毎年恒例の「このマンガがすごい!」の発売・発表も近付いてきました。

 

前回の記事ではベスト10入りするものを予想しました。一方で、このマンガも素敵なんだ! 個人的に推したい! という作品も沢山ありますので、紹介していきます(他のアワードでは上位に来るであろう、来て欲しい作品も含みます)。

 

 

ぴっかり職業訓練中

 

「お金も職もない、人生詰んだ」と思っている方にこそ読んでみて欲しいマンガです。『とろける鉄工所』の野村宗弘さんによる、ハロートレーニングと名前が変わったと共にその中身も変わりつつある現代の職業訓練所に様々な事情で通う老若男女の人間ドラマ。主人公は28歳のマンガ家になれなかった青年で、夢破れてもこういう風に学びながら誰でも職人となってお金を稼いで就職して生きていく道もあるんだ、と読みながら学べる作品です。

 

 

ダブル

 

天才役者を描いた作品は『ガラスの仮面』や『アクタージュ』など多々あります。しかしこれ程欠落した、日常生活を送ることすら困難な、それ故に相方が必要なほどの歪な天才ではありませんでした。主人公二人の関係性だけで無限にご飯を食べられる、マンガはキャラクターであるという原点を思い起こせられる作品。エッジの利いた野田彩子さんの作品群の中でも一際輝きを放つ、間違いなく今年を代表する傑作です。丁度、先日公開された最新話は本作の核心に触れとりわけ最高過ぎたので、一人でも多くの方に読んで欲しいです(11/30現在、単行本を買えばその続きはすべてWEBで読めます)。

 

 

結ばる焼け跡

 

昨日、『ALL OUT!!』が完結した雨瀬シオリさんが、ずっと描きたかったというテーマに挑戦した作品。2018年の読み切り版掲載時には個人的年間ベスト10にも入れた程の傑作です。終戦直後を舞台に、人間という物について深く考えさせられる物語になっています。ただ単純に戦争の悲惨さを謳う内容ではなく、純粋にその時代に生きた人間たちを卓越した筆力で描くことで、現代に生きる私たちが読んでも自分事として捉えてしまうような普遍的なテーゼに肉薄しています。雨瀬さんは『ここは今から倫理です。』「松かげに憩う」など描く物描く物すべてハイクオリティで素晴らしく、心酔します。

 

 

片喰と黄金

 

『てのひらの熱を』の北野詠一さん最新作。毎日お腹が満たされるまでご飯を食べられ、命を脅かされる危険もほぼない。そんな状況が人類史的にどれだけ貴重な状況かを再認識させられる、ゴールドラッシュで一攫千金を夢見る19世紀の物語です。帯では『ゴールデンカムイ』作者の野田サトルさんに激賞されるほど綿密に行われている歴史考証に、高い画力と演出力が合わさった作品。歴史マンガでありながら純粋に面白いが故に誰でも楽しめるハードルの低さもあり、お薦めする要素しかありません。

 

 

その着せかえ人形は恋をする

 

「着せ替え人形」と書いて「ビスクドール」と読む、ここテストに出ます。ヤングガンガンで1話を読んだ瞬間に「これは素晴らしい!」と思い、ラブコメ好き諸兄に沢山お薦めしてきた作品。まず絵が実に良く、女の子がとてもかわいい。雛人形職人を目指す男子高生という単体でも異色で面白い主人公の設定に、コスプレ好きのギャルという掛け算の絶妙さ。近年は上質なラブコメが豊富ですが、ラブコメ好きは絶対に読んで欲しい一作です。

 

 

はたらくすすむ

 

高齢主人公の作品って少ない(経験を元に書くのが難しいので当然ではある)のですが、高齢化社会においては今後ニーズは高まる一方ではないかと思っています。本作は妻に先立たれ、娘にも煙たがられる悲哀の66歳の主人公がピンサロで働き始める物語。嬢たちとの不思議な人間関係や、それぞれが抱える想い、ピンサロの内情、定年までのサラリーマン生活では味わえなかった新鮮な経験などが合わさってとても良い読み味を醸し出しています。読むだけで人生の経験値を得られる、そんな作品です。

 

 

プリズムの咲く庭 海島千本短編集

 

