△リング上で記念撮影するSEDの関係者

福島市の中心部から微温湯街道を西に6・5㌔㍍ほど進むと、3階建てのビルが見えてくる。建設機械や建設資材のリース業をメインにするサンビルドの本社だ。フルーツラインとの交差点付近で、吾妻連峰が目の前に見える。周辺は水田地帯で、約400㍍東側に福島西工業団地がある。
サンビルドは地場ゼネコンである佐藤工業の関連会社だ。創業は1974年で、前述したリース業以外に運輸業や警備業も手掛けている。日曜はひっそりしていることが多いが、12月16日は例外だった。敷地の駐車場に車が次々と停まり、車内から出てきた人々はビルの北側にある巨大な倉庫に吸い込まれていった。
倉庫内にはプロレス用のリングが設営してある。ここはアマチュアのプロレス団体「SED」の練習場で、「SEDアリーナ」とも呼ばれている。この日は興行が開催されるため、リングの周辺に100席ほど椅子が並べられた。防寒対策として、ストーブが炊かれた。

△会場の入口に掲示された大会ポスター

SEDは、プロレス好きの佐藤勝也代表が2002年に設立した。アルファベット3文字の団体名は安全に(Safety) 十分配慮して、 楽しく(Enjoy) プロレスをし、それを観るお客さんに喜んでもらう(Delight)という意図がある。
安全面に配慮して、頭部にダメージを与えるバックドロップ、ジャーマンスープレックス、パイルドライバー、雪崩式○○などの技は禁じ手としている。また、興行に当たっては台本をつくり、それに従って演習を行い、試合に臨むという手法をとっている。

2003年3月16日にプレ旗揚げ興行をここSEDアリーナ、同年5月18日に旗揚げ興行を福島市の街なか広場でそれぞれ行い、団体としての活動を正式にスタートした。当時のメンバーは選手15人、スタッフ5人の計20人。アマチュアながら、プロ仕様のリングを所有。年に5~6回のペースで興行を開催し、観衆を楽しませることに全力を挙げてきた。会場は福島県内が多いが、要請があれば山形県や宮城県にも出向いてきた。
SEDが活動をスタートさせて15年9カ月が経過した。12月16日は、通算100回目の興行にあたる。佐藤代表は「本大会をもって興行活動に『区切り』をつける」と公言。2019年以降は興行を予定しておらず、今大会が事実上のフィナーレになる公算が強い。それが今大会の価値を高めたようで、用意された100席は熱心なファンでほぼ埋まった。

△会場前に停車した信州プロレスの車

本大会では次の4試合が組まれた。
【第1試合】団体対抗戦
△見ろ!升辛子VS白神蒼魔
【第2試合】4WAYマッチ1人勝ち残り時間無制限1本勝負
△ビッグジョーVSミスター・アトミックVSザ・とむザップVSスーパーSEDマシーン
【セミ・ファイナル】6人タッグマッチ20分1本勝負
△零・ミステリオ&ビルダー佐藤&キューティ・ザ・マミーVSパワーロード&ゆう×2・くらのすけ&グレート・ムダ
【メイン・イベント】SED認定シングル選手権試合時間無制限1本勝負
△カート・スパイダー(王者)VSエス・サムライ(挑戦者)

△青森人対決を制した見ろ!升辛子

第1試合は、青森在住者同士の対決。升辛子は通信会社勤務。青森から福島に単身赴任したときにSEDと出会い、入団した。青森に帰還した現在も定期的にSEDのリングに上がっている。一方、白神は五所川原の総合格闘技道場「T-Pleasure(ティー・プレジャー=津軽衆の意)」に所属している。今大会ではマスクを着けてレスラーに変身。T-Pleasureが送り込んだ刺客という設定になっている。
試合は白神ペースで進んだ。普段から総合格闘技の練習をしているため、投げ技や絞め技が多彩である。升辛子は体力を消耗し、得意の空中殺法を封じ込められた。白神はマウントをとり、升辛子をタコ殴り。そのとき、レフェリーがリングサイドにあったチューブを升辛子に手渡した。チューブには激辛七味唐辛子が入っており、升辛子はそれをひねり出して白神の顔に塗りつけた。顔を押さえてリング上を転げ回る白神。これを機に升辛子は本来の動きを取り戻し、空中殺法を次々と披露した。最後はダイビング・ボディアタックを白神に見舞い、片エビ固めで3カウントを奪った。

