幕末の江戸にプロの売春婦が5700人もいた理由 | 山科薫マニアックな世界を楽しみましょう

山科薫マニアックな世界を楽しみましょう

ブログの説明を入力します。

幕末の最盛期には、江戸の人口が100万人を超えていまし

た。今の東京と比べれば全然少ないので実感はないかもしれ

ませんが、当時としてはかなりの人数だったのです。

 

そして驚くのは、江戸にプロの売春婦、というか売春を仕事

にして生活している女性が5700人ほどいたということで

す。

 

幕府公認の吉原の他にも100ヵ所以上の岡場所があり、そ

こでの私娼を合わせると5700人ほどになるということで

す。これも、かなりな人数です。

 

女性の仕事が他になかったわけでは、ありません。農業だけ

でなく町人の場合にはほぼ全てが共稼ぎでした。独身でもそ

れぞれの地域にも女性だけの労働ネットワークがあり、便利

屋のような形で仕事を積極的にしていて、その気になれば女

性が色気を抜きに仕事をすることはそこそこに出来ました。

 

それでも売春婦が多かったのは、ギャラが他の仕事よりも良

かったのと同時に、需要が凄く多かったからのようです。

 

江戸には独身の男性や単身赴任の男性が多く、その人たちは

現金収入がそれなりにあった一方、寂しい日々を送っていた

のです。なので収入の多い人は吉原へ、特別多いわけではな

い人は近くの岡場所へ足を運んでいたそうです。

 

そうなると、体を売る仕事は女性にとって手っ取り早く稼ぐ

一番の手段となってしまっていたということです。