アニメ『ブラック・ブレット』では総作画監督も務め、現在はイラストレーター・漫画家として活躍中の海島千本さんのマンガデビュー作。絵が上手いからマンガも面白いと簡単には行かないのがこの世界の常ですが、稀にこういう絵も上手ければマンガ力も非常に高い、という方が現れるんですよね。作画のレベルが非常に高く眺めているだけで眼福なのはもちろん、様々なテイストの話の構成力、マンガとしての読みやすさ、流れる空気感なども実に上質。「今年の新人」「今年の短編集」という括りでは筆頭に挙げてお薦めする作品です。

 

 

傾国の仕立て屋 ローズ・ベルタン

 

歴史チェスマンガ『クロノ・モノクローム』も、野球マンガ『ナックルダウン』も個人的には大ファンだった磯見仁月さんの待望の最新作。タイトルにもある通りマリー・アントワネットに仕えた仕立て屋、ローズ・ベルタンを主人公にした物語です。本作の最大の美点は、彼女の最高の仕事が非常に華美なヴィジュアルで説得力を持って表現されている所。歴史物ですが、何の知識も持たずに読んでも面白い仕事マンガ/人間ドラマとして楽しめるので広くお薦めしたい作品となっています。ちなみに、花の都パリにおいてファッションデザイナーの祖とされるローズ・ベルタンは『ベルサイユのばら』にも登場する人物ですので、併せて読むのも面白いです。

 

 

くだけるプリン

 

『クロサギ』の黒丸さんによる、体を重ねるに至るまでの様々な男女の物語6編を収めた短編集。

“女はみんな自分だけの『ご褒美』を持っている”

“恋したものには触れてはならない 触れることは汚すことだからだ”

など各作品の冒頭のモノローグが示すように言葉選びに情趣があり、特に第5話「まぼろし夫婦」で紡がれる切なる美しい言の葉はとても良いものでした。女性作家ならではの女性心理描写の的確さがあり、主に女性向けではありますが逆に男性が読むことで得られる気付きや学びもある作品となっています。『クロサギ』的なものも良いですが、こういう路線も今後も描いて頂きたいなと思う秀作でした。

 

 

終わりの国のトワ

 

文明が滅び「文字」と「女性」が消え、人は宿り木から生まれる世界。そんな世界でいなくなったはずの女から生まれ、文字を読むことができる少年を主人公としたSFファンタジーです。マントの少年、剣、連れ添う賢い狼と冒頭から王道ファンタジー感を非常に端然とした魅力的な絵で演出され、まず引き込まれます。そこに、今現在の日本人が知る固有名詞の数々が過去の文明として登場する世界観が露わになっていき、現実と地続きの世界における新たなシステムやその先の未来への興味を唆られます。ここ最近のオリジナルファンタジーとしては出色の出来で、続きがとても楽しみです。

 

 

ワンダンス

 

『のぼる小寺さん』『しったかブリリア』の珈琲さん最新作ですが、圧倒的に本作が私は一番好きです。吃音がありコミュニケーションが苦手な主人公が、ダンスで圧倒的な自己表現をするヒロインに出会ったことで自身もダンスを始めると共に成長し自分を変えていくという正統派ボーイミーツガールにしてジュヴナイル。こういう構造は琴線に触れます。何しろダンスシーンの表現力が素晴らしく、1話のヒロインの躍動感と美しさに一目惚れしました。その心の震えは主人公の少年が覚えたものと完全にシンクロしていたはずです。青春マンガが好きな方にお薦めですし、読むとダンスに興味も湧きます。個人的にダンス部部長の恩ちゃん推しです。

 

 

君の大声を聞いたことがない

 

普段は冴えないけれど、一芸に秀でていてその瞬間だけ輝くというタイプの主人公の物語は枚挙に暇がありません。しかし、本作は容姿的にも能力的にも本当に何一つとして自分に自信が持てる要素がない29歳のOLがヒロイン。そんな彼女にも、自分も輝きたいと心から乞い願う瞬間が訪れます。弱くひたむきな主人公の行く末はどうなるのか。切実な人間ドラマです。今の自分に自身が持てない、こんな自分を変えたいと思っている方、自分に重ね合わせて読める方には特に非常に刺さる作品でしょう。

