朝、職場に向かう時刻が9時直前になると、
高層の雑居ビルの1階には、
エレベーター待ちの人の列が伸びています。
エレベーターの到着を知らせる上のランプが点滅し、
ピンポーンとひらいた扉に、1台分の人数が向かいます。
地下から乗ってきた人が何人かいると、
そのエレベーターに乗り込もうとした人が2、3人、
乗るのをあきらめ、また列にもどることも。
◇
じっと動かない人を詰めた狭い密室、誰の声もしません。
ごく短い時間なのに、あの煮詰まった空気が、私は苦手です。
停止階で扉が開き、何人か降りて、
空気が動くと、ほっとします。
◇
そうかと思うと、
昼間、エレベータの扉が開くと、中に女性がふたり。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
扉が開きかけたときには聞こえた、明るい話し声が、
私が載ったとたんぴたりとやんで、沈黙。
ふたりは、エレベータの隅にからだを寄せます。
再び扉が開いて、彼女たちが降りるとき、
沈黙の空白などなかったかのように、
先ほどまでの会話の続きが、ごく自然に始まります。
◇
狭い密室に、見知らぬ人が入ってくるわけですから、
彼女たちが身構えてしまうのも仕方ないですね。
それがわかっていても、少しさびしい気がします。
私の額に書いておきたくなります。
「人畜無害」
でも、ほんとうに書いてあったら、
彼女たちは、私がのった時に、
あわてて「開」のボタンを押して、
私と入れ替わりに降りてしまいそうですね。
[end]