彼女たちの故郷を訪ねて | 空気を読まずに生きる

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弁護士 趙 誠峰(第二東京弁護士会・Kollectアーツ法律事務所)の情報発信。

裁判員、刑事司法、ロースクールなどを事務所の意向に関係なく語る。https://kollect-arts.jp/

私は今マレーシアにいる。

 

    「(通訳の)趣旨が不明」「(通訳の)質問と(被告の)答えがかみ合っていない」……。東京高裁は6月、覚醒剤取締法違反(密輸)の罪に問われたマレーシア人の女性被告(21)に対する判決で、一審の誤訳に言及した。  女性は2017年、計約2・9キロの覚醒剤をスーツケースに隠して成田空港に持ち込んだとして、友人とともに逮捕された。千葉地裁の裁判員裁判は友人を無罪としたが、女性には懲役9年などの有罪を言い渡した。  一審で女性は、元交際相手の姉夫婦から「20歳の誕生日記念」として1週間の日本旅行とスーツケースをプレゼントされ、覚醒剤の存在は知らなかったと訴えた。ただ、親代わりの親戚には訪日直前、こんな音声メッセージを送っていた。「(仕事で)日本に行く。戻ってくるのに何カ月か何年かかるか分からない」  公判で検察官は、「旅行」という説明との矛盾を追及した。女性がタミル語で話した言葉を、スリランカ人の通訳が「自分では言いたくなかった。日本に行って何年いるか、早めに戻るか、そういうことは向こうには言いたくないです」と日本語に訳した。  タミル語は東南アジアの複数の国で使われ、スリランカの公用語の一つ。通訳が話した内容の趣旨は分かりにくかったが、判決はこの回答などを根拠に、音声メッセージについて「長期間拘束されるような、違法な仕事に関わることへの不安を吐露したもの」と認定した。  控訴審で新たに弁護人になった趙誠峰弁護士はこの内容を不審に思い、法廷供述の録音を取り寄せた。別の通訳に聞いてもらうと「(心配する親戚に賛成してもらうには)仕事で日本に行くとうそを言わないと、旅行に行けなくなってしまうから」と訳された。  趙氏は「散見される誤訳を是正しなかった一審は違法だ」と主張R。高裁も一定の誤訳を認めたものの、「全体として供述の趣旨は伝わっていた」として控訴を棄却した。女性側は最高裁に上告し、引き続き争っている。

朝日新聞2019年7月28日

https://digital.asahi.com/articles/ASM7W524ZM7WUTIL019.html

 

私はこの事件の弁護を控訴審から担当している。

私はこれまでも数多くの覚せい剤密輸事件の弁護を担当してきた。その中で無罪の判決も取った。そして、薬物密輸組織はどのような人物に薬物の運び屋をさせるのか…などの知識はあった。

そして、この事件の控訴審の国選弁護人に選任され、初めて彼女に接見をしたとき、私の中に衝撃が走った。この事件を有罪にすることはあり得ないと。。。。

しかも、この事件の第一審の裁判は手続も極めて杜撰であった。

私はこの事件の控訴審弁論をこのように締めくくった。

 

「第一審の裁判は、日本に来た外国人に対する裁判として、余りにも杜撰なものでした。誤った通訳によって、誤った有罪判決が下される、この国の刑事裁判に関わる1人として、私はこの不正義に耐えることができません。

 Rさん(依頼人)がマレーシアを出発して1年半以上経ちました。Rさんは「日本に来るのは夢だった」と言いました。その夢であった日本への旅路は、S(黒幕)らによって、無残に打ち砕かれてしまいました。しかしRさんにはまだ信じていることがあります。それは、日本という国では正しい裁判が行われるということです。このRさんの気持ちを裏切ることはしないでください。

 Rさんの日本への長い旅路に終止符を打って下さい。そして、Rさんをお姉さんが待つ祖国のマレーシアに帰して下さい。」

 

ところが、控訴審はRさんを有罪にした。

私は日々数多くの無罪主張事件の弁護をしている。どの事件も私は本気で無罪だと思い、全力で弁護をしている。

しかし、その中でも、この事件だけは、有罪判決はありえない、耐えられないという思いが私の中にはあった。

 

