家族に身勝手を押し付けただけでテロリスト | 『月刊日本』編集部ブログ

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 前回に引き続き、今回も特定秘密保護法について論じたいと思います。


 安倍総理はTBSの番組内で、特定秘密保護法について、「これはまさに工作員とかですね、テロリスト、スパイを相手にしてますから、国民は全くこれは基本的に関係ないんですよ。これは施行してみればわかりますよ」と述べました。


 しかし、この認識は完全に間違っています。安倍総理にその気がなくとも、この法律は一般国民をも対象にしています。この法律に基けば、たとえば待機児童の問題でデモをしただけでも、その参加者はテロリストとして監視対象となる可能性があります。


 ここでは弊誌2014年1月号に掲載した、弁護士の清水勉氏のインタビューを紹介したいと思います。(YN)



『月刊日本』2014年1月号

清水勉「官僚が国会議員を支配する」より

官僚よりも劣位に置かれる国会議員

―― 清水弁護士は日本弁護士連合会の秘密保全法制対策本部事務局長として、この法律を巡って政府与党や官僚たちと議論されてきました。政治家はこの法律についてどういう考えを持っていましたか。

清水 私は自民党と公明党でヒアリングを行い、その後に野党も回ったのですが、端的に言って誰も法律の中身を知らないという印象を持ちました。自民党ではこの法律の推進役の一人である町村信孝さんとも議論しましたが、詳しいことはご存じないようでした。恐らく法律の内容を正確に把握していた議員は一人もいなかったと思います。

 中曽根政権の時代にスパイ防止法が検討された際は、議員たちは公の場でしっかりと時間をかけて議論を行っていました。日弁連としてはこの法律に反対しましたが、彼らの姿勢には志の高さというものがあったと思います。

 しかし、今回の法律については与党の中でさえ法案の中身についての議論がほとんど行われておらず、彼らは条文も理解していませんでした。ただ既定路線だからやっているというだけで、事の重大性に対する感性が悪すぎます。作る以上は自分たちがどれだけのものを作っているのかという覚悟が必要だと思いますが、そういうものは全く感じられません。

 そもそも今回の法律は政党が主導して作ったものではありません。有識者会議は前の自民党政権時代から始まっており、情報公開に積極的だった民主党政権下においても議論が続けられていました。政権が交代してもポジションが変わらないのは誰か。それは官僚です。この法律は明らかに政治主導ではなく官僚主導によって作られたものです。

 しかも官僚と言っても、関係省庁の官僚たちが協力し合って作ったものではなく、内閣情報調査室の独走という側面が非常に強い。彼らは関係省庁や関係団体とのすり合わせも十分に行わずに今回の法律を作っています。

 そのため、8月に人事院が内調に初歩的な問題を尋ねたところ、彼らはそれにまともに答えることができなかったという事態が起こっています。今回の法律には人事の問題が大きく関わっているのだから、本来であれば最初から人事院との調整を行っておくべきです。彼らは自分たちの権限をどう守るか、自分たちの仕事をどうスムーズに進めるかしか考えておらず、行政全体のことなど頭にありません。

―― 法律の問題点はどこにあると考えていますか。

清水 私が一番驚いたのは、情報に対するアクセス権限という点において、国会議員が官僚よりも劣位に置かれていることです。これは第十条一項のイの規定ですが、これを見た時思わず笑ってしまいました。

 現在の憲法では国会が国権の最高機関であるとされています。この最高機関性を維持するためには、重要な情報が全て国会に集まるようにしなければなりません。それゆえ、私たち日弁連は、国会にはあらゆる秘密を秘密会に提出させる権限があり、官僚にはそれを提出する義務があるという法律の構成にすべきだと主張してきました。

 ところがこの法律では、「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めたとき」に「特定秘密を提供するものとする」とされています。「おそれがない」と判断するのは行政機関の長です。つまり、行政機関の長が差し障りがあると考えれば国会に提出する義務は発生しないわけです。

