新宿信濃町観劇部日記2018-25 Cogit〜我思う、故に・・・〜 @中野MOMO  | 新宿信濃町観劇部日記時々野球とラグビー

新宿信濃町観劇部日記時々野球とラグビー

兵庫県出身。還暦直近の年男。文学座パートナーズ倶楽部会員。

「日本の演劇人を育てるプロジェクト 新進芸術家海外研修の成果公演」
作 フジール・スライマン(シンガポール)
翻訳・ドラマトゥルク 滝口健
演出 成田独歩(シンガポール派遣)
 
ここまで知性にチャレンジしてくる作品も、そうお目にかかれないだろう。
マチネで大正時代のストーリーを観た後に、このような近未来のSF的な戯曲とは。
脳みそのアジャストに多少の労力を要したことは間違いない。
 
事前のインプットができない。
もともと、予習より復習の方を個人的に好むこともあるが、そうは言っても多少は事前に情報を仕入れることが多い。
なのにこの作品は、開演前に配布されるパンフレットにも筋書きのようなものは書かれていない。
 
キャストの鬼頭典子は「キャサリン2」、井上薫は「キャサリン3」とある。
1はいないのか。それは徐々にわかる。ただ、わかるまでは頭は混乱する。
 
夫トニーが亡くなる。妻のキャサリンは、もう一人のキャサリンと出会う。登録ID上は同一人物。
ネタバレは極力回避したい。が、ある程度書かないと観ていない人は何がなんだかわからないかもしれない。
以下、中途半端な記載となって恐縮だ。それでもやはり観ないとわからないだろうな。
 
結局はトニーはクローンを作ってしまったということになる。
そう書いてしまうと元も子もないが。
ただ、我々がそれと知るクローンとは違い、トニーは妻の脳をスキャンしてコピーを作る。
それがキャサリン1だった。そのコピーをベースに作り上げられたのが2。
 
レックスというトニーの側近弁護士が2の相談相手となっている。
ただ、このレックス、従順で極めて優秀なのだが何を考えているかわからない。
トニーが残した特許が莫大な遺産となる。
その取り合いの話かと思いきや、2と3はそれを争うことはない。
自らのアイデンティティが問われていたからだ。
ただ、最後カネの取り合いになっていたら下世話な話で終わっていた。
互いにカネは目的ではなかった。
 
CPUにAIを装備したイメージ映像がステージに示されている。
AIが感情をもって話す。「思うから存在する」と。
ただ、身体を持たないAIは感情のコントロールができなくなっていく。
思うだけでは存在できない。
その点、キャサリン3が「騙されるから存在する」と語る場面があり、結局存在とはそういうことなんだと知らされる。
 
終演の場面。レックスが何を考えていたか、何をトニーから託されていたかを観客の想像に委ねる。
最後照明が落ちる直前のシーンはあまりに衝撃的だった。
 
幕が下りて、音楽の高崎真介氏に、「前の座席に作者のスライマンさんが座っていましたよ」と教えてもらった。
確かに、日本語がどこまで理解されているかわからないが、私と違うポイントで小声で笑っていたのが印象的。
 
その高崎氏の音楽、土岐研一氏の美術、賀澤礼子氏の照明など、錚々たるスタッフが素晴らしい仕事をされたと思う。
あ。音響も映像も凄かった。
 
もちろんキャストの三名もそれぞれお見事。
 
文学座の鬼頭典子。彼女(と高崎氏)の告知をきっかけにこの作品に出合った。
本人は謙遜していたが、これは相当な知性がないと演じられない。
それは俳優座の井上薫も同じであって、二人のキャサリンの葛藤の感情は、簡単に表現できる代物ではない。
青年座の高松潤のレックスも素晴らしい。よくぞあそこまで。私が知るシンガポール人の弁護士はもっとベタだったが(笑)。
 
文化庁のプログラムで海外に派遣されたメンバーは、演出の成田(シンガポール)、キャストの鬼頭(韓国)、井上(フランス)、美術の土岐(US)、照明の賀澤(ドイツ)。価値観の多様性が要求される現代。他国でどんな作品が上演されているのか、アンテナを常に高く掲げインプットしている演劇人はやはり質の高いものをアウトプットしてくれる。そんな才能に光を当てるこの試みは素晴らしい。
 
成果が示された以上、その才能がさらに客席に届くような動きに繋がるよう、切に期待したいと思う。折しも小川絵梨子新国立劇場芸術監督が年度方針で示しているように、フルキャストオーディションや他国の国立劇場との連携を通じて、これまでとは異なるタイプの作品が、新たな担い手によって世に出てくる可能性がある。2018年は何か変化の始まりの予感がする。そんなことまで想起させる「コギト」であった。
 
そうだ。ベニスは沈み、東京は瓦礫との台詞があった。うーむ。シンガポールからはそう見えてるのかもしれない。
 
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