みとはちょっと違う」と言い放つばかりか、あまつさえこんな暴言まで。
一蹴。さすがは魔女階位1位、そう簡単にペースは握らせない。この返しはさすがに卑弥呼も予想外だったらしく、不満げな表情を浮かべる。
まず前哨戦はクレオパトラが一歩リードか。そう思わせたところで両者は互いに「魔装」を身にまとう。
「魔装」とはこの漫画に出てくる造語の1つであり、戦いの際に魔女が身に付ける戦闘服のことだと思えばよい。
つまり、この作品に登場する魔女は「通常モード」と「戦闘モード」、2つの衣装を併せ持つのだ。
クレオパトラが魔装「命冥加たる艶美」によって観客たちを一層釘付けにする中、卑弥呼も遅れて魔装「日出処鬼巫女」を身にまとう。
うーん、カッコいいじゃないか。魔装をまとった卑弥呼の不敵な表情もイカす。二振りの刀を携え、さらに頭部には角に見立てた仕込み短刀を装備し、その外見はさながら鬼のようだと評される。
まずは卑弥呼が自慢の仕込み短刀で一歩リード………したかに思えたが、その時、卑弥呼の腕を掴んだクレオパトラがただ一言、こう言い放つ。
次の瞬間、卑弥呼の左腕が文字通り「ねじれ」、もの凄いスピードで折れ曲がっていく。
クレオパトラの腕を振り払ってもねじれは止まらず、卑弥呼は咄嗟に自分の左腕を切り落とすことで難を逃れる。
これこそがクレオパトラの「魔法」であった。あまりの美貌を持つクレオパトラは、願いさえすれば誰もがその願いを叶えた。欲しいと思ったものを誰もが与え、憎いと言えば人さえ殺したのである。
そんなクレオパトラの魔法は、「自分の右腕が触れた相手に何かを『願う』ことで、それが叶う」というまさにチート級のものであった。
右腕で触れるという条件はあるものの、「願えば叶う」というあまりにも強力なクレオパトラの魔法。しかも卑弥呼は既に左腕を失っているという大きなハンデ。
卑弥呼は絶体絶命のピンチを迎えた状態で、魔女大戦第3巻、終了。
うがあ続きが気になる。
ちなみに自分は、この時点でだいぶ卑弥呼派に寄っていた。卑弥呼のほうがキャラが立ってると思ったし、「100%確実に優勝する」と豪語していた根拠も気になる。それに、卑弥呼はまだ自分の魔法を明かしていないのだから、少なくとも1回は卑弥呼のターンがあるはずである。
じゃあ続きを買って読めばいいじゃん、と思うかもしれないが、本屋に3巻までしか置いていなかったせいでまだ3巻しか出ていないと勘違いしてしまったのである。
続きが出ていると知ったのは、友人(例の、魔女大戦を勧めてくれた友人)と遊びに行ったとき。
「早く卑弥呼戦の続き見たいんだけどさ~次の単行本出るのいつなんだろうね~」みたいな話を振ったときに「は?何言ってんの?」みたいな反応を返された(笑)。
⇒ ちなみに、この時点で6巻まで刊行されていた。
この時の自分の驚きと興奮たるや。しばらく待たされると思っていた作品の続きが、今すぐ読めると分かったのである。家に帰ったら絶対魔女大戦の4巻を買うんだと心に決めた。
「え、さすがに卑弥呼が勝つでしょ?だって100%勝つって言ってたじゃん?まさか負けたりしないよね?卑弥呼が勝つよね?」とだいぶ興奮気味にまくし立てる自分に対し、結果を知ってる友人は「いや~それは読んでからのお楽しみだから……」とはぐらかすばかり。こんニャロウ(笑)。
既にこの日は0時を回っていたので、家に帰り電子書籍版の魔女大戦4・5・6巻を購入。
「頼む!卑弥呼が勝っていてくれ!!」と祈るような気持ちで4巻のページをめくった。
いきなり左手を失うという大きなハンデを背負った卑弥呼ではあるが、その戦意はいまだ衰えていなかった。
「でもまぁ、ギリ想定の範囲内かなぁ──…」
左手を失ってなおこの威勢の良さ。これが虚勢なのか、それとも何か根拠があっての物言いなのかは分からないが、少なくともまだ卑弥呼には「逆転の一手」の用意があるらしい。