 これでは本来監視される側の行政が情報をコントロールできるようになってしまうので、国会が誤った政治判断、政策判断をしてしまうことになりかねません。これは言うなれば、部下が上司に対して重要な問題を報告しないことを認めているようなものです。

 また、ここで言う「おそれがないと認めたとき」とは、秘密指定する意味がなくなった時ということです。秘密指定する意味のなくなった情報を提供するというのはある意味で当然のことですから、その点から見てもこれはおかしな規定です。

 たとえ特定秘密に指定する合理性のある情報だったとしても、審議の上で必要な場合には国会に提出させるべきです。国会に情報が集まらなくてもよいという仕組みは、国会の最高機関性を否定するものであり、その意味で違憲立法と言えます。

 各政党の人たちに、このように国会議員が官僚の下に置かれているんですよと説明したところ、どの政党の人たちも皆驚いていました。自民党や公明党の議員も驚いていた。しかし、国会審議でこの規定が修正されることはありませんでした。


家族に身勝手を押し付けただけでテロリスト

―― 今回の法律ではテロリズムの定義が拡大解釈可能なものとなっています。これに関連して、自民党の石破幹事長が自身のブログで、デモについて「絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」と記したことが話題となりました。

清水 テロリズムの定義は第十二条に規定されています。それは「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう」というものです。

 これはこの法律においてとても重要な定義ですので、本来であれば定義が列挙されている第二条に一緒に書くべきです。あえて十二条に定義を紛れ込ませることで、意図的にわかりにくく作っているようにも感じられます。

 私はこの定義の「国家若しくは他人にこれを強要し、」にある読点が気になります。この読点がなければこの文章は次の「目的」に係り、「国家若しくは他人にこれを強要する目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊する」と読むことができます。これであればテロの定義としては社会常識的ですし合理的です。

 ところがこの読点があるため、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要」するだけでテロリズムとされてしまう恐れがあります。この定義に基づけば、極端な話、亭主が自分の身勝手(その他の主義主張)を奥さん(他人)に押し付けた(強要)だけでテロリズムになってしまいます。その意味で言えば、石破さんの言っていることも正しいわけです。

 この問題は裁判機関がどのように判断するかという観点で考えなければなりません。「森大臣が国会でこのように答弁していました」というのは裁判では通用しません。裁判所が「国家若しくは他人にこれを強要」することをテロリズムと判断してしまうことを私たちは危惧しています。

 それに加え、テロリズムについて立法事実(このような法律を作ることが必要であることを裏付ける事実)が説明されていないことも問題です。これは処罰にも関わることですし、第十二条には「テロリズムとの関係に関する事項」を調査するとあり、いくらでも細かいことを根掘り葉掘り調べることができるようになっていますので、プライバシー侵害としては限界がありません。だとすれば、立法事実があるかどうかが物凄く重要となります。

 中東でテロが起こっているから日本にもこのような法律が必要だというのは、中東と日本では政治情勢も異なりますので、国内法としてテロを規制する根拠にはなりません。日本国内でどのような背景に基づいてどういうテロが起こっているのか、また起ころうとしているのかという点を説明する必要があります。もし立法事実がないのであればテロに関する規定を設けるべきではありません。

―― これは決してメディアやジャーナリストだけの問題ではないと思います。たとえば待機児童の問題でデモをしただけでテロリストとして監視対象となる可能性があるわけですから、一般の国民にとっても極めて重大な問題です。

清水 公安は既に一般人に対しても監視活動を行っています。たとえば、日本で生活しているムスリムの人たちが、何か主義主張を行っているわけでもないにも関わらず、口座から何から事細かに調査されていたことが発覚しています。

 そのため、このテロの規定については、公安は既にこういうことを行っている、そしてこれからも行いますよという挨拶のようなものと考えるべきでしょう。実際に運用される際は、ムスリムの人たちを監視していたことを考えると、この定義以上のことを行う恐れがあります。

 公安が市民運動や住民運動を警察業務として監視していることは、それ自体問題にすべきものです。しかし、この法律では、公安の活動を問題視し、その活動をチェックしようとすることも犯罪になってしまうのです。(以下略)





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