今日8月9日は、
「長崎原爆の日・・・」
であることは、今更小生が宣うまでも無いのだが、実は、広島の原爆の日の夜(=7日)、NHK/BS-1の「BSスペシャル・・・」の再放送(=本放送は2019年1月27日)で、
「暗号名チューブ・アロイズ(TUBE ALLOYS PROJECT)
~原爆投下・秘められたチャーチルの戦略~」
と云う番組をやっていて、この中で、あの原爆の研究開発から日本投下に至る計画に、当時のイギリス首相だった
「ウィンストン・チャーチルが深く関わって居た・・・」
と云う事実と、その考証を報じて居た・・・。
あの原爆開発計画と云えば、我々には、あの
「マンハッタン計画・・・」
が有名だが、そのマンハッタン計画は、そもそも英首相チャーチルが、当時のアメリカ大統領ルーズベルトを唆(そそのか)し、
「英米共同開発・・・」
と云うシナリオで始めた計画だったと云うのだ。
当時のイギリスは、ヒトラー率いるナチスドイツの恐怖と闘いながら徹底抗戦を続けていたのだが、1938(=昭和13)年、当時のベルリンの科学研究所で、
「人類にとって、未知のエネルギー反応・・・」
が発見される。
所謂
「ウランの核分裂反応・・・」
と云うのが、確認されるのだ。
この原理を応用して連鎖的に反応させると、
「爆発的(=通常兵器の数万倍)エネルギー・・・」
を引き起こすことが証明されるのだ。
この研究報告を受けたヒトラーは、直ぐ(=翌1939年)に、
「新兵器開発の研究・・・」
に着手する。
そして、その年の9月、ドイツは遂にポーランドに侵攻し、
「第二次世界大戦・・・」
が勃発するのだ。
ところが、ヒトラーが
「超極秘裏・・・」
に進めさせたつもりの原爆開発は、皮肉にもそのドイツからアメリカに亡命した天才科学者
「アルベルト・アインシュタイン・・・」
のルーズベルト大統領へ向けた手紙によって、一応、アメリアの識るところともなる。
ただ、その手紙を受け取ったルーズベルトは、
「ウランは重すぎて輸送が困難だから、原爆は、実用的では無い・・・」
と考え、原爆研究に直ぐには手を出さなかったのだそうだ・・・。
尤も、その考え方の背景には、
「アメリカは、ヨーロッパの戦争には関わらない・・・」
と云う
「孤立(=非戦)主義・・・」
が有ったのだとも・・・。
一方のチャーチル率いるイギリスでは、1940~41年、既にドイツ軍の
「ロンドン大空襲・・・」
を受けて、いよいよ敗戦の危機に陥って行く。
そんな背水の陣のチャーチルに、
「戦況逆転に繋がる朗報・・・」
がもたらされる。
イギリス、バーミンガム大学で、
「原爆を小型化する理論・・・」
が見つかるのだ。
ウランの分離濃縮が可能な
「サイクロトロン(=加速器の一種・・・)」
が発明されるのだ・・・。
この画期的装置を開発したのが、何と
「ドイツから亡命したユダヤ人科学者・・・」
だと云うから、皮肉な話ではある・・・。
「原爆を、飛行機で運べるほど小型化出来る可能性・・・」
が見えて来たことで、チャーチルは、いよいよ原爆の本格開発を決断する・・・。
その極秘プロジェクトが、
「暗号名チューブ・アロイズ(TUBE ALLOYS PROJECT)」
である。
「TUBE ALLOYS」とは、「管状合金・・・」のことだそうだが、それは、この極秘プロジェクトを原爆計画だと悟られないようにするための暗号であったそうだ。
そのプロジェクトのメンバーの多くが、ヒトラーの迫害を逃れて亡命して来たユダヤ系の科学者たちだったと云う。
このドイツ系の科学者たちの心底には、
「ヒトラーが最初に原爆を手にしたら・・・」
と云う震え上がるような恐怖が、常に宿って居たらしい・・・。
「原爆は多雨ウノ市民を死傷させる。これを防御すっるには、同じ武器での報復以外に手段はない。」
と云う考えが、科学者たちの研究意欲を掻き立てたらしいが、この発想が、80年近く経った今日でも、
「核の抑止力・・・」
と云う発想に繋がり、お隣の戦後国家に於いても、
「自分たちの国も、核を持たねば・・・」
と云う執念を生む根源なのだと、改めて認識させられる・・・。
しかし、いくら優れた科学者を揃えての原爆開発研究を進めようとしても、既にイギリスはドイツからの
「絶え間ない爆撃・・・」
にさらされている状態・・・。
従って、原爆開発に必要な大きな工場を
「自国国内に建てるのは不可能・・・」
だと、首相チャーチルは悟るのだ・・・。
そこで知恵を絞ったチャーチルが編み出したのが、
「アメリカとの共同開発・・・」
と云う奥の手で有ったと云う訳だ・・・。
「アメリカは、資金(=工業力)も有るし、空襲も無い・・・」
だから、
「原爆の秘密を渡し、味方に着ける・・・」
これが、知将チャーチルの目論見だった訳だ・・・。
1941年7月・・・。
斯くして、この新型爆弾製造の極秘情報は、大西洋を渡ってワシントンに伝えられる・・・。
当時、この情報を伝えられたアメリカの兵器開発責任者は、その報告書を読み、
「これは、出来る・・・!」
と確信したと云う肉声テープも残って居た。
そして、この報告が、それまで原爆開発に乗り気で無かったルーズベルト大統領を
「その気・・・」
にさせるのだ・・・。
そして、慌ただしく二人の巨頭会談へと進み、両国の共同プロジェクトが大きく進み出す・・・。
(「その2」につづく・・・)