事実、この後卑弥呼はあの手この手で巻き返しを図るのだが、やはりクレオパトラの魔法は強力で、悉く潰されてしまう。
それどころか、戦いの中で手の内を晒すうち、とうとう卑弥呼の魔法の正体が暴かれてしまうのだった。
「”相手の信じた嘘を真実に変える魔法”
それが其方の魔法ではないか?」
「一度術に嵌れば実に恐ろしい魔法。だが…
ネタが割れればまるで意味を成さぬな」
文字にすると少し分かりづらいが、要するに、卑弥呼が相手に「毒を盛った」と言い、相手がそれを信じれば、本当に毒を盛った効果が表れる。それが卑弥呼の魔法である。
口八丁でペースを有利に運ぼうとする卑弥呼には、まさにうってつけの魔法と言えるだろう。
しかしクレオパトラが言うとおり、ネタが分かってしまえば対策するのも簡単である。要するに、卑弥呼の言うことを信じなければいいのだから。
仕込み短刀による最後のあがきも失敗し、とうとうクレオパトラに捕まってしまう卑弥呼。
まさに絶体絶命、この状態でクレオパトラが願えばそれでジ・エンド。自分も「え……?まさかこれで終わり?卑弥呼ここで終わり?」と内心穏やかではない。
だが、これこそが卑弥呼の用意した「逆転の一手」であった。
クレオパトラの背後から忍び寄る1つの影。何とそこにもう1人の卑弥呼がいるではないか。
訳が分からず観客が騒然とする中、クレオパトラの胴体には刃が深々と突き刺さっていた。
一体何が起こったのか。それは遡ること試合前。部屋の異様な雰囲気に困惑する案内人に、卑弥呼は「魔法をかけた」のである。
「ワシの魔法とは…『卑弥呼を増やす』魔法。
その魔法にかかった者は…”卑弥呼”に…なる」
もちろん、これは卑弥呼が吐いた嘘である。だが、案内人はその嘘を信じてしまった。そしてその瞬間、案内人の姿は「卑弥呼になってしまった」のである。
どんなに信じがたい嘘でも、巧みな話術と布石づくりで相手に真実だと信じ込ませる。それこそが卑弥呼の真骨頂である。
それが見事に嵌った今、形勢は完全に逆転したと言ってよい。片や胴体を刃で貫かれたクレオパトラ、片や全くノーダメージの卑弥呼。
これはもはや勝負あったか。というか、勝負あってくれ。どうかこのまま終わってくれ。
そんな自分の祈りも虚しく、策に嵌ったクレオパトラの反応は、卑弥呼もまったく予想だにしないものであった。
「フ… 良いのう… 愛せるぞ。
見事じゃ… 妾と戦うためにここまで策を練り上げてくるとは」
卑弥呼の策に嵌り、立腹するでも、悔しがるでもなくなぜか興奮するクレオパトラ。
この状況でもまだまだ敗色を匂わせないあたり、さすが魔女階位1位は伊達じゃない。というか、全く予想外の反応に卑弥呼も若干引いてる(笑)。
⇒ でも、読んでいて自分は気が気じゃなかった。「げぇっ!?まだ終わらないのかよ!」「え、まさか卑弥呼負けるのか……?」と内心ドキドキである。
思えば、クレオパトラの生涯は一方的な愛を受けるだけの人生だった。
あらゆる者が一目見ただけでクレオパトラの虜になり、絶対的かつ一方的な愛を捧げた。しかしそれは、「愛」というより「盲信」に近いものだったのだろう。
美貌だけで人々を魅了してしまうクレオパトラだったが、それ故に、誰も彼女の心を知ろうという者は現れず、そしてそれ故に、彼女自身も心から人を愛したことがなかった。
しかし、今こうして目の前に、生まれて初めて自分の事を知ろうとする者が現れる。
卑弥呼がクレオパトラを倒すために積み上げてきた策や布石、それらが全てクレオパトラにとっては自分を知ろうとする行為、すなわち愛だというのである。
「その眼でしっかりと妾を見ておる。妾を知ろうとしている。
全身全霊で妾を感じている!!
こんなにも妾を感じようとした者はいない!
そして妾も全身全霊で其方を感じている。
あぁ…!
