変額個人年金等の勧誘の際における金融機関の説明義務 | なか2656のブログ

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1.はじめに
最近、上智大学名誉教授の石田満先生(保険法・商法)の研究会が刊行されている『保険判例の研究と動向2014』を読んでいたところ、変額個人年金に関する興味深い判例評釈がありました。

田中秀明「個人年金保険の勧誘をした銀行および生命保険会社の適合性原則違反・説明義務違反等による損害賠償責任がないとされた事例」『保険判例の研究と動向2014』213頁・仙台地裁平成25年10月2日判決)。



この判決は、ごくおおざっぱに言ってしまえば、顧客が銀行窓販により変額個人年金に加入したところ、顧客が生命保険会社に支払った保険料に対して、満期の際の保険金額が少ないという「元本割れ」が発生した場合に、金融機関はどのような責任を負うか、という事例に関するものです(仙台地裁平成25年10月2日判決・『金融・商事判例』1430号34頁)。

変額個人年金に類似する保険商品として、変額保険という保険商品がありました。変額保険はとくにバブル期に資産運用のひとつとして、また、相続税の節税目的で、多く販売されました。ところが、バブル崩壊により、変額保険が元本割れを起こすようになり、多くの訴訟が提起され、大きな社会問題となりました。

現在、生命保険各社から委託され、銀行窓販が好調の変額個人年金も、変額保険と似た保険商品であるので、変額保険についても併せて取り上げてみます。

2.仙台地裁平成25年10月2日判決
今回、『保険判例の研究と動向2014』に掲載された仙台地裁判決の概要はつぎのとおりです。

(1)事実の概要
被告Y1(山形銀行)の行員Y2の勧誘により、事件当時69歳であった女性の原告Ⅹは、平成19年7月20日、Y1に対して1000万円を支払い、投資信託(「モンターニュ」)を購入した。

さらに平成19年9月21日、Ⅹは、Y1がY3(三井住友プライマリー生命)から保険募集の委託を受けていた保険商品(「通貨選択型個人年金保険モンターニュ」)についても、保険料を一時払いとして約850万円を支払い加入した。

この変額個人年金は保険期間が5年であり、Ⅹは年金の受取方法として一時金による一括受取を選択していたところ、平成24年9月21日、Y3から支払われた一時金が約688万円と、Ⅹが支払った保険料に比べ約161万円少ない、いわゆる「元本割れ」の状態であった。

そのため、Ⅹが錯誤無効、不当利得の返還請求、Y1およびY2に対する損害賠償請求などを求めたのが本件訴訟である。

(2)判旨
本判決は保険契約関係に関して、つぎのように判示して、原告Ⅹの主張を斥けました。

①錯誤無効について
「モンターニュが個人年金保険であり、その名称からすれば保険であって、預金ではないことは明らかである」

「Ⅹが、その内容を確認したとして署名を行っている『保険商品のご提案にあたって』や『意向確認書』…などには、預金と異なることや、元本の保証がないこと等が記載」されている。

「Ⅹがモンターニュを預金あるいは預金と同様の元本保証型と誤認していたとは認められず、他にⅩの錯誤を認めるに足りる証拠はない。」

②説明義務違反などについて
「モンターニュの勧誘において、Y2は、ファイナンシャル・アドバイザーであるEを同行し、2日(2回)にわたり説明を行っている」

ところで、「上記説明において、Ⅹに対し各種書類が交付され、これらの書面には、預金との違い、元本欠損のリスク、為替リスク等について、重ねて説明が記載」されていた。

したがって、「Y2およびEの勧誘に…説明義務違反も認められない。」

(3)判決の検討
本判決は、事実の認定の部分において、Ⅹが署名した「保険商品のご提案にあたって」や「意向確認書」や、ファイナンシャル・アドバイザーらが元本欠損のおそれがあることを説明した各種の書面をY側がⅩに交付していることを重視しています。

つまり本件判決は、Y1らは各種の書面をⅩに交付しているのであるから、金融機関として最低限の説明義務を尽くしているので、Y側を勝訴させたのであろうと思われます。

3.金融機関の説明義務
一般に、金融機関は信義則(民法1条2項)に基づき顧客に対して説明義務を負います(判例・通説、西尾信一『金融取引法[第2版]』15頁)。

このように保険会社等に説明義務が課されているのは、事業者と顧客との間には、金融商品についての知識・情報に格差があり、事業者の説明が顧客の意思決定に重要な影響をおよぼすからであるとされています(山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲『有斐閣アルマ保険法[第3版補訂版]』57頁)。

この点、保険業法は、300条1項で、営業職員等に対して、顧客への重要事項の不告知を禁止し(1号)、将来の配当金などに関して断定的判断を示すことを禁止(7号)する規定を設けているなど、禁止規定という形で保険分野における説明義務を設けています。

また、保険業法300条の2は、変額保険・変額年金保険・外貨建保険など市場リスクのある「特定保険契約」については、金融商品取引法の規定を準用するとしています。

具体的には、広告等の規制(金融商品取引法37条)、契約締結前の書面交付義務(同37条の3)、迷惑行為の禁止(同38条)、適合性原則(同40条)などです(中原健夫・山本啓太・関秀忠『保険業務のコンプライアンス』113頁)。