△アマチュアとは思えないビッグジョー

第2試合は、バトルロイヤルの4人版である。ビッグジョーは身長190㌢㍍、体重150㌔㌘という巨漢。とむザップとアトミックの2人は本大会がデビュー戦となった。マシーンはSEDで「第1試合の番人」と言われているが、本大会では第2試合に登場した。
ゴングが鳴る前にとむザップ、アトミック、マシーンの3人が青コーナー前で話し合いを始めた。巨漢のジョーをどう扱おうか悩んでいる様子だ。ジョーは赤コーナー前で仁王立ちし、3人の話し合いを冷ややかな表情で眺めた。そのうちイライラし始め、「早く終わってほしいんですけど」と捨てゼリフを吐いた。

△勝ち名乗りを挙げるSEDマシーン

試合開始のゴングが鳴ると、4人の中では最も体が小さいとむザップが集中的に狙われた。ジョーとザップがリング上で1対1になり、マシーンとアトミックがリング外でその戦いを見守る場面もあった。紆余曲折を経て、最初にマシーンが魔神風車固めでザップをフォール。続いてジョーがスクールボーイでアトミックをフォール。リング上にはジョーとマシーンの2人が残った。
1対1になれば、巨漢のジョーが圧倒的に有利。マシーンは防戦一方になった。勝利を確信したジョーは、不敵な笑みを浮かべ、観客に「どうだ!」とアピール。そのとき、ジョーに隙ができた。マシーンはそれを見逃さず、V9クラッチを仕掛けた。ジョーは両肩をマットにつけたまま動けなくなり、3カウントを聞いた。起き上がったジョーは「何が起こったんだ?」と驚きの表情を浮かべ、あたりを見渡した。

△リング上からあいさつする岩城元法相

第2試合と第3試合の間に10分間の休憩があった。この時間を利用して、信州プロレス関係者と岩城光英元法務相がリングに上がり、観客にあいさつした。

第3試合(セミ・ファイル)は6人タッグマッチ。零・ミステリオとビルダー佐藤は、義理の親子である。佐藤の娘とミステリオが夫婦という関係。ミステリオには子どもが3人おり、うち2人は男子小学生だ。祖父、父親と同じようにプロレスが大好き。佐藤が試合をするときは、2人も同じマスクをつけてリングに登場する。3番目の子どもはまだ小さいため、佐藤が抱いてリングに登場した。
ミステリオは試合から何年も遠ざかっていたが、本大会で復帰を果たした。36歳という年齢は、SEDでは若手の部類に入る。

△赤いマスクを着用するビルダー佐藤

マミーは、キューティというリングネームとは裏腹の存在だ。全身が包帯で覆われており、叩くと白い粉が舞い上がる。チェーンを振り回してリングに向かうため、場内には「お気をつけください」というアナウンスが流れる。今大会では、そんなマミーにブーイングを浴びせる観客がいた。マミーはその観客に向かって突進し、首にチェーンを巻きつけてボコボコした。

△ブーイングした観客を暴行するマミー

パワーロード、くらのすけ、グレート・ムダの3人は、SEDの古株だ。パワーロードは、街なか広場大会ではフェアレディZに乗って現れることが多い。今大会は屋内で行われたため、控え室から普通に登場した。軽量のくらのすけは、空中殺法を得意にしている。ムダは、そのリングネームから想像がつくように、グレート・ムタのパロディだ。
ミステリオは久々のリング復帰だったが、軽快な動きを見せた。パワーロードとの攻防は様式美さえ感じさせた。パワーロードは51歳という年齢にも関わらず、ミステリオの動きについていった。長年にわたってSED認定シングル王者に君臨していただけのことはある。