これじゃ…
これこそが妾の欲した… ”愛”じゃ…!!」
戦いの中で、ついに探し求めていた「真愛」を見つけたクレオパトラ。そして、なおも彼女を打ち倒そうと向かってくる卑弥呼に対し、クレオパトラは全身全霊をもってそれに応える。
戦いの最中、折れてしまった左腕で卑弥呼の顎をかすめるクレオパトラ。
折れた腕で攻撃してくるとは卑弥呼も思わなかったのだろう、モロに受けて脳震盪を起こしてしまう。
膝から崩れ落ち、動けなくなってしまう卑弥呼。クレオパトラに「あの魔法」がある以上、動けなければ決着は一瞬である。
卑弥呼に歩み寄り、その身体に触れたクレオパトラは、恍惚とした表情でこう囁くのだった。
「愛し… 愛される…
それこそが 『愛』
其方じゃ
全部 其方が叶えてくれた」
凄い描写だ。愛を囁くクレオパトラと、死の恐怖に怯える卑弥呼の表情。「愛しておるぞ、卑弥呼」「『爆ぜよ』」というクレオパトラの台詞。互いに矛盾した相容れないはずの要素が隣に並び合い、アンバランスきわまった極限の対比を生んでいる。
って、今だからこそ落ち着いて文章を書いているが、正直最初に読んだときはこの辺もう「うわあああああ!!ぐわああああああ!!」と頭の中がグラグラして、ページをめくるのが辛かった。
卑弥呼VSクレオパトラ、いよいよ決着の時である。
口から激しく吐血し、倒れ込む卑弥呼。そしてそれを優しく抱きかかえるクレオパトラ。
「ガッ アッ… アア…
ア…
アガッ… アリッ ガ…
アリガ… ト… ウ…」
「信じてくれてありがとう」
さて、ここから先の展開は、ぜひ単行本を読んで確認してほしい。
ここまで語っておいて今さらネタバレもへったくれもないのだが、それでもここだけは、是非原作を読んでほしいと思う。
ただ、1ヶ所だけどうしても語っておきたいところがある。クレオパトラの最期だ。
地面に倒れ込むクレオパトラの生命はもはや風前の灯火。目も虚ろで、視力を失ってしまっているようだ。
最後の力を振り絞り、手を伸ばして卑弥呼の姿を確かめようとするクレオパトラ。だが、彼女の右手の「魔法」については、既に皆が知っての通りである。
誰よりもその恐ろしさを知るはずの卑弥呼。しかし、彼女は一瞬クレオパトラの姿を見据えたかと思うと、そっと自分の顔に手を添える。
右下で「危ない!」と叫ぶのは台与(卑弥呼の宗女)であるが、これは実質、読者の気持ちを代弁したものと言って差し支えないだろう。
ここで改ページが入るというコマ割りがまたニクい。クレオパトラは一体何をするつもりなのか。この状態でもう1度彼女が「爆ぜよ」と願えば、今度こそ卑弥呼は死ぬ。
自分など「お、おい……まさかここに来てまだどんでん返しがあるのか!?」と思いながら読んでいた。頼むからこれ以上ヒヤヒヤさせないでくれ。
だが、クレオパトラの願いはそんな事ではなかった。
「まだ… 返事を聞いておらぬぞ」
そう、クレオパトラは「あの言葉」に対する返事を知りたかっただけなのである。
卑弥呼から答えを聞き、卑弥呼の腕の中で塵となって消えゆくクレオパトラ。
卑弥呼 VS クレオパトラ、決着。
■全体の感想
なんだ、この終わり方の美しさは。作者天才じみてるよ。
これは勝手な想像だが、この卑弥呼VSクレオパトラ戦は、連載前から作者が既に構想を練り終えていた話なのではないだろうか。そうでないと、ここまで綺麗に着地を決めることはできないと思う。
終わりの美しさだけでなく、全体で見てもこの卑弥呼戦は抜群に完成度が高い。その理由をいくつか挙げてみよう。
① 最後までどちらが勝つか分からなかった
これが大きい。1回戦のカードを振り返ってみると、第1試合は「善」vs「悪」の対比が露骨すぎたし、第2試合は主人公補正マシマシの出来レース。そして、結果の見えているバトルほどつまらない物はない。
