<出雲>という思想 近代日本の抹殺された神々 原武史著 読了 | 52歳で実践アーリーリタイア

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52歳で早期退職し、自分の興味あることについて、過去に考えたことを現代に振り返って検証し、今思ったことを未来で検証するため、ここに書き留めています。

 

 

 

<概要>

神道の思想史的系譜について、江戸時代の国学から維新政府による国家神道に至るまでの流れを俯瞰し、アマテラスから続く血統「天皇家」の中央集権近代国家の権威として伊勢の系譜を紹介しつつ、(維新政府にとって)傍系たるオホクニヌシノミコトから続く出雲の血統「出雲国造」に焦点を当てた著作。別途出雲の系譜としての大宮氷川神社の思想史の紹介あり。

 

<コメント>

◼️復古神道における出雲

著者あとがきで「敗者にスポットを当てた」と述べているごとく、近代日本に抹殺された神々「出雲の神々」に関する考察。

 

復古神道と言われる現行天皇にまつわる神道ですが、もともと明治政府は神道を復活させたことで、伊勢派と出雲派双方の神道に焦点があたります。

 

しかし2系統では近代国家としての「日本人」概念=ナショナリズムを日本列島に住む人たちに浸透させるためには不都合。

 

そこで、出雲は「国体」に反する思想として異端視され、天皇による裁決によって退けられたのだといいます。

 

そして、その天皇の祖先(神話上の)たるアマテラスから続く天皇家としての伊勢神宮重視となったのが今の日本。

 

本来、現実世界は伊勢派のアマテラス、幽玄世界は出雲派のオオクニヌシノミコト、と役割分担されていた神話の世界は、アマテラスに焦点を絞ることで抹殺されてしまったのだと言います。

 

これにより、本来の神話とは異なる新しい神話が維新政府によって創造(捏造?)。

 

このように「日本」という近代国家がどのように創造されてきたのか?思想史的視点にたった分析がされたおり、非常に興味深く読めます。

 

思想は「常識を相対化して根本から問い直す作業」ではありますが、近代国家成立と合わせて、神道に関してもその一端が窺える内容となっています。

 

◼️埼玉の謎(ある歴史ストーリー)

出雲とつながりのある氷川神社系列に関しての考察。これははじめて知りましたが、

 

埼玉県はオホクニヌシや出雲国造の祖神であるアメノホヒを祀る神社が多い。つまり埼玉は出雲の神々が多く鎮まり、祀られているところで、その中心が大宮氷川神社。

 

大宮氷川神社社家の西角井家は出雲国造の千家家と同じく、自らをアメノホヒの子孫としています。出雲の神の末裔としての意識が古代から明治時代になってもなお「生き神」信仰が氏子の間に共有されていたらしい。

 

「氷川(ひかわ)」とは、そもそも出雲の「斐伊川(ひかわ)」を語源としているというのも、やはり古代に出雲の人々が武蔵に移り住み、氷川神社を武蔵に多く作ったという(氷川神社はほとんど埼玉・東京にしかない)

 

しかし明治政府によって、大宮氷川神社では西角井家が宮司から外されるなど、伊勢派国家神道への一本化に向けた流れの中で大宮氷川神社も衰退し、真相は不明らしいが、廃藩置県の流れの中で埼玉県の県庁所在地は、武蔵の中心たる大宮ではなく、しがない宿場町だった浦和に最終的に県庁が置かれるようになった。

 

著者は、大宮市・浦和市・与野市・岩槻市が合併するときに、由緒ある地名としての「氷川」を市の名前にするよう働きかけたらしいが、願い叶わず「さいたま市」となったのは誠に残念としている(ちなみに「埼玉」は本来行田のあたり地名だそう)。