この事件の控訴審が有罪判決を下した時、私はその不正義にとても耐えることができず、無力感も相まって本気で刑事弁護をやめようと思った。

しかしあまりに落ち込む私に対して私より20才近く若い依頼人Rが「まだ最高裁がある」と励ましのメッセージをくれた。

私はこの事件に弁護人として関わった責任として、彼女を祖国のマレーシアに帰すことなく刑事弁護をやめることはあまりに無責任であると感じた。

さらには、この状態でこの事件から手を引いて、他の無罪を主張する事件で依頼人に対して「私は本気であなたを弁護する」などと言うことは、自分自身に嘘をつくことになると思った。

 

このときから私は、とにもかくにも彼女をマレーシアに帰してから刑事弁護をやめよう、それまでは私自身が尽くせる方策はすべて尽くすことを決意した。

私は彼女を救えなかったのは一重に弁護人としての力量不足であると痛感し、上告審からは”ボス”にも弁護人に加わってもらった(上告審からは報酬など何もなく、全ては私の責任と意地だけでやることにした)。

 

ところが上告審は上告趣意書提出からわずか1ヶ月で上告を棄却し、彼女は懲役9年罰金400万円の刑が確定した。

 

私は彼女が約10年間刑務所に入ることを見過ごすことはできず、再審の申立ての準備のため(新証拠を探すため)に、このたびマレーシアに来た。

そして、マレーシアで彼女の家族、親戚に会った。

さらには、マレーシアの田舎町まで行き、彼女の関係者にも会った。

さらには、彼女と一緒に日本に来て、無罪判決が確定した女性にも会いに行った。

さらには、彼女と同じように覚せい剤も運び屋をやらされて、全く別事件で無罪判決が確定した若い女性にも会った。

その家族の家にも行き、家族にも会った。

 

彼ら、彼女らは全員タミル民族だった。

彼女たちは全員揃って、とても親切で、敬虔な宗教心を持ち、家族を敬い、大切にし、そして貧しく、知識に乏しく、純真無垢な人たちだった。

 

私はある程度想像をしていたものの、ショックを受けた。

日本という国の中にいるだけでは、彼女たちの文化、環境、常識などわかるはずがない。想像もできない。

そんな彼女たちは、まさに薬物密輸組織が薬物の運び屋として利用するのにもってこいの存在であることもまた疑う余地がなくなった。

 

今回幸いにして日本に覚せい剤を持ち込まされ、それでも無罪になった2人の女性に会うことができたが、彼女たちと私の依頼人Rに何も違いはなく、本当に純真無垢であどけなく、幼く、そして敬虔な宗教心を持ち、家族の結びつきがとても強い人たちだった。また、彼女たちは幸いにして無罪になって祖国に帰ることができたものの、そうならずに冤罪に苦しんでいる人たちが無限にいるであろうことを確信してしまった。

 

これはとんでもないことが起きている。

彼女たちに対して、日本人の常識(ですらないかもしれない、職業裁判官の「経験則」でしかないかもしれない)として「日本への渡航費用などを負担してまで運ばせるのに見合うものとして真っ先に思いつくのは覚せい剤を含む違法薬物」といった、実に空虚な理屈で何の証拠もないのに有罪判決を出し続けるこの国の刑事裁判について、無力感、絶望感、虚しさ、憤り、怒りをあらためて感じずにはいられなかった。

 

これはどうしたらいいのだろうか。

 

(以下、追記。2020.2.25 10:13)

やはり、職業裁判官が持つ「経験則」(=渡航費用などを負担してまで渡航させる目的として真っ先に思いつくのは覚せい剤を含む違法薬物。だから覚せい剤の認識があったと言えるというもの)がおよそ当てはまらないことを裁判において立証することを怠ってはいけないのだろう。

それぞれの依頼人の国を訪ねて、文化を知り、家族を知り、日本という国の裁判官の頭の中の「常識」とはかけ離れた考え、風習、常識を持っていることを丁寧にわからせるしかない。

そのためには、弁護人は毎回毎回その国に行かなければならないし、とてつもなく大変な作業を強いられる。しかしそうでもしないとこのことは伝わらない。

 

Rさんの場合も、育った環境、家族、宗教などについて事実審の段階で立証することを怠るべきではなかった。再審という段階になるまでマレーシアに来なかったことを悔やんでも悔やみきれない。

 

密輸事件で知らないうちに運ばされたという弁解の事件について、それぞれの弁護人が毎回毎回このような立証を繰り返し続ければ、そのうち裁判官も自分たちの「常識」が、決して世界の多くの人々に通用する常識ではないことに気づくときが来るだろう。

 

@クアラルンプールにて。