LCCや日本っぽく見える海外旅行会社の注意事項 | 海外と仕事の感動の館

LCCや日本っぽく見える海外旅行会社の注意事項

4か月も放置してしまったこのブログだが
最近気になったLCCや日本っぽく見える海外旅行会社の注意事項を書いておこうと思う。
問題の代表格はAir Asia エアーアジアやExpedia エクスペディア。
私もどちらも使ったが結果としては骨折り損のくたびれ儲けといった感じだ。
商取引として日本の法律が適用されないことをいいことにやりたい放題の感じで
SNSやマスコミが自分達は被害者であると大騒ぎすることなく泣き寝入りする日本人が多いのか
日本では商売がしやすいという印象も受けた。
まずはAir Asiaだが勝手に航空会社側が便をキャンセルし、
「自動」で次の翌日の便にされたことがあった。これは成田~バンコク便。
返金などにも対応するといっても結果として返金なんかあり得ずチャットやメールの
カスタマーサポートに連絡しても英語の定型文を貼り付けられる対応で終わってしまい
「無視」もいいところだった。
Expediaは予定確定しても結果として航空券が発券されず
お客さんの(私の)負担で長時間電話せえという依頼があり、
電話した際に「どこのコールセンターに電話しているのか」と聞いても
「所在は答えられない」との一点張りだ。こんな旅行会社(日本の法律が適用されない)の広告をJR
など鉄道会社にかなり目立つように営業活動しているので騙される日本人も多いと思う。
google.co.jpのファースト検索候補でも「エアーアジア トラブル」「エアアジア 勝手に変更」など
表示され、Expediaについてはひどいもんで「エクスペディア 詐欺 航空券」や「エクスペディア コールセンター 繋がらない」 「エクスペディア カスタマーサポート つながらない」などという検索が上位に表示されることもあり多くの消費者が被害にあっているのがわかるのだが営業所が日本にないということから日本の法律である旅行業法などの保護も受けられないという問題があるがWebならともかくとしてもJRなどを使用した営業活動も消費者に対する注意喚起も野放し状態になっているのが現状。
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LCCについては確かに安くて便利なこともあるが、様々なシナリオを教訓として私が意識して使うのは次の点にしている。
 ・代替交通手段の確保が可能であること
 ・そのLCCでの便数が多いこと(振り替えられる際の対応で面倒にならないこと)
 ・いざとなったら航空券を捨てる覚悟ができる旅行先であること

例えば今でも私が使う候補として挙げられるのは東京(成田・羽田) ~ 札幌 新千歳 便がある。
これならLCCが急に運航取りやめ、にっちもさっちもいかなくても代替えの手段として
電車、バスなどの乗り継ぎで帰ってくる方法や
JALやANAなどの当日購入(新千歳がダメなら旭川とか近場の空港経由で)で何とか帰ってこれるかもしれない。私が誤ったのは成田~バンコク線を購入してしまったところにある。
これはそもそも代替交通手段が困難、そのLCCでの便数も限られており航空券を捨てるなんてとんでもないといったトリプル悪の条件だった。一度買ってしまうと「身動きが取れなくなる」人が多くなるのがこの手の路線・状況だ。国内線ないしは国際線でも近距離で代替手段が簡単に取れないようではスケジュールにタイトな人がLCCに乗るのはかなりリスクが高い。
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そして航空券やホテルの予約についてだがトラブルがあった際に日本に営業所が無いと
泣き寝入りで終わってしまう可能性が高いこともある。日本のちゃんとした法律の保護も受けられない。
電話番号が東京の番号でも今やオーストラリア、アメリカ、中国、マレーシアのコールセンターに
転送されることはざらにある。来店では解決できないとなるとコールセンターなどでの対応に
限られるがそもそもコールセンターにつながらない、しかもフリーダイアルが無ければ
電話代はお客もちという状況で一度お金を払ってしまったら
どれだけ相手側に不具合があろうと「泣き寝入り」になってしまう。自分が悪いのならまだしも
相手側が悪くても消費者が責任を負わされるというとんでもない仕組みで
私もこれに気づくまでは「安くていいもんだ」などと思い違いをしていたものだ。
1万円のものがネットで100円になっているのならまだしも1000円や2000円をけちることで
いやな思いをするのなら、その可能性があるのならしないのがよいという思いに変わった。
Amazonなどのモノが発送され倉庫などの営業拠点が日本にある通販と
営業所が無いような旅行手配では(どこに電話しているのか、あなたはどこにいるのかと聞いても
そんなことは答えられないというエクスペディアのような旅行会社とでは)
ネットビジネスでも消費者に対する対応が大きく違うものだと感じた。