「漫画家と編集者の絆は血よりも濃い」

 
とある名編集者が語った言葉ですが、トーチwebの中川敦さんによるみなもと太郎先生への追悼文はそのことを如実に思わせる名文でした。
 
1979年から描かれていた『風雲児たち』は、追悼文でも書かれている通り歴史上の有名人物のみならず、一般的には無名な人物にも焦点を当てて重層的で濃密なドラマを描くことで唯一無二の輝きを放つ歴史マンガです。NHKでドラマ化され、三谷幸喜さん脚本によって歌舞伎にもなっています。また、『ホモホモ7』はマンガ表現の歴史的にも重要な作品です。
 
しかし、特に若い人であればほとんどみなもと太郎さんのことを知らない、作品に触れていないという方もいると思います。そんな方には、みなもと太郎さんがどれだけ偉大な方だったかということを少しでも知って欲しいと願いながら今回筆を執っています。
 

 

マンガ図書館ZやKindle unlimitedなどで、無料でも読める作品が多くありますのでこの機会に読んでみてください(『ドリフターズ』の副読本としても話題になった島津藩の武士による治水事業を描いた『宝暦治水伝 波闘』などは、『風雲児たち』の雰囲気を掴むのにも最適です)。

 
みなもと太郎さんは、偉大な漫画家であると共に偉大な漫画研究者でした。描き手でありながらも、生涯にわたって実に広範なマンガに触れ続け、生の声や文献に当たりながら探究を続けておられました。齢70を超えても、マンガに留まらず『艦隊これくしょん』や『魔法少女まどか☆マギカ』など周辺文化にも積極的に触れて学ぼうとしていた姿勢は尊敬すべきものです。
 
『風雲児たち』と同様に、独自の視点で普通の解説書ではない斬新な着眼点も取り入れながら、マンガ文化の成立から現代に至るまでの経緯を紐解いたのがその名の通り『マンガの歴史』という本です。
 
 
こちらはマンガ文化を愛する人にはぜひとも読んで欲しいのですが、残念ながらこちらも1巻だけが発売され未完となってしまいました。とはいえ、1巻部分だけでも十分に面白く、読む価値があるのは保証します。
 
私は以前、ジャンル問わず古い作品も含めて横断的にマンガを追っているところがみなもと太郎さんと共通しているということで、僭越ながら上記の『マンガの歴史』を出版した岩崎書店さんからお声掛けをいただき、ロフトプラスワンでみなもと太郎先生と共に現代を代表する作品として『HUNTER× HUNTER』を中心にマンガについて語るイベントを行わせて頂きました。
 
それ自体も非常に貴重な体験だったのですが、その打ち上げとして後日みなもと太郎さん行きつけのお寿司屋さんで会食が行われました。その帰りに何とみなもと太郎さんに誘われて自宅に招かれたのです。
 
みなもと太郎さんはメディア芸術祭マンガ部門などの数々の漫画賞の選考を務めてらっしゃいました。その際、どうしても自分ひとりでは解釈が難しい作品があるので私の知見を聞かせて欲しいということでした。並のアワードでも量が集まれば大変ですが、特にメディア芸術祭の受賞候補作品は海外の作品もありますし、非常に実験的で先鋭的な作品も多いです。それなりに雑誌を読んでいるマンガ読みであっても読み解くのに困難を伴うであろう作品も複数含まれています。
 
幸い候補作はほとんど読んでいたので私の知識でお役に立てるのであれば、と喜んでお邪魔しました。そして、上記Twitter画像で写っている紙の要塞である仕事場に立ち入らせていただきました。画像で言うところのみなもと太郎さんの横の扇風機がある位置に座らせていただき、優に100を超える作品を総覧しながらさまざまな質問にお答えさせていただきました。
 
この作品はどういう経緯で生まれたのか。
この表現はどういう意図で用いられているのか。
このコマの意味は。
物語の構造は。構成は。
このキャラクターについては。
作品全体のテーマは。
あの作品との差異は。
近年の傾向は。
現代の読者の反応は。
 
一見して解らない作品は解らないものとして置いておき、解る作品の中から上位を選ぶという選考の仕方であっても決して文句は言われないでしょう。しかし、みなもと太郎さんはそれを許さないようでした。膨大な候補作ひとつひとつに丁寧に向き合いながら、自分に解らないなら解る者に訊けばいいと、こんな若造にも頭を下げて教えを乞おうとする。その真摯な姿勢と深い深いマンガ愛に心から敬服しました。私よりもずっとずっと長い間マンガと共に人生を歩み数多くの作品に触れてきたみなもと太郎さんのマンガを見る目は、非常に鋭く確かなものでした。

 

 

 

 

みなもと太郎さんの慧眼と称揚によって勇気付けられた方は枚挙に暇がないでしょう。

 
地下には大変貴重な書籍や資料が山積する伝説の書庫がありました。私のようなマンガ好きにとっては、正に夢想を体現したような空間です。心地よい紙の匂いが漂う部屋で、みなもと太郎さんとマンガを通して言葉と想い、魂を交わした時間。それは長い人生から見ればほんの一瞬ですが、私の人生における財産となっています。
 
多くの方が語るように、みなもと太郎さんは優しくユーモアがあり、とにかくマンガに対する愛情と熱意の大きさが素晴らしい方でした。
 
『風雲児たち』や『マンガの歴史』の続きが見られなくなったことは非常に悲しいことですが、それ以上に多くの著作や生き方そのものから沢山の物事を学ばせていただきました。もしも70まで生きられた暁には、みなもと太郎さんのようになっていたいです。
 
みなもと太郎さん、本当にありがとうございました。