なお、平成28年5月から施行予定の改正保険業法は、禁止規定ではなく、より積極的に保険会社等に情報を提供させる、情報提供義務が明文化されます(改正保険業法294条1項、吉田桂公『一問一答改正保険業法早わかり』26頁)。

4.変額保険訴訟における説明義務
そして、90年代のバブル崩壊後の変額保険の多くの訴訟では、生命保険会社は保険契約の締結にあたり、説明義務を尽くしていたかどうかが論点となりました。

つまり、より具体的には、保険契約の締結にあたり、保険会社側が「ご契約のしおり-定款・約款」などの書面を顧客に交付していたかどうかが、説明義務を尽くしたか否かのひとつの重要な判断基準となりました。

たとえば、東京地裁平成6年5月30日判決は、保険会社の営業職員が、高齢者とその家族に対して、資料を交付して「まかせてもらえば絶対に最低9%の利回り」等と説明し、変額保険に加入させた事例です。この事例は「ご契約のしおり」も交付されておらず、裁判所は顧客側の要素の錯誤を認め、顧客側の勝訴としました。

その一方で、保険募集にあたり、営業職員が「ご契約のしおり」・パンフレット・保険設計書の3点の書面を郵送し、口頭では説明しなかったのに、説明義務は尽くされたと判断した極端な判決も存在します(東京地裁平成7年2月9日判決)。

良い悪いは別として、裁判所が保険募集の際の保険会社側の説明義務において、いかに「ご契約のしおり」などの書面を重視しているかがわかる事例です。

5.今後の変額個人年金の募集のあり方
2013年頃からのアベノミクスにより株価が上昇しつつあることを受け、生命保険各社の銀行窓販の変額個人年金の販売は非常に好調です。

しかしその一方で、国民生活センターのサイトによると、銀行窓販の変額個人年金に関して国民生活センターに寄せられた相談件数は、2002年は24件であったところ増加し、2005年には223件になってしまったそうです。そして、2008年には477件になってしまっているそうです。

・個人年金保険の銀行窓口販売に関するトラブル-高齢者を中心に相談が倍増(PDF)|国民生活センター


(国民生活センターサイトより)

生命保険業界および銀行業界がこの状態を漫然と放置していては、90年代のバブル崩壊後の変額保険訴訟のような社会問題が再び発生しかねません。

説明義務に関して、保険会社および銀行の営業担当者としては、「ご契約のしおり-定款・約款」、パンフレット、保険設計書などの書面を交付することは最低限履行すべき義務です。

そして、営業担当者は「ご契約のしおり」などを用いて、顧客に口頭で、一般的な保険と異なり、変額保険は特別勘定により資産が運用され、解約返戻金や保険金額・年金額は変動し、保障されるものではないという保険商品の仕組みとリスクを十分説明する必要があります。

平成28年5月施行予定の改正保険業法においては、保険会社・保険代理店側には、従来の意向確認義務だけでなく、意向把握義務も課されることになっています(改正保険業法294条の2項)。そして、この意向把握においては、顧客が自らの保険のニーズをどう述べたか、営業職員はどのように説明したか等を折衝記録として残すことが保険会社側に求められています。

変額個人保険など、市場リスクがあり、保険商品としてもかんたんでない仕組みの変額個人年金も、これまで以上に、営業職員から顧客への十分な、丁寧な説明が求められます(松本恒雄「変額保険の勧誘と説明義務」『金融法務事情』1407号20頁、白井正明「変額保険」『生命保険の法律相談(青林法律相談23)』240頁)。

■参照
(1)保険業法の改正などについて
・【解説】保険業法等の一部を改正する法律について

・【解説】保険業法改正に伴う保険業法施行規則および監督指針の一部の改正について

・ゆうちょ銀行・かんぽ生命の上限額増加を自民が提言/郵政民営化法・ブラック企業

(2)かんぽ生命コンプライアンス統括部のパワハラについて
・日本郵政グループ・かんぽ生命保険コンプライアンス統括部が非正規社員にパワハラ/ブラック企業

・再びかんぽ生命保険のコンプライアンス統括部内でのパワハラを法的に考える/ブラック企業

・日本郵便・かんぽ生命の3000件の個人情報漏洩事故/ブラック企業

・福井の郵便局が故人を生存扱いにして簡易保険を解約/保険金不払い問題と保険業法改正について

■参考文献
・田中秀明「個人年金保険の勧誘をした銀行および生命保険会社の適合性原則違反・説明義務違反等による損害賠償責任がないとされた事例」『保険判例の研究と動向2014』213頁
・『金融・商事判例』1430号34頁
・西尾信一『金融取引法[第2版]』15頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲『有斐閣アルマ保険法[第3版補訂版]』57頁
・中原 健夫・関秀忠・山本啓太『保険業務のコンプライアンス』113頁
・吉田桂公『一問一答改正保険業法早わかり』26頁
・松本恒雄「変額保険の勧誘と説明義務」『金融法務事情』1407号20頁
・白井正明「変額保険」『生命保険の法律相談(青林法律相談23)』240頁


保険法 第3版補訂版 (有斐閣アルマ)



保険判例の研究と動向2014



一問一答 改正保険業法早わかり -保険募集・販売ルール&態勢整備への対応策



保険業務のコンプライアンス



金融取引法



生命保険の法律相談 (青林法律相談)





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