銀行預金の創造と決済 | 批判的頭脳

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現実の経済システムや金融システムにあたって、実務をある程度知識として知っておくことは役に立つ場合が多い。今回は特に、経済における貨幣(マネーストック、マネーサプライ)の大部分を占める銀行預金について、その創造(発生)と決済(流通等)を中心に整理していきたい。

銀行預金の創造

銀行預金の創造は、「信用創造」という名前で知られているが、これほど誤解が蔓延っている概念もなかなか無い。
よくある信用創造のストーリーとしては

・ある人が銀行に100万円を預ける。
・貨幣(money)を創造するために、銀行はそのうちの90万円を顧客に貸し出す。
・その貨幣は支出され、受け取り手が自身の銀行にその90万円を預金する。
・その銀行は、90万円のうち0.9倍の81万円を貸し出す。(法定準備率0.10を維持するため)
・融資がゼロになるほど小さくなるまで続く…

というものであろう。このストーリーは大抵の経済学の入門教科書等で頻出のものである。
こうした考えは、ベースマネーと法定準備率から貨幣乗数を求める教科書的な貨幣乗数理論と一体的に説明されるのが通常である。

ここでは、銀行が手元の現金を貸し出すということ、あるいは、銀行の貸し出し余力が、手元の現金に制限されることが前提となっている。しかしながら、これは端的に言って、事実ではない。すなわち、虚偽の前提なのである。


「9訂版 図説 わが国の銀行」 (全国銀行協会金融調査部) p20

『銀行が貸出を行う際は、貸出先企業Xに現金を交付するのではなく、Xの預金口座に貸出金相当額を入金記帳する。つまり、銀行の貸出の段階で預金は創造される仕組みである。例えば、Xがとある仕入先Yへの支払いのために借入するとしよう。この預金は小切手や振込などの支払手段を使ってYの預金に振り替わる。Yの口座が別の銀行のものであれば預金は貸し出した銀行から流出するが、当該銀行内にとどまっていれば、銀行間の貸借で調整できる。』


"Money creation in the modern economy" Bank of England

『The reality of how money is created today differs from the description found in some economics textbooks:
• Rather than banks receiving deposits when households
save and then lending them out, bank lending creates
deposits.
• In normal times, the central bank does not fix the amount
of money in circulation, nor is central bank money
‘multiplied up’ into more loans and deposits.

拙訳: 
今日における貨幣の創造の現実は、いくつかの経済学の教科書で見受けられる記述とは異なるものである。
・銀行が家計から預金を預かって貸出に回すのではなく、銀行融資が銀行預金を創造する。
・通常、中央銀行は金融循環内の貨幣量を固定することはできないし、中央銀行貨幣がより多くの貸付・銀行預金へと「乗数倍」されるということもない。』

『Commercial banks create money, in the form of bank deposits, by making new loans. When a bank makes a loan, for example to someone taking out a mortgage to buy a house, it does not typically do so by giving them thousands of pounds worth of banknotes. Instead, it credits their bank account with a bank deposit of the size of the mortgage. At that moment, new money is created. For this reason, some economists have referred to bank deposits as ‘fountain pen money’, created at the stroke of bankers’ pens when they approve loans

拙訳:
商業銀行は新しい貸付により、銀行預金という形で、貨幣を創造する。銀行が貸付を行うとき…例えば、誰かが家の購入のために借入を行うとき、通常は借主に大量の銀行券を手渡したりはしない。その代わりに、借主の預金口座に、借り入れた金額分の銀行預金が記帳される。まさにそのとき、新しいお金が創造されるのである。このため、経済学者の一部は、銀行預金のことを「万年筆マネー」と呼ぶ。銀行家が貸付を増やした時に、銀行家のペンの一筆で創造されるからだ。』


全銀協やイングランド銀行が説明する通り、融資は、現金の拠出なく、銀行預金の創造で行われる。また、全銀協の説明する通り、仮にその融資が決済に用いられるとしても、それが同額の現金を要求するとは限らない。それはあくまで、当該決済がどれだけ現金を需要・利用するかにかかっている。

こうした銀行の取引は、自己の負債(銀行預金)の発行による債権の獲得、ないし証券の購入であると理解できる。
その意味で、企業が支払手形や買掛金を発行して仕入れを行ったり、あるいは子会社に(現預金ではなく)支払手形を貸し付ける取引に近似することが出来る。
「銀行が貨幣を自ら発行できる」という考え自体に生理的な反発をする向きが少なくないが、銀行預金は単に銀行にとって負債(自己が発行する負債)に過ぎないのであって、自己負債発行による購入という取引自体は、極めてありふれたものだ、ということを了解しておけば、生理的な反発を起こさずに済む。

さて、こうして「銀行預金の創造」が、現金と無関係に実行可能であることはわかったわけだが、だからといって銀行預金が現金と無関係なわけはない。
第一に、銀行預金は、適宜現金によって引き出し可能でなければならないし、第二に、銀行預金は、対外決済に用いられる際、現金の移動を伴う場合がある。

