近況報告と希望的観測に基づいた予告 | == 肖蟲軒雑記 ==

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ツボに籠もっているタコが、「知っていても知らなくてもどっちでも良いけど、どちからというと知っていてもしょうもないこと」を書き散らすブログです

 妻の父が亡くなり、それに伴い表出した様々な問題に二人で向き合った結果、ブログに関わることは優先順位のはるか下位になってしまった。ずっと更新しておらず、歯がゆい気持ちでいる。

 

ようやく一段落(といっても新たな始まりに過ぎないともいえる)を見そうなのだが、ここまでのところで学んだことを少し紹介したい。

 

① (当たり前の話だが)定期的な健康診断は重要

 様々な生活様式があるので、健康診断に時間を割くことが難しい人もいるであろう。しかし、現役を退いた高齢者なら、自分の子供や孫に迷惑をかけないためにも、健康状態のチェックは必要である。今回私たちが体験したことのほとんどは、それが出来ていればもっとマシだったという状況であった。

 

 以下は医者になった高校時代のクラスメートがかつてしていた話。

高齢の患者さんに接して、

患者「せんせい、あたしゃね。こんな色々と検査を受けなくてもいいのよ。ぽっくり死ねば良いんだから。そうすれば子どもたちにも迷惑かけないし…」

「あのね、○○さん。ぽっくり死のうと思ったら、きちんと健康に気をつけてないといけないのよね。検査しないと、七転八倒するほど苦しいのに中々死ねない病気はわからないでしょ?そんな病気になったら、お子さんたちにも迷惑かけるでしょ?」

 これが、どの程度正鵠を射ているかはわからない。むしろある種の方便と受け取った方がよいような話ではあるが、少なくとも今回のケースには当てはまりそうな言葉として思い出した次第である。

 

② 糖尿病と認知症の組み合わせは結構マズイ
 

 糖尿病は古くは飲水病と言われた。やたらノドが渇き頻繁に水を飲むようになるからである。これは、血液中のブドウ糖濃度が高い状態にあることで、浸透圧差が生じ、体液側から水を奪おうとすることによって起こる症状だ。その結果、尿も大量にでることになる。

 

 藤原道長がこの病に悩まされたことが記録に残っている。『小右記』によれば、道長五十一歳の時、「近頃は昼夜を問わず水を飲みたくなる。口が渇いて、脱力感がある。ただし、食欲は以前とかわらない」と言ったそうだ。飲水病の症状が出ているのだ。他の人々(少なくとも伊尹=道長の伯父、道隆=道長の兄、伊周=道隆の子)に同様の記述があることから、藤原家は糖尿病家系のようである。




 病気に罹っているか、そこから快復しているかを「食欲の有無」で判断することは日常的に多いだろう。しかし、糖尿病に限って言えば、食欲は指標とはなり得ない。むしろ、血糖値のコントロールができないことから、異常な空腹感に襲われ、普段よりも異常な食欲を呈することもあるようだ。

 

 世に名高い

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば

を詠んで絶頂を誇ったのは、この翌年、寛仁二年(1018)十月十六日のことであるが、糖尿病は確実に彼の体を蝕み続けていた。

 『小右記』によれば、歌の翌日のこととして、道長の視力が減退し、顔を近づけても誰か区別ができなくなったとある。糖尿病性白内障であろう。

 明けて寛仁三年二月、『御堂関白記』には彼の自覚症状が記されている。

「六日、甲午、心神如常、而目尚不見、二三尺相去人顔不見、只手取者許見之、何況庭前事哉」

 (気持ちや精神状態はいつも通りだが、目がよく見えない。数十センチも離れると人の顔が分からないのだ。手に取ってみることはできるのに…ましてや、あの美しい庭も愛でることなど叶わない)

 

 

 当時は原因も分からない、ましてや適切な治療など望むべくもない時代だ。権勢を誇った彼は、最後には糖尿病性の免疫不全からくる瘍(はれもの)を煩い、全身に毒気が回って(敗血症らしい)亡くなったのである。この記述から7年後、万寿三年(1026)十二月四日のことであった。


以上は、酒井シヅ著『病が語る日本史』(講談社学術文庫1886)より引用(というよりほとんど丸写し)


 こちらのサイト などを見ると、今日の医学的理解がわかるので詳しくは述べないが、


1)血中のブドウ糖濃度が高いままであるため、通常では低く抑えられるタンパク質類糖修飾が制御できなくなり、その結果血管だけでなく様々な器官がダメージを受けボロボロになる。この合併症としては道長にも出ている白内障だけでなく網膜症腎症血管合併症(末梢への血液供給が滞り、足や手の壊死が起きる)などが挙げられる。


2)免疫不全にもなりやすくなり、罹っても普通なら抵抗できる感染症が重篤になる。道長の瘍や敗血症もこの範疇に入るものである。

 

3)加えて近年の研究成果では、アルツハイマー病など認知症のリスクも高いことが分かってきた。


 アルツハイマー症の主要な原因はアミロイドβという物質が脳(特に記憶に関わる海馬という部位)に蓄積することで神経が壊死していくことにある。正常ならこの物質は体内にある酵素(インシュリンを分解する酵素のもう一つの重要な役割)によって分解される。

 糖尿病になるような糖質中心の食習慣を続けると、インシュリンが出っぱなしになる。→ インシュリン量を制御するためにこの酵素がとてつもなく忙しくなり、アミロイドβを分解するヒマがなくなる。→ 脳内にアミロイドβが蓄積し、アルツハイマー病が進行し易くなる。という構図があると考えられる。

(例えばFarrisらによる2003年の論文:insulin-degrading enzyme regulates the level of insulin, amyloid β-protein, and theβ-amyloid precursor protein intracellular domain in vivo. アメリカ合衆国科学アカデミー紀要(通称PNAS10074162-4167p

 この他、上に挙げた血管障害の標的は脳にも及び、その結果血管性認知症の原因にもなりうる。

 

 というように怖ろしい病気であり、一旦罹患したら一生つきあわなくてはならないのはいうまでもない。

 しかしながらその一方、糖尿病は、インシュリンが廉価に産生できるようになった今日では、きちんと向き合って対処すれば症状を改善できるようになった病気でもある。遺伝子工学の大きな成果の一つと言ってよい。

こちらのサイト をどうぞ。


 症状を改善して快適な生活を送るためには、インシュリンの規則正しい投与(注射か内服かは症状の程度による)と、血糖値の管理が必須である。たとえば、体調と血糖値に合わせてインシュリンをどのように投与するか、一旦投与したらきちんと食事をとらないといけない、というような自己管理が必要になる。普通であってもハードルが高いこういったことが、日常のことが管理できなくなる認知症を発症していると極めて困難になるのは明らかである。

 

 認知症のひとつの現れは、それまで何気なくできていた日常生活を送ることができなくなることである。例を挙げれば、掃除・整頓が出来なくなり最悪ゴミ屋敷化がおこる(ゴミ屋敷の原因はもちろん他にもある)。入浴を嫌がるようになるなど衛生管理ができなくなる。主観的には「できなくなっていることがわからない」ので厄介だ。掃除・整頓ができなくなると、高齢による筋力低下のため、ただでさえ高い転倒のリスクを助長する。ケガをすれば雑菌の感染は免れないだろう。衛生管理の不全も感染のリスクを高めることになる。

 

 今回私たちの身内に起こったことは、緊急入院で大きな山を越えることができた。しかし、以後のケアを考えると、二つの病気の組み合わせは、事実上一人で生活していたかつての暮らしに戻ることを不可能にさせる。その解決を求めての模索がブログ更新を滞らせてしまったのである。

 

 
今後の予定というより希望】

 スケさんとクロー頼朝義経兄弟が出会った川近くの学校で教鞭をとることになった。パートタイムに過ぎないが久々の現場復帰である。上記の事情に加えて講義の準備や教材作成もあるのでどうなるかわからないが、以下の記事は取材や資料収集は終えているかそのメドが立っているので、なんとか書きたいものである。

 

木の仏さま7 天平漆事情と木心乾漆の系譜

木の仏さま8 怖い顔の薬師さま

 

ハシバ・ネネの仏像訪問(1)解題後編 後白河法皇

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