■#046 長宗我部元親 悪い時代に生まれてしまった■ | みの吉の学校で教わらない戦国時代

みの吉の学校で教わらない戦国時代

群雄割拠の戦国時代。
戦国武将たちは自らの信念を持って必死に生きています。
そんな戦国武将から学ぶことはたくさんあるのではないでしょうか。

日本の戦国時代を中心に学校の授業では教わらない、
エピソードや戦国武将の名言・家訓などのご紹介をしていきます。

四国の覇者長宗我部元親
長宗我部元親




















アニメのように眼帯はしてませんよ(笑)
長宗我部元親 BASARA





(戦国BASARより)




元親は本能寺の変の後、明智光秀と組もうとしたり、

小牧・長久手の戦いでは徳川家康と組んで、

豊臣秀吉を挟み撃ちにしよとしたりと、

常に中央に出る野心を持っていました。



こんな元親を秀吉が放っておくはずもなく、

天正十三年、四国討伐が決行され、

元親も秀吉に降伏する事となったのです。



その後の元親は秀吉の命に従い、

九州征伐、小田原征伐、朝鮮出兵と出陣しました。



そんな中、小田原征伐が終わり、

秀吉が上機嫌で聚楽第に諸将を招き、

宴席を設けた時の元親と秀吉の会話でした。




秀吉:「元親よ、そちは四国を望むか、それとも天下を心掛けるか?」

元親:「どうして四国を望みましょう。天下にございます」

秀吉:「しかし、そなたの器量では天下の望みは叶うまい」



そこで、元親が述べた言葉が、



元親:「悪い時代に生まれてきて、

    天下の主になり損じ候」




この言葉に対して秀吉が聞き返すと、



元親:「他の天下であれば、おそらく天下を取れると思います。

    ですが秀吉様の世に生まれ合わせ、その望みを失ったため、

    悪い時代に生まれたと申したのです」



と述べたのです。



これには秀吉も大層上機嫌となり、

元親にすぐさま茶を所望したそうです。



初めは天下を望むと述べ、秀吉をハッとさせておきながら、

最後には秀吉を持ち上げるという、

なかなかの処世術ではないでしょうか。













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