栗林写真工業が1959年に発売したペトリペンタ。
このレンズが前回紹介したC.C. Petri Orikkor 50mm F2である。
今回紹介するのはその後継機である。Petri PentaV2からPetriは独自のペトリマウントを採用するようになる。そしてレンズもC.C. Auto 55mm F1.8へと変更される。下の写真はVシリーズの最終形V6だ。このころにはペトリは低価格路線を進むことになる。
一眼レフでレンズ込みで3万を切る価格。F1.8が25,000円、F2が21,600円だった。同じ1965年に発売されたCanon 7s 50mm F1.8付きが44,500円だったことを考えるとその安さが分かる。ちなみに同じ年に発売したキャノネットQL17が23800円だった。レンジファインダー廉価機と同じ価格で憧れの一眼レフが買える。これが当時のPetriの戦略だったっようだ。
価格を抑える一方で広告、宣伝には力を入れていたようで、V6のカタログも秋山庄太郎氏が登場している。
標準レンズは55mm F1.8と55mmF2、上位版の58mm F1.4がある。
写真は左からF2、F1.8、F2同じスペックでもさまざまなデザインが存在する。
今回の主人公は真ん中のPetri C.C.auto 55mm F1.8だ。しかし上記写真を見る限り前玉径は、ほぼ同じでF1.8とF2を見分けることはできない。それもそのはず、これらは同じ光学系をもったレンズだからだ。
じつはF2のレンズはF1.8のレンズをデチューンしてF2にしている。
F2のレンズに関して具体的に言うと前期型は通常f1.8でシャッターを切ったときに絞り連動機構が働いてF2まで絞られる。ピントを合わせるときはf1.8なのだがシャッターを切った瞬間f2に化けるのだ。後期型はあらかじめフレアカッターのような薄い絞りプレートで口径を小さくしてF2にデチューンしている。つまりF1.8よりF2のレンズの方が手間やお金がかかっているのだ。なぜこんなことをしたか真意は分からないが、おそらく仕様変更の範疇でバリエーションを増やしたかったのだと思う。
現代のミラーレスデジカメでは絞り連動させずに撮影することで前期型のF2レンズをF1.8として使うことが出来る。もっとも中古市場においてF2とF1.8は価格的に区別されていないので恩恵というほどではない。
Petri C.C. auto 55mm F1.8
シンプルな4群6枚構成。中でも最もクラシカルな部類に入る構成だ。一眼レフ用の標準レンズ設計はそのほとんどがテッサー型かガウス(ダブルガウス)型になる。F2を切るハイスピードレンズはほぼガウス型だ。そのためガウス型は無数に存在し設計もどんどん進化している。そのオリジナルは言うまでもなく1897年パウル・ルドルフのプラナーである。
Petri 55mm F1.8の方が前後群の非対称性はあるもののかなり似ている。シンプルな構成は好感が持てる。その写りは。
美しい!!
現代レンズのなめらかなボケとは180度違う幻想的なボケ。それでいて被写体の存在を邪魔しない絶妙なボケ味は、まるで戦前のMeyer Gorlitzのレンズ達のようだ。この当時の国産レンズでは嫌われることも多かった硬めのボケだ。通常中心解像力を上げていくと代償としてボケがかたくなったり、二線ボケになったりするのはよくある現象だ。しかしこのレンズは中心解像力を上げて発生した硬めのボケと二線ボケをさらにその他の収差とごった煮にしてブレンドにしてちょうどいいさじ加減にしたようなそんなボケをしている。美しく情緒的なのだ。
遠景においては、周辺部が明らかに弱いが味わいのある写りをする。中心部のピント面は非常にシャープなので、ビルの隙間から見えた飛行機雲にも自然と目が行く。道路に写し出されたビルの窓の反射も美しく再現されている。
前述のOrrikor 50mm F2よりレンズが1枚少ないせいか写りのヌケが良くスッキリとした印象になっている点も面白い。
こんなによく写りるのに、このレンズ現在の市場価格は驚くほど安い。ペトリマウントという特殊マウントのせいもあるだろうが、低価格戦略で安物というレッテルを貼られてきたことも大きいだろう。またその独特すぎるボケ味がなかなか評価されなかったというのもあるだろう。しかしこのレンズは、時代に忘れ去られた名レンズだと思う。