トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』 | 文学どうでしょう

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ティファニーで朝食を (新潮文庫)/トルーマン カポーティ

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トルーマン・カポーティ(村上春樹訳)『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)を読みました。

『ティファニーで朝食を』はぼくにとってそれほど大切な作品でもなくて、それは何故かと言うと、訳者あとがきで村上春樹も触れていますが、多くの人がそうであるように、映画の印象の方が強いんです。

ティファニーで朝食を [DVD]/オードリー・ヘプバーン,ジョージ・ペパード,パトリシア・ニール

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オードリー・ヘップバーンがヒロインのホリー・ゴライトリーを演じているんですが、小説と映画ではラストが違います。ラストがどう違うかには触れませんが、それはつまり同じようなストーリーでありながら、小説と映画で描かれる物語は決定的に異なるということです。

もし片方しか見ていない方がいらっしゃったら、その分楽しめると思いますが、ぼくとしては小説の方が無理がなく、感傷的ではありますけど、かえって心に沁みるのではないかと思います。ところがやはり、何度読んでも映画のイメージで上書きされてしまうんですね。

ホリーは映画も小説も同じように頭が空っぽというか、現実と上手く折り合えない、勝手気ままなキャラクターなんですが、どこか底抜けの明るさを持ったような映画のキャラクターの印象の方がどうしても強いわけです。性的に開放的な要素というのはともかく、小説でのホリーは、「まやかし」と表現されることが多いんですよ。ただし「本物のまやかし」であると。

この「本物のまやかし」というのは、小説を読んでいるとすごくよく分かる感覚なんです。つまりとらえどころのなさがあって、逆に言えばとらえてしまっては、もうそれはホリーではないんです。映画のホリーは小説のホリーに比べると、エキセントリックではあるものの、とらえられないことはない。そうしたささいな印象の違いですが、そこが決定的に違う部分だろうと思います。

ここであらすじ紹介に入るところですが、ちょっと脱線していいですか? ダメと言われてもしちゃいますよ。他の映画の話をすこしだけ。

『ティファニーで朝食を』のホリー役を演じたオードリー・ヘップバーンはもう言わずと知れた大女優ですよね。ほとんど知らない人はいないと思います。でも意外と映画を観たことのない方も多いだろうと。一番のおすすめがですね、『ローマの休日』なんです。

ローマの休日 製作50周年記念 デジタル・ニューマスター版 (初回生産限定版) [DVD]/オードリー・ヘップバーン,グレゴリー・ペック

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『ローマの休日』は名画中の名画とされていて、なにもぼくがおすすめする必要もないはずなんですが、あまりにも有名で、あまりにも名画とされているから、かえって観られていないところがあると思うんです。特に若い世代には。ぼくもそれで敬遠しているところがずっとありました。

ところがこれは抜群に面白いんです。どういう話かというとですね、『水戸黄門』とか『暴れん坊将軍』みたいに、身分のある人が下町に繰り出してみるというのが基本ラインです。オードリー・ヘップバーン演じるどこかの国の王女さまが、旅先で抜け出してローマを探索します。

見るもの聞くものが始めてのことばかり。そして普段自分1人ですることはあまり多くないので、何をするにも純粋な驚きがあります。バイクで街を走ったり、ジェラートを食べたり、”真実の口”の所ではしゃいだり。映画のシーンとして楽しく美しく印象的なものがたくさんあります。

しかしこの映画が本当に面白いのは、純粋無垢な王女さまのエスコート役をつとめるのが、グレゴリー・ペック演じるアメリカ人の新聞記者というところです。つまりこの映画は、出会って恋に落ちたラブラブカップルのラブ・ストーリーではなく、新聞記者が王女さまのスクープを狙う物語なんですよ。

王女さまがこんなことをしていた、というのを写真つきの記事にしたら話題になるわけで、新聞記者は相棒のカメラマンに小さなカメラで色々な場面を撮影させます。新聞記者という身分を隠して、王女さまの冒険に付き合う新聞記者と、王女さまという身分を隠した王女さまの短い時間の物語。

王女さまの天真爛漫さ、純粋無垢さは天女が下界に舞い降りてきたような感じです。そのくらい庶民とはかけ離れているんです。新聞記者はそんな王女さまにいつしか心を動かされ・・・。

新聞記者が悪とは到底言えませんが、物語の構造としては、たとえば詐欺師が相手を騙そうとするが、相手の純粋さに打たれて・・・というパターンに似ています。悪人が良心を動かされることほど面白いものはないですよね。うんうん。

つまり、『ローマの休日』は退屈な恋物語ではなく、水面下では偽りの身分と本当の身分との葛藤が描かれている、ある意味ではとてもスリリングな物語なんです。そして世間知らずで無垢な王女さまを演じたオードリー・ヘップバーンがとにかくいいんですよねえ。いやほんとに。

みなさんもぜひ観てみてくださいね。おすすめです、『ローマの休日』。

さてさて、『ティファニーで朝食を』のあらすじ紹介に移ります。今回は『ティファニーで朝食を』の紹介なのでした。

作品のあらすじ


物語は回想から始まります。こんな書き出しです。少し長いですが、途中を省いて引用してみます。

 以前暮らしていた場所のことを、何かにつけふと思い出す。どんな家に住んでいたか、近辺にどんなものがあったか、そんなことを。たとえばニューヨークに出てきて最初に僕が住んだのは、イーストサイド七十二丁目あたりにあるおなじみのブラウンストーンの建物だった。(中略)窓はひとつしかなく、それは非常階段に面していた。とはいえ、ポケットに手を入れてそのアパートメントの鍵に触れるたびに、僕の心は浮き立った。たしかにさえない部屋ではあったものの、そこは僕が生まれて初めて手にした自分だけの場所だった。僕の蔵書が置かれ、ひとつかみの鉛筆が鉛筆立ての中で削られるのを待っていた。作家志望の青年が志を遂げるために必要なものはすべてそこに備わっているように、少なくとも僕の目には見えた。(9~10ページ)


これはすごくいい書き出しで、昔住んでいた場所を思い出すこと、そしてその頃は小説家志望の若者だったことが、いくぶん感傷的なものも含みながら描かれています。蔵書、鉛筆、鉛筆立て。何もないけれど、すべてのものが備わっているように思える。なんとなくその感覚、分かる気がします。

これから映画を観る方のために、あえてぼかして書いておきますが、〈僕〉はあるきっかけで、ホリー・ゴライトリーという女性を思い出します。郵便受けに「ミス・ホリデー・ゴライトリー 旅行中」と書かれた名刺を貼っていたホリー。本来なら住所が載っているはずのところに、「旅行中」と書かれているんです。

〈僕〉はある夜ユニオシさんの怒鳴り声で目を覚まします。ユニオシさんは写真家かなにかで、一応設定は日本人だったような。ホリーはいつも家全体の玄関の鍵を持っていなくて、真夜中でもユニオシさんの部屋の呼び鈴を押して開けてもらっていたんです。

やがてホリーはいつしか、〈僕〉の部屋の呼び鈴を鳴らすようになります。ホリーは〈僕〉のことを「ダーリン」や「フレッド」などと呼びます。フレッドというのはホリーのお兄さんで、〈僕〉がフレッドに似ているから「フレッド」なんです。

ホリー・ゴライトリーがどんな女性なのか、説明するのはすごく難しいです。20歳くらいで、いつもサングラスをかけている、きれいな女性。一応女優の卵なんですけど、別に女優になりたいわけではないから、マネージャーみたいな人が仕事を見つけてきても、オーディションに行かず、気まぐれにどこかへ出かけていってしまいます。

いつも周りに男をはべらせて、チップをもらったりしてお金を稼いでいたりします。娼婦かというとそれも少し違っていて、男にお金を貢がせるという点で少なからず似ている部分はあるんですが、そうしたことを生業にしているわけではなく、男たちとどこまで関係があるかはよく分かりません。やがて赤ん坊みたいな大金持ちのラスティーと付き合っていることが分かってきます。

ホリーはいつもパーティーを開いたりして、大騒ぎをしています。〈僕〉のホリーに対する感情は恋愛とは少し違っていて、肉欲的にホリーを求めるとか、嫉妬するとかそういうことはなく、少し離れたところから、ホリーを冷静に眺めている感じです。もちろん嫌いということもなくて、いつしか「友情」と呼ぶのが一番ふさわしいような関係が築かれていきます。

やがてホリーに思わぬことが降りかかります。ホリー自身は知らないけれど、確実にホリーのうかつさで陥ってしまった状況。それを機にすべての物事が大きく変化していきます。そして・・・。

とまあそんな物語です。〈僕〉の作家の卵時代に強い印象を残したホリーの物語。ホリーはどんな女性だったのか、なにを求めて、なにを手に入れたのか。

2点だけ興味深いポイントについて触れます。

まずはタイトルの『ティファニーで朝食を』に関連してですが、なぜティファニーなのか。ティファニーというのは言わずと知れた宝石などを扱う有名ブランドですけども、ホリーは気が滅入った時に、ティファニーに行くとリフレッシュというか新しい気分になれるというんです。そうした悩んだ時に行く特別な場所として出てきています。

もう1つはホリーの飼っている猫について。ホリーは猫に名前をつけていないんです。村上春樹の『羊をめぐる冒険』にも名前のない猫が出てきました。『ティファニーで朝食を』の中で、この猫は大きな意味を持っています。ホリーにとって猫とはどういう存在だったのか、ぜひ注目して読んでみてください。

『ティファニーで朝食を』には短編が一緒に収録されています。「花盛りの家」「ダイアモンドのギター」「クリスマスの思い出」の3編。

「花盛りの家」はある娼婦の話。男に見初められて結婚しますが、その家のおばあさんがやけにいじわるをしてくるんです。そしてそれに対して彼女はあることをします。こうなるだろうなあという展開にならず、おばあさんの存在がすごく印象的で、ラストも思わずにやりとさせられるような、なんだか不思議な短編でした。

「ダイアモンドのギター」は、囚人の話。ダイアモンドのギターを持った若い男が新入りとしてやってきます。冒険譚などをいきいきと話す若者。若者は、ある囚人に一緒に逃亡しないかと持ちかけます。そして・・・。キャラクター造型の巧みさがとにかく際立った短編です。時に感覚的な文章がとても印象的です。

「クリスマスの思い出」は、おばあさんと少年の話。2人は遠縁のいとこ。クリスマスにいつものようにフルーツケーキを作ろうとする、それだけの話です。この短編はすごくよくて、電車の中で思わずほろりと泣いてしまいました。

文章が美しいということもありますが、なによりも淡々と描かれる物語であるからこそ、おばあさんと少年の関係が胸に迫ってくるんです。おばあさんにはしたことがないことがたくさんあって、映画も観たことがないんです。そこで少年に映画の筋を話してもらうことを何よりの楽しみにしています。

少年に自転車を買ってあげたいけれど、お金がないから買えません。2人は保護者と保護される側ではなくて、本当に友情のような絆で結ばれています。むしろ少年の方が頭がいい部分もあります。クリスマスツリーを手に入れるところ、プレゼントを交換するところが好きですねえ。

おすすめの関連作品


リンクとして、小説を1冊と、映画を2本紹介します。

まずは小説から。ホリーのような天真爛漫な女性を描いた小説。デュマ・フィスの『椿姫』です。

椿姫 (光文社古典新訳文庫)/アレクサンドル デュマ・フィス

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こちらはどっぷり恋愛です。娼婦と青年の関係を描いたラブ・ストーリーなんですが、意外や意外、純愛みたいな感じなので、かなり泣けます。

「恋」だけではなく、「愛」が描かれた物語なんです。「愛」には自己犠牲の要素が含まれると思うんですが、つまり自分の身を犠牲にしてでも相手のためになることをしようとするわけです。

続いては映画ですが、今エキセントリックな役を魅力的に演じさせたらナンバー1との呼び声高い(ぼくの中で)ズーイー・デシャネルの映画を2本紹介します。

女優さんの中にも、きれいだけれど近づきがたい感じの人と、それほどきれいではないけれど、親しみやすくてキュートな感じの人がいますよね。メグ・ライアンとか。

ズーイー・デシャネルは親しみやすくてキュートなタイプの女優です。そしてエキセントリックな役がよく似合います。

まずは、ジム・キャリー主演『イエスマン』です。

イエスマン “YES”は人生のパスワード 特別版 [DVD]/ジム・キャリー,ズーイー・デシャネル,ブラッドリー・クーパー

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なんでも「ノー」という癖のついてしまったジム・キャリー演じる銀行員。お金を融資するかどうか決める係なので、ある意味当然なんですけど。

とあるセミナーに行って、なんでも「イエス」ということを決意するジム・キャリー。そうすることで、人生が変わると言うんです。

ズーイー・デシャネル演じるちょっと変わった女性と出会って、とりあえず「イエス」と言ってみる。すると・・・。

『ローマの休日』とはまた少し違いますが、こちらも印象的なバイクのシーンが出てきますよ。

もう1本は『(500)日のサマー』です。

(500)日のサマー [DVD]/ジョセフ・ゴードン=レヴィット,ズーイー・デシャネル,ジェフリー・エアンド

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運命を信じる男と現実的な女。カップルのように親しい付き合いをしていても、友達でいましょうと言う女。そして・・・。

すごく静かな落ち着いた映画で、恋愛とはなにかを考えさせられる物語なんですが、もう一度夢に挑戦しようとする部分もすごく好きです。

機会があったら、ぜひ観てみてください。ズーイー・デシャネルおすすめですよ。