そこにきてこの卑弥呼VSクレオパトラは、最後までどちらが勝つかマジで分からなかった。
いや、自分は卑弥呼が勝つだろうと信じていたのだが、対戦相手のクレオパトラは全然格を落とさないし、終盤は卑弥呼が負けることを本気で覚悟していた。
二転三転とする展開はまったく先が読めず、有利不利が流動的に変化する戦いは、いわゆる「ターン制」と揶揄されるような退屈なバトルとは一線を画している。
つまり、まず「バトルとしての完成度が高い」のだ。
② 能力バトルとしてレベルが高い
加えてこれである。これまでの試合は、何のかんのと言っても「結局最後は力押し」であった。
魔女ごとにそれぞれユニークな魔法が与えられていると言っても、互いの実力が拮抗していくれば、最終的には「どちらのパワーが上か」という展開に収束しがちだったのである。
だがこの卑弥呼VSクレオパトラ戦は違う。
卑弥呼の魔法は、そのままでは直接戦闘を有利にするものではない。また、卑弥呼自身もたまに仕込み短刀が活躍していた程度で、特に武術面で優れていたという描写はない。
つまり、ただ魔法を使うだけで超人的な能力を発揮できた他の魔女と異なり、卑弥呼の場合、そのままでは凡人レベルの戦闘力しか持ち合わせていないのである。
そこにきて相手はあのクレオパトラであり、相手に触れられれば即・ゲームオーバーという一触即発の危険な状況。
そんな状況を打破すべく卑弥呼は布石を打ち、策を積み上げ、口八丁で自分のペースに持ち込み、己の魔法を最大限に活かす。
そうそう、これだよこれ。単なるパワー勝負ではない、自分の特性を活かしたトリック・プレー。これこそが能力バトルの醍醐味ではあるまいか。
③ キャラが立っていた
魔女大戦のような漫画では結局これが一番大事なように思う。どうでもいいキャラ同士が戦って、バトルが面白くなる訳がない。
もちろん展開の面白さも大事だが、自分の「推しキャラ」が戦い、応援し、勝ってほしいと思ったとき、バトル漫画は何倍にも面白くなる。「展開」と「キャラ」は車の両輪なのである。
だから、魔女大戦という漫画が面白くなるかどうかは「魅力的なキャラクターを生み出せるかどうか」とほぼイコールである。そしてそれが、キャラ造形力という名の作者の「力量」という事になる。
ごく個人的な感想だが、卑弥呼はこの漫画の中でも圧倒的にキャラが立っていた。「バトルとして完成度が高く」「能力バトルとしてもレベルが高く」「キャラは魅力的」ときているのだから、これはもう面白くならない訳がない。
⇒ 最初はどうでもいいと思っていたクレオパトラも、試合が終わる頃には好きになっていた(特に散り際の美しさが大きい)し、やっぱり名試合はキャラの魅力を引き立てるよなあ。
漫画を読んでいて緊張で手に汗握るなんて一体いつ以来だろうか。マジでデスノートの最終巻を読んだとき以来かもしれない。
もちろん、それは自分が卑弥呼を気に入っていて、入れ込みながら読んだのも大きいのだが、読者にそう思わせるだけのキャラクターを生み出したのは、紛れもなく作者の「力量」である。
さて、初めは「なんて安直な……」と思いながら読み始めた本作であるが、気が付けばどっぷりハマっていた。終末のワルキューレに続き、2度目の掌返しである。
これほどの名試合を描ける作者ならば、今後も期待できる。魔女はまだ半分以上も残っており、卑弥呼と同等、あるいはそれ以上に魅力的な魔女が今後も登場するかもしれない。
読者のそれぞれに「推し魔女」がいることと思うが、とりあえず自分は魔女大戦の卑弥呼を応援します。
■ところで
いま自分は、魔女大戦に対して抱いている懸念が2つある。
1つは最後までトーナメントを描いてくれるかどうか。途中で打ち切られたり、突然別の展開が始まったりしないよね?
