今日は、昨日の「殺意」の認定方法のお話の続きです
 法曹の方々にとっては、司法修習生時代の復習のようになってしまいますが、二回試験を懐かしみながら読んでいただければ幸いです


◇殺意認定の情況証拠(総論)

 昨日ご説明したように、「
殺意」の認定は、「殺意」について被告人が否認している場合や、「殺意」について被告人が自白していても、その自白を証拠として用いれない場合(誘導や拷問などによる自白など)などで特に問題となるのですが、そもそも「殺意」は被告人の内心の問題なので、被告人が「殺意」を否認している場合、どうやって「殺意」があったことを認定していくのでしょうか?

 
拷問などを用いて自白をさせることは、憲法刑事訴訟法で禁じられていますし、自白剤を使って自白させた場合も、その自白内容を証拠として用いることはできません
 そのような拷問や自白剤による自白は、
人権を侵害する方法であることはもちろんですが、虚偽の自白を誘発する危険もあり、必ずしも真実を述べさせる効果があるわけではないという点でも、問題があるのです。

 また、
うそ発見器(ポリグラフ検査)を用いることも考えられますが、うそ発見器は、必ずしも有効なものとは言い切れず、実際に裁判でも、うそ発見器の結果の証明力が認められなかった事案がけっこうあります。
 
 例えば、悪いことをしていなくても、
警察に見つめられただけで汗が出て脈拍が早くなる人はいるので、うそ発見器に反応したからといって、虚偽の供述をしているとは、必ずしも認められないのです。
 実は、私はこのタイプなので、うそ発見器の結果の証明力が高いとは思えないんです
 

 このようなことからすると、結局、被告人が客観的にした行為から、「
殺意」を推認していくという手法が必要となってきます。

 具体的には、どのような要素があれば、「
殺意」があったと認定されるのでしょうか?


◇創傷の部位

 一般的に、四肢以外の身体の枢要部分(胸部、頭部、顔面、腹部、頸部等)に攻撃を加え、創傷が生じた場合、人の死の結果を発生させる現実的な危険性が高いので、「殺意」が認められやすくなります。

 もっとも、創傷の部位が四肢以外の身体の枢要部分であっても、被告人がその部位を認識して、そこを攻撃していないと、「殺意」があったとは推認できないことに留意が必要です。
 
 裁判例でも、相手から押し倒され組み伏せられた状況下(東京高判昭和29年4月28日東高刑時報5-4-147)や、襟をがっちり掴まれ首を絞められた状況下においてそれぞれ被害者の身体の枢要部分を突き刺した事案(東京高判昭和37年10月20日東高刑時報13-10-246)などで、「殺意」が否定されています。
 
 これは、劣勢下にあり、興奮狼狽の程度が甚だしい場合や、相手の圧迫・攻撃などによって、極めて不自然な体勢になっているような状況下での攻撃の場合、予期していない場所の創傷が生じる可能性が相当高く、被告人が必ずしも身体の枢要部分を狙っていたとはいえないことから、身体の枢要部分に創傷が生じているのに、「殺意」があったとはいえないとしたものです。

 他方、四肢に攻撃を加え、創傷が生じた場合は、最初から出血多量を狙って攻撃を加える場合を除けば、人の死の結果を発生させる現実的な危険性が高いとはいえないので、「殺意」は否定されやすくなります。

 
◇創傷の程度

 創傷の程度は、一般的には、加えられた打撃の強さの程度又はその回数と比例するものと考えられます。
 したがって、創傷が、社会通念上、死の結果を招来する可能性が大きい程度に達していた場合は、加えられた打撃が相当強度に、又は多数回にわたってなされたと推認できるので、「殺意」は認められやすくなります。

 なお、同程度の打撃でも、相手の年齢性別等によって、創傷の程度が異なるので、そのような事情も総合考慮して、「殺意」の有無を判断します。
 

◇凶器の種類

 
 ◆刺殺
  
 一般的に、相手に致命傷を負わせるに足りる形状及び性能を有する刃物を使用した場合は、「殺意」が認められやすくなります。
 裁判例では、小型の果物ナイフや安全剃刀などは、凶器の種類という点では、「殺意」を否定する方向に働いているものが多くあります。

 なお、性能の点では、使用年数及び刃こぼれの有無から、鋭利か否かといった事情も総合考慮して、「殺意」の有無を判断します。 

 
 ◆絞殺

 絞殺の凶器となるのは、ですが、絞殺の場合は、その殺害方法自体から、「殺意」は認められることが多いといえます。
 それは、柔道などで慣れていて、窒息によって一旦仮死させて、その後に意識を回復する術を心得ている者でもない限り、殺さず、怪我をさせる意図で首を絞めるということが、通常考えられないからです。

 
 ◆射殺

 射殺の場合は、その殺害方法あるいは銃という凶器の種類から、人の死の結果発生の現実的危険性が高いものといえるため、多くの場合、「殺意」が認められやすいといえます。

 もっとも、非常に遠距離から発射した場合や、射撃経験があり、狙ったところに命中させる能力が高いような者が、極めて至近距離から身体の枢要部分以外を狙って発射した場合は、「殺意」は否定されやすくなります。