 

 

父のなくしもの

 

『薫の秘話』『ママゴト』『私を連れて逃げて、お願い。』など、人生の不条理に晒されながらも必死に生きる人間の姿、心揺さぶる物語を心身・魂をも削るような筆致で描き続けて来た松田洋子さんによる、自伝的作品。「こんな作品群を描く松田洋子さんは一体どんな人生を歩んでこられたのだろう」と常々思っていたのですが、その答が本作に描かれていました。端的に言って私は気付いたら涙していました。そして、痛切なあとがきを読んで更にもう一度涙を流しました。深い深い想いの込められた作品で、読んだ後は大切な人を今まで以上に大切にしたくなります。松田洋子さんはもっともっと読まれてもっともっと評価されるべき作家です。

 

 

鍵つきテラリウム

 

『僕が私になるために僕が私になるために』『白百合は朱に染まらない白百合は朱に染まらない』の平沢ゆうなさんの新作は、美しく心温まるポストアポカリプスSF。まず、単行本冒頭にもあるフルカラーで描かれたepisode0のコロニーの風景に一瞬で心奪われました。そして、人間とロボット的なテーマも入ってきて心の奥底まで優しく時に切なく響き渡るストーリー。私のように廃墟に萌える方、『少女終末旅行』、たつき監督作品、ニーアオートマタなどの終末系世界観が好きな方にもお薦めしたい一冊です。

 

 

ひゃくえむ。

 

"大抵の問題(こと)は100mだけ誰よりも速ければ全部解決する"

誰よりも100m走を速く走れる少年が、初日からイジめられた転校生にかけた言葉。ここから、狂気と妄執をはらんだストーリーが始まっていきます。人間が宇宙にまで行けるようになっても、原始の時代から重宝された「走るのが速い」という能力は子供にとっても大人にとっても未だ特別な物。努力したからといって必ず勝てる訳ではなく、勝者の側にいる者も油断すれば一瞬で敗者の側に堕ちる世界。自分の場所を守るため、あるいは奪い取るために迸る狂気にも似た執念の黒い炎のような熱にあてられる物語です。心焦がされる熱量ある物語が読みたい方にお薦めです。

 


木曜日は君と泣きたい

 

表紙絵の眼ヂカラに惹かれた方は、その感覚を信じて手に取ってみて下さい。『花もて語れ』の片山ユキヲさんの下でアシスタントをしていた、工藤マコトさんのデビュー作です。Twitter上で大人気となった『不器用な先輩』も、今度ヤングガンガンで連載が始まることになったそうで楽しみです。とにかく工藤マコトさんは絵が魅力的で、特に瞳に宿る力は今年の新人の中でも抜群。そして物語自体も面白く、幾重にも絡まった複雑な事情から織り成される群像劇には程よい痛みと緊張感があります。ネタバレになるためあまり具体的に内容には触れたくないので、とりあえず読んで新鮮な驚きと共に楽しんで頂きたい作品です。

 

 

将棋指す獣

 

藤井聡太七段の活躍もあり、将棋ブームがまた漫画界にも訪れている昨今の代表的将棋マンガの一つ。『アイアンバディ』の左藤真通さんと、『ミリオンジョー』の市丸いろはさんという豪華なコラボです。まだ女性でプロになった者がいない世界で、元奨励会三段のヒロインが前人未到の道を突き進んでいく物語。何と言っても、「将棋狂い」のヒロインが魅力的。将棋にのめり込み過ぎて常軌を逸した行動を取ってしまう様子の数々が描かれますが、それだけひたむきに打ち込んでいるからこそ息の詰まるような対局を読みながら応援したくなる気持ちも強まります。彼女は確かにケモノではなく、ケダモノです。それが良い。

 

 

THE GIRLS SCHOOL

 

たまにこういう頭のネジが2、3ダース飛んだギャグマンガを抉りこむように撃ち込んでくる新人作家が出てくることを嬉しく思います。表紙絵の美しさに騙されて手に取って下さい。中身も絵は綺麗(な所は綺麗、良い意味で酷い所は酷い)ですが、ぶっ飛んだテンションによる痛快