しかしながら、一方で現実として、銀行の保有する現金(準備預金etc)と、銀行が発行している銀行預金は、極めて大きく乖離しており、銀行保有マネタリーベースは、相対的に極めて少ない(1/10など)のが通常である。

なぜそのような状態が維持可能なのか? を理解するには次項の「銀行預金の決済」を理解する必要がある。


銀行預金の決済

それでは、銀行預金の決済はどのように行われるか、その際にベースマネーはどのように利用されるかについて整理しておこう。

まず第一に、同一銀行内での振込が起こる場合は、全銀協が説明する通り、銀行内部で振替が生じるだけであり、その際は全くベースマネーは必要になることはない。
この場合、銀行預金が完全に単体で決済手段として流通することになる。
これはちょうど、大企業の支払手形が、子会社とその周辺業者で決済手段として流通するのと同じ格好になる。
(手形の流通などの詳しい話は、「貨幣はいかなる意味で負債なのか そもそも負債とは何なのか」で解説したので、関心のある向きは通読願いたい。)


問題は、異なる銀行の間で銀行預金の取引が生じる場合である。
異なる銀行の間での銀行預金の取引を「内国為替取引」というが、特にそこから小口内為取引、大口内為取引に分岐する。

小口内為取引は、一口一億円以下の比較的少額な銀行間の預金取引のことを言う。
この際、銀行は、各取引で逐次ベースマネーをやり取りする、ということは行っていない。
各日の小口取引は、全銀ネット、全銀システムに蓄積され、各日の16:15に、全体の流出入を「相殺」(ネッティング)し、差額分だけベースマネーで取引するということを行っている。これを「時点ネット決済」という。
容易に想像できる通り、この場合、決済の総額と、銀行が用意するベースマネーに大きな開きが発生することになる。

日本銀行の「決済動向」という統計によると、2017年の一営業日平均の小口内為取引の取扱金額は3.4兆円ほどであるのに対し、決済に用いられた日銀当座預金は7600億円ほどであった。
実際に非金融部門において流通した銀行預金は3.4兆であったにも関わらず、ベースマネーは7600億円しか動かなかったわけである。これは、大部分の銀行預金が、ベースマネーを伴わずに流通したことを意味する。

先ほどは、銀行内の振替において「銀行預金が完全に単体で決済手段として流通する」と論じたが、上記の通り、銀行間の相殺においても、事実上は銀行預金が単体で決済手段として流通することになる。


次に、大口内為取引について論じよう。大口内為取引は、一口一億円以上の銀行間預金取引になる。
大口内為取引の場合は、即時グロス決済(RTGS)を行っている。これは文字通り、銀行預金の銀行間の移動に際して、リアルタイムでベースマネーの移動を伴わせるという取引である。
この場合は、銀行預金の移動が完全にベースマネーを伴う……かのように見える。しかし実際は違う。

日本銀行が出しているペーパーの一つに、「流動性節約機能付 RTGS 下における業態別・取引別の資金決済動向について」というものがある。

ここでは、”回転率”という概念が出てくる。回転率=決済金額/投入流動性であり、RTGSの対象となった決済額と、銀行が実際に当座預金口座に振り替えた=決済のために用意した流動性の比率を測ったものだ。

ペーパーにある通り、この回転率はおおよそ2~3倍となっている。つまり、決済全体に対して、利用されているベースマネーはおおよそ1/2~1/3なのである(実際には、この投入流動性のうち、決済に用いられなかった分もあるのでややこしいが)。

なぜそのようなことが可能なのだろうか? これを理解するには、「日中当座貸越」と「流動性節約機能」を知っておく必要がある。

日中当座貸越とは、ベースマネー需要が口座残高を上回った場合、その日限りで中央銀行が準備預金を貸し付ける取引である(この場合、残高は”マイナス”になる)。その日に一方的に預金が流出していくというわけでもない限り、仮に一時的に当座預金残高がマイナスになったとしても、他行からの振込によって即座に弁済可能である。この場合、残高が底をつく度にわざわざ流動性を調達する必要はないわけである。

もう一つは、流動性節約機能である。上記の日中当座貸越は、銀行があらかじめ指定した担保の範囲でしか貸越が出来ないので、いくらマイナスになっても良いといっても、省くことのできる流動性調達に限りがあった。
しかし、流動性節約機能では、貸越限度を超えても、即座に決済を拒絶するのではなく、当該決済を「待ち行列」に加える。その後、他の銀行から、複数銀行間で相殺可能な支払指図があれば、その複数の取引を同時に決済する。
これを、「待ち行列機能」と「複数指図同時決済機能」と言う。こうした機能により、各銀行は、流動性調達をさらに省くことが可能になる。

上記のように、銀行内振替に限らず、銀行間決済についても、一つは、小口内為取引における相殺(ネッティング)、もう一つは、大口内為取引における日中当座貸越および流動性節約機能によって、ベースマネーを伴わない(あるいは、ベースマネーの実際の取引額を大きく超える)銀行預金の流通が可能となっているのである。
こうした実務の現実を反映する形で、貨幣統計では現金とは別に銀行預金を貨幣(マネーサプライ)として計測することとなっているのである。


こうした実務的な理解が、皆さまの経済理解の一助になれば幸いである。

(以上)