特に前者については、漫画自体が打ち切られてしまったら応援もヘッタクレもない。
そもそも、トーナメントの規模を大きくしすぎではないだろうか。今更言ってもしょうがないのだが、32人は多すぎる。
ざっと計算しても、トーナメントが終わるまで31試合かかり、今のところ1試合1巻程度のペースなので、完結まで最低でも31巻はかかる。2回戦以上はもっと長引くだろうから、実際はそれ以上だろう。
31巻も続いたら相当な長期連載の部類だと思うのだが、本当に、コミックゼノンはそこまで続ける覚悟の上で連載を始めたのだろうか。
グラップラー刃牙ですら最大トーナメント編が始まったのは21巻以降、確固たる人気を得てからであった。しかも1回戦はサクサク進むので、31試合を20巻程度でまとめている。
これに対し魔女大戦は1回戦からじっくりページを割いて描くので、相当な長期連載になる事が予想される。
魔女大戦のようなオリジナルの新作が、こんな長期プロットで連載を始めてしまうのはけっこうな博打ではなかろうか。
まあ、そんな事は自分が気にしてもしょうがないのだが、だからといって途中で打ち切られてしまうのは困る。
1回戦ぐらいもっとサクサク進めればいいのにとも思うが、そのお陰で卑弥呼VSクレオパトラのような名試合も生まれたわけで、一概に時間をかけるがダメとも言えない。
というか、試合に時間をかける事自体は全然構わないのである。そのほうが長く楽しめるし。兎にも角にも自分が心配しているのは「こんなに巻数の必要そうな設定を作って、本当に最後までやり切れるのか?」という事である。
トーナメントが途中で中断されて、別の展開が始まってしまわないかも心配である。
⇒ しかもトーナメントの主催者アグラットが何か目的を持って動いているようであり、いかにもあり得そうな展開なのが怖い。
グラップラー刃牙の最大トーナメント編が偉大なのは、内容の密度もそうだが、まず何よりあれだけの規模のトーナメントを「きちんと完結させた」点にあると思う。
魔女大戦も一度トーナメントとして始めたからには、まずきちんとトーナメントとして完結させてほしい。
ただ、本屋で7巻の帯をみると「100万部突破!」と書かれており、売れ行きは順調なようなので、すぐに打ち切られるという心配はなさそうだ。そうであってくれ。
というか、7巻で100万部って普通に凄くないか?最近の漫画事情はよく知らないが、1巻あたり10万部以上売れているなら相当な人気漫画と言って差し支えないレベルだと思う。
単行本が売れればアニメ化などのメディア展開も期待できるだろうし、今後も魔女大戦の人気がどんどん盛り上がってくれるよう、応援したいと思う。
もう1つの懸念はもっと切実である。2回戦で卑弥呼が負けたりしないよね?
卑弥呼の2回戦の相手はマタ・ハリという魔女なのだが、こいつがまた曲者で、複数の魔女たちで結成された「魔女の鉄槌」という集団の、頭目のような位置に君臨している。
そんなポジションのキャラが1回戦で消えてしまうはずもなく、魔女大戦でほぼ唯一の瞬殺劇を繰り広げ、相手を寄せ付けない圧倒的な強さで初戦を勝ちあがった。
⇒ ちなみにこの対決のせいで、対戦相手のメアリー・リードは自分の中で「残念な魔女ランキング」の断トツトップにランクインしている(笑)。
仮に2回戦を勝ち上がったとしても、その次の相手は主人公補正マシマシのジャンヌ・ダルク。いくら何でも鬼ブロックすぎんだろ。
⇒ まるでもう巴御前に勝ったかのような物言いではあるが。というか、巴御前が勝ってくれて全然構わないのだが。でもジャンヌが勝つんだろうなあ。
まあ、と言っても魔女大戦自体まだまだ始まったばかりなので、これから先の展開がどうなるかは分からない。
そもそも作中でジャンヌが主人公だとは一言も言われてない(言われてないよね?)ので、実は卑弥呼が主人公でしたぐらいの大どんでん返しを見せてくれると、個人的には大変嬉しい。
⇒ あっ、でもWikipediaを見てみるとジャンヌの項目に「主人公」って書いてある……。
あるいは卑弥呼がマタ・ハリもジャンヌも蹴散らしてサプライズ優勝してしまうとか。ここまでくると予想というよりただの願望だが(笑)。
あと、これは友人と話す時よく話題になるのだが、1回戦が終わったあたり(つまり、全ての魔女が出そろったタイミング)でリアル・魔女階位を実施してほしい。
要するに、人気投票である。1番人気の魔女を2回戦で負けさせるなんて事はまさかしないだろうから、投票する側も俄然気合いが入ろうというものである。
推し魔女の順位を少しでも押し上げるべく、己が熱意を全て注ぎ込んで優勝してほしい魔女を選ぶ。まさにリアル・魔女階位である。
自分?もちろん卑弥呼に全ツッパですよ。