そして『男どアホウ甲子園』へ~水島新司さんの野球漫画の思い出。その3 | じろう丸の徒然日記

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私こと、じろう丸が、日常の出来事、思うことなどを、気まぐれに書き綴ります。

前回の記事で、父親がつくった借金の返済のために水産問屋「丸松」に就職した水島新司さんが朝早くから深夜まで大忙しの生活の中で、いつの日か必ず漫画家として世に出ることを夢見ながら、眠い目をこすりながらせっせと漫画を描いていた、という事実を述べた。
その頃の事情を、もう少し述べてみたい。
 
水島さん「丸松」での給料は、6,200円だった。だが、そこから父親がつくった借金の返済金4,000円が差し引かれるので、実際に受け取れるのは2,200円だ。(現在の金額だといくらになるのだろうか?)
そんな苦しい生活の中で、水島さんはコツコツと漫画を描き続け、貸本漫画の中でも人気の高い「影」第1回新人賞『深夜の客』という作品を送り、見事2位に入賞した。
この作品が大阪光伸書房という出版社の目にとまり、水島さんの才能を見抜いた社長が、「うちで面倒を見たい」と言ってきた。
水島さんは、家族「丸松」からの反対を押し切り、1年間で結果を出すという条件で、大阪へ出たのだった。
 
大阪では、光伸書房社長の家に寝泊まりすることになったが、ただ漫画を描いていればいいというわけではなかった。
朝は6時に起き、それから約1時間かけて会社のビルを掃除する。8時30分ごろには事務所に入り、写植、印刷、製本所などの出版関係の業者をまわって歩く。
さらに、倉庫整理梱包、発送などの雑用もあった。
それで、漫画を描ける時間は夜の10時から午前2時ぐらいまでだった。
 
これも知る人ぞ知るエピソードだが、光伸書房は小さな出版社とはいえ、よくが来る。
まだ日本中が貧しかった昭和30年代の初めごろ、“接待”としてラーメンを出すことがよくあった。
そうしたとき、水島さんは早々と丼(どんぶり)を下げてしまう。それは、少しでもの中に残っているスープにありつくためだった。
当時の水島さんは、まだ20歳前。しょっちゅう腹を空かせていた。
 
話はそれるが、カジノ法案だの、働き方改革だのといった悪法強行採決して恥じない政治家どもは、水島さんのような苦労をしたことは無いだろうし、想像すらできないだろう。
特に、今首相の椅子に座っている、親から買ってもらったアルファロメオ大学に通い、勉学そっちのけで毎日のように雀荘に入り浸っていた、あの男には。
 
他人の食べ残しのラーメンのスープまですすって頑張った水島さんの努力は報われ、「週刊少年キング」メジャーデビューを果たした。
同誌での花登筺原作の『エースの条件』を経て、ついに1970(昭和45)年、念願の初のオリジナル野球漫画『男どアホウ甲子園』を、「週刊少年サンデー」に連載することになったのである。
 
さて、『男どアホウ甲子園』は、水島新司さんにとって、初のオリジナル野球漫画である。
しかし、この作品は、脚本家佐々木守さん「原作者」としてクレジットされている。
やっと念願がかなってオリジナル野球漫画を連載することになった水島さんは、しかしそのプレッシャーのために体調を崩し、連載第1回目原稿を描き終えたところで寝込んでしまった。
そこで「少年サンデー」編集部は、水島さんの負担を軽減させるために、映画やドラマの脚本家である佐々木守さんに、「原作者」という名目で、ストーリー作りを手伝ってもらうことにした。
ただし、登場人物はすべて水島さんが自分で考えた。また、佐々木守さん野球に関しては全くの無知だったため、試合の場面はすべて水島さんが自由に描いた。佐々木さんストーリーを書くのは試合以外の場面のみだった。
だから、佐々木さん原作原稿は、試合開始と同時に中断する。アンパイア「プレイボール!」と叫んだところで「それでは水島先生、あとはよろしくお願いします。試合終了後にまたお会いしましょう」などと書いてあったそうだ。
つまり、この作品における佐々木守さんの立場は、「原作者」ではなく、「ストーリー協力者」というのが正しい。
 
『男どアホウ甲子園』主人公の名前は、藤村甲子園(ふじむら・こうしえん)という。左投左打で、ひたすらストレートの剛速球だけを投げる、剛腕ピッチャーである。
その親友が、岩風五郎(いわかぜ・ごろう)右投右打キャッチャー藤村甲子園剛速球をしっかり捕れるのは、彼だけである。
彼らは、高校野球で大活躍した後、紆余曲折を経て阪神タイガースに入団、そこでも大活躍をした。
この二人は、言わば水島さんが考え出した架空の野球選手最古参というわけだ。
この二人が、この度完結した『ドカベン ドリームトーナメント編』に、阪神タイガースの選手として登場していたそうだ。私は読んでいないが、いったいどんな内容だったのだろうか。
余談だが、前の記事で紹介した“北の狼”火浦健も、作中で阪神に入団。“南の虎”王島大介ももともと阪神だから、何とも凄いメンバー阪神に勢ぞろいしたことになる。
 
また余談だが、この『男どアホウ甲子園』には、『あぶさん』の主人公・景浦安武(かげうら・やすたけ)ゲストキャラとして登場していたそうだ。(私はその場面を読んでいないが)
オープン戦の南海阪神の場面で代打として登場し、阪神のルーキー藤村甲子園から逆転サヨナラ本塁打を奪うという内容だったとか。
高校野球時代無敵だった藤村甲子園に、“あぶさん”プロの洗礼を浴びせたわけだが、水島さんのそれぞれ別の野球漫画クロスオーバーした初の例であり、このエピソードは後の『ドカベン ドリームトーナメント編』などの原型と言えるかもしれない。
『ドリームトーナメント編』には、水島さんがこれまで描いてきた野球漫画キャラクターたちが、ほぼ全員登場しており、水島さん野球漫画総決算的な内容となっている。
ファンの皆さんは先刻承知のことと思うが、『ドカベン』の初期の柔道部時代仲間ライバルたちも、その後野球に転向して、『ドリームトーナメント編』などの続編作品に再登場していた。
 
さて、前述の『あぶさん』2014年に既に終了しているので、『ドリームトーナメント編』が完結すれば、水島さん野球漫画連載はこれですべて無くなる。
だからこれが完結するということは、水島さん野球漫画作品世界そのもの大団円を迎えるということなのかもしれない。
水島新司さんは現在79歳。あの力強い絵柄は、『男どアホウ甲子園』のころからほとんど変わっていない。
しかしどうやら、まだ引退するわけではないにしろ、仕事一区切りするときが来たようだ。
 
水島新司先生、長い間お疲れ様でした。
いずれまた、新作でお会いできるのを楽しみにしております。