△場外乱闘に参加する佐藤の孫2人

試合中盤、パワーロードは佐藤に足4字固めをかけた。リング上で痛みに堪える佐藤。そのとき、孫2人がリングに上がり、パワーロードを攻撃した。これを機にリング上とリング下で計8人が入り乱れ、収拾がつかなくなった。マミーがくらのすけを羽交い締めにすると、孫2人はその胸に正拳突き。くらのすけは苦悶の表情を浮かべながら、ダウンした。
試合はアップテンポになり、クライマックスに突入。パワーロードはミステリオをロープに振り、戻ってきたところでアックス・ボンバーを叩き込んだ。ミステリオは空中で一回転して、ダウン。パワーロードはエビ固めで抑え込み、3カウントを奪った。

△試合開始前のサムライとスパイダー

第4試合(メイン・イベント)はSED認定シングル選手権試合。SEDの活動を締めくくる大一番だ。王者はカート・スパイダー。挑戦者はエス・サムライ。どちらも本業は会社の社長である。
スパイダーは派手なコスチュームに身を包んでリングに登場した。肩にはSEDシングル王者のベルトを乗せていた。一方、サムライは上から下まで黒ずくめ。腰には刀をつけていた。リングに上がると、刀を振り回すパフォーマンス。その瞬間、会場は歓声に包まれた。

△赤コーナーのポストに上がるサムライ

試合開始にあたり、コミッショナーが「この試合はSED認定シングル選手権試合である」と宣言。続いて、レフェリーがベルトを両手で掲げ、観客に示した。
ゴングが鳴ると、2人はリング上でにらみ合い、相手の出方を伺った。オーソドックスな攻防を展開したあと、スパイダーは蹴り技を次々と繰り出した。寝技より蹴りの方が有効と判断したようだ。サムライが膝立ちになるたびに、その後頭部に蹴りを入れた。サムライは前のめりに倒れ、そのままダウンした。
劣勢のサムライに対して、観客から「サムライ!サムライ!」というコールがわき起こった。
その声に背中を押されて、サムライは反撃に転じた。スパイダーの蹴りを封じ込めるため、ドラゴンスクリューを連発。足にダメージを受けたスパイダーは、動きが鈍くなった。

△仲間に担ぎ上げられたサムライ

チャンス到来と判断したサムライは、大技を試みた。青コーナーによじ登り、スパイダーの胸にめがけてミサイルキック。続いて、赤コーナーによじ登り、スパイダーの胸にめがけて再びミサイルキックを放った。サムライはエビ固めでスパイダーを抑え込み、3カウントを奪取した。劇的な逆転勝利である。
試合でエネルギーを使い果たした2人は、リング上で大の字になった。しばらくすると起き上がり、お互いの手を握り健闘を称え合った。
サムライは、腰にSEDシングルのベルトを巻いた。パワーロード、ムダ、くらのすけの3人に担ぎ上げられてガッツポーズ。SED代表がフィナーレを飾るというハッピーエンドの展開だった。

△リング上で万歳する選手・スタッフ

試合終了後、サムライはマイクを握り、観客にあいさつした。
「100回という節目と同時に、今大会をもちましてSEDとして興行を開催するのは最後にしたいと考えています。SEDをつくってよかったな、長い間続けてきてよかったなと思います。本当にありがとうございます」
マスクで顔は見えなかったが、そのたどたどしい口調からサムライが泣いているのは明らかだった。その姿を見ていられなくなったのだろう。途中からパワーロードがマイクを握り、観客にあいさつした。
この後、選手全員とスタッフがリングに上がり、観客とともに万歳三唱。これをもって、SEDは15年9カ月の活動にピリオドを打った。

【文と写真】角田保弘