徳島市の学習塾 吉澤教室

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徳島より勉強と受験のブログ

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学歴がなくて苦しんだ人なら学歴は垂涎の的でしょう。また、うまく学歴を利用して出世した人なら、努力の当然の報いとしてその結果を自負しているかもしれません。

 

私には、学歴とは強くて大きな翼のように思えます。

 

翼が強ければ遠くにいけるし、大きければゆったりと高く舞い上がることができる。

その翼は小さな頃からじっくり育て上げ、ときには何世代もかけて大きくすることもある。

 

貧しい家に生まれれば、翼を伸ばす能力があっても十分に育てられない場合があり、逆に裕福な家に生まれて、それほど能力がなくても易々と大きな翼を手に入れることもある。

 

医師で作家の鎌田實さんは物心つく前に養子に出され、タクシー運転手の養父と病弱な養母に育てられます。経済的理由で養父から医学部進学を反対されながら、苦学の末、医師になりました。つまり、学歴は運命に左右されるだけでなく、努力によっても築き上げることもできると言えます。

 

さらに、大した学歴がないことで、人生で困るかと言えばそうとも限りません。どんなに大きな翼があっても鬱蒼としたジャングルの中ではうまくその能力を発揮できません。また、乾いた大地を走るだけならチーターのように速い足の方が小回りが利いて便利です。宇宙空間に飛び出したいなら、高性能のロケットエンジンを搭載しなければなりません。

 

どんなにすばらしい翼でも、その使い方や使う環境を間違えれば、無用の長物になりかねません。

 

一方、一流企業では、就活のエントリーシートを大学のランクで線引きしているという話はよく聞きます。一流企業になれば万を超えるエントリ―があるはずです。少しでも効率よく自社の環境に適合する社員を選考したいという企業側の発想です。ここでは、学歴は無用どころか、最終面接にたどり着くためのパスポートになっているのです。

 

もし、あなたが一流企業に勤めたいなら話は別ですが、こういった企業側の論理で学歴を築くのはどうかと思います。場合によっては、あなたにとってそもそも学歴は必要ないのかもしれないのですから・・。

 

昭和の文豪、松本清張は晩年、ある番組のインタビューの中で、学歴と人生について質問に答えています。

(インタビュアー)「学歴と人生は別物ですか?」

(清張)「・・・と思いますけど、なかなか世間ではそうは見ないで、学歴によって本人の資格を認定しますから・・・。しかし、それがその人の一生を付きまとうのはどうなのかと思いますね。」

高等小学校しか出ておらず、まともな教育を受けていないことを反骨精神のバネに、偉業を成し遂げた松本清張。それでもまだ消えない自分に対する学歴差別に、正当に評価されていないという不満を抱いていることが伺えます。

 

昭和から令和。時を経て、事態は変わっているようで実はあまり変わってはいないようにも思えます。ただ学歴=人生というような学歴神話は崩れつつあり、出身大学以外の評価基準は多様になってきています。

 

高校時代、「なんでみんなと同じことができないの?」

と社会的に不適合だった生徒が実際に社会に出ると、クリエイターになり同級生をあっと驚かせるというようなことはよくあることです。

 

社会で富を生み出す人は一般人が気づかないようなことを実現する力のある人だそうです。そういう人はある程度、協調性を犠牲にすることも致し方ないのかもしれません。

 

一方、ほとんどが凡人(卓越した発想や技術を持っていない人)として生きていかなければならないのが現実です。

東大生だって8割以上が凡人だとも言われています。

そう思うとなんだか勇気さえ湧いてきます。

 

先日、知人がポツリと一言、私にもらしました。

「生きるのってホント大変ですね。」

実感がこもっていました。

誰でも現実に立ち向かって生きているのです。

 

もし、あなたがそんなに努力しなくても成績が悪くなく、これと言ってやりたいことを見つけだせないでいるのなら、勉強して学歴をつけるというのも悪くない方法だと思います。

 

結論として、

『学歴、それは凡人が厳しい社会を生き抜くための最適なツールである。』と私は思っております。

 

ありきたりな結論ですが、そう思うだけで、

 

嫌々だった勉強もやる気が出てきませんか?
 

 

 

 

 

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