 
 ◆毒殺

 毒殺は、科学薬品によって行われますが、青酸カリやある種の農薬等のように、それを服用すれば一般的に死に至る蓋然性が高い科学薬品は、それを用いたこと自体が、「殺意」を推認させる事実となります。

 他方、睡眠薬等のように、服用量いかんで、ときに死の結果を招来すると考えられる科学薬品は、服用させた量、相手の年齢健康状態服用時の情況(空腹時か、アルコール類と共に服用させたかなど)等から、「殺意」が推認できるか否かを判断していくことになります。

 
 ◆撲殺

 撲殺の凶器は、刺殺の場合と同様、多種多様な物が考えられますが、この場合も、凶器の形状、特にその大きさ及び硬さが重要な要素となります。
 例えば、金属製品レンガ金属バットなどを用いた場合は、「殺意」が認められやすくなり、手拳板切れ等を用いた場合は、殺意が否定されやすくなります。
 
 手拳で殴って人を死に至らしめた場合、ボクシングや空手の選手が、乳幼児や相当高齢の老人を執拗に殴打したような場合を除けば、社会通念上、
人の死の結果が招来する現実的危険性がある行為とまではいえないので、実務上、ほとんどが傷害致死罪で処理されています。

 
 ◆水中に突き落とす方法による殺人

 水中に突き落としても、多くの人は泳いで逃げられるので、それだけでは「殺意」は認められず、水泳能力が十分でないことを知りながら水中に突き落とした場合や、相手が失神状態であったり、両手足を緊縛などした状態で水中に突き落とした場合は、「殺意」が認められやすくなります。
 また、厳寒の海に突き落とす場合のように、寒さで心臓麻痺を起こす蓋然性の高い情況であれば、「殺意」が推認されます。

 相手が水泳能力があることを知りながら水中に突き落とした場合や、突き落とした時刻、場所等から、相手が付近にいた者から救助されることが可能であったような情況で突き落とした場合は、「殺意」が否定されやすくなります。

 
 ◆自動車の利用による殺人

 自動車によって殺人をする場合としては、①自動車を衝突接触させる態様や、②自動車に掴まっている者を振り落としあるいは他車に接触等させる態様などがあります。

 ①については、人や、人がむき出しになっているような二輪車に乗った状態の人に対して、意図的相当の速度で衝突、接触させた場合は、「殺意」が認められやすくなります。
 他方、社会通念上、人の死が招来しないと考えられる速度衝突接触させた場合は、「殺意」が否定されやすくなります。
 
 また、接触させて怪我や失神などさせて、拉致監禁するなどの目的で接触させた場合などのように、殺意と矛盾するような動機がある場合は、「殺意」は否定されやすくなります。
 裁判例では、強姦目的で失神させるために時速35kmで接触させ、実際軽微な損傷で済んだ事案で、殺意を否定しています(大阪高判昭和54年7月10日判例時報974-135)。


 ②についても、車の外部に掴まっている人を他車に接触させる場合などは、①と同様、速度や、接触させた部位などから、「殺意」が推認できるか否かを判断していきます。

 また、落下させて死亡させた場合は、車の車高速度などから、強打する程度によって、死に至る蓋然性が高いか否かによって「殺意」の有無を判断します。

 さらに、自車や後続車、対向車による轢死を意図して振り落とした場合は、その道路の交通量なども判断要素となります。
 交通量の多い高速道路などで振り落とせば、轢死の危険は相当高いでしょうが、交通量のほとんどない田舎の田んぼ道で振り落としても、自車でその後に轢死させる場合を除けば、轢死の危険性は高いとはいえず、「殺意」は否定されやすくなります。


◇凶器の用法

 凶器の用法については、相手に強烈な打撃を与えるため、力を込めあるいは繰り返し凶器を使用した場合は、そうでない場合に比べ、「殺意」が認められやすくなります。
 
 例えば、ナイフで刺殺した場合、利き手で刺した場合と、利き手でない手で刺した場合とでは、前者の方が「殺意」が認められやすくなりますし、ナイフが根元まで刺さっていた場合と、根元まで刺さっていなかった場合とでは、前者の方が「殺意」が認められやすくなります。


◇次回予告

 以上見てきたように、“創傷の部位”、“創傷の程度”、“凶器の種類”、“凶器の用法”が、「殺意」の有無を判断する重要な要素となります。
 
 この他に、“動機の有無”や“犯行後の事情”なども「殺意」の有無を判断する要素の1つにはなりますが、上記の4つの要素に比べると、重要度はあまり高くありません。
 サスペンスドラマなどでは、この“動機の有無”が重要な要素になったりしますが、実務ではそうでもないのです

 その辺りのお話も含め、次回は、「殺意」の判断要素の残りの説明から始めさせていただき、『殺意の認定方法』を締めくくりたいと思います
 次回も、お楽しみに

 

 本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m 

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