[本] 「いのち」の思索と創作 / 夏物語 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

この作者の芥川賞受賞作『乳と卵』を読んだ時の記憶は、
14年経った今も圧倒された体感ばかりです。

何に圧倒されたかというと、
ぐいぐいと圧してくる大阪弁、
主人公の姉が意識的に放つある種の女っぽさといわれる行為、
主人公の姪の母親(=女性性)に対する強い拒絶・・・・ etc.
100ページの文庫本の圧力の正体をろくに探れないままでした。

なのに懲りずに、同じ川上未映子作『夏物語』に挑戦しました。
『夏物語』の第一部は事実上『乳と卵』そのもの、
第二部はその8年後の後日譚です。

読んでみて、
親として子をつくるか否か、
親とは、
子として生まれてしまったら、という視点から
特定の考えにこだわらず幅広く果敢に挑んだ
本作に手を伸ばしてよかったです。


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夏物語 /川上未映子(文春文庫)
2019年刊、2021年文庫化
お気にいりレベル★★★★☆

もう一度読み返したら、

さらに人物の心の奥が見えて★x5になりそうです。

第一部で描かれるのは、2008年の夏、
東京の下町三ノ輪に住む作家志望の夏子(30歳)のもとで、
大阪から豊胸手術のために上京したホステスの巻子(39歳)と
その娘緑子(12歳)が過ごす3日間。

第二部は、あれから8年後、
小さな文学賞を受賞後、細々と作家を続ける夏子が、
独り身で、性欲もないのに

自分の子どもに会いたい、一緒に生きてみたいと迷う日々です。

20歳になった姪緑子とその彼春山くん、
独身主義の編集者仙川涼子、
シングル・マザーで作家の遊佐リカ、
非配偶者からの人工授精(AID)関係者 etc.

 

結婚や出産・子育ての視点から

男女親子様々な立場と考えを持った人物が、
場面や相手を選びながらも率直に考えを言葉にします。
それぞれの立場や考えの違いから発言し、

時には議論を交わすことも。

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わたしたち、言葉は通じても話が通じない世界に生きているんです。

編集者仙川涼子が夏子と初対面でこんなことを言い、このあと村上春樹の『1973年のピンボール』の言葉を引きました。

作者の筆は特定の考え方に肩入れすることなく、
意外な角度からの考えを登場人物に端的な言葉で語らせます。

そんな言葉を投げかけられながらも、
主人公夏目夏子は立場・考えの異なるそうした人たちと接し、その度に心が揺れます。


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女性の個性的な人物が次々と登場する一方で、
夏子の父や元カレ、作家遊佐リカの元夫、精子提供者など、
男性はいまひとつうだつがあがらない人物が並びます。

特定の考えに肩入れしていないにも関わらず、こうした描き方になるのは、
提供者の匿名性があるAIDに関わる場面もあるからか、
子育てはおろか、出産というか生殖において、
男性(オス)の役割に通過的一面が見えるのかもしれません。

そのためではないものの、
男性読者として、テーマの当事者に移入できませんでした。
私がもっと身につけなければならないか、あるいは
捨てなければならないか、考えます。


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一方で、この小説でぐんと視点の拡がりと深みを添えているのが
AIDによって生まれた登場人物です。

頼まれて産んでもらったわけではない点では、
通常の出産で生まれた人と何ら変わりはありません。
また、AIDでなくても産みの親を知らないケースはあります。
彼らが親の役割や責任をどのように想像し、

自分の将来に向き合うか。

そうしたケースとの同一性と相違を
人の気持ちとしてどのように表されているか。

川上未映子の「いのち」の責任にかかわる思索と創作に強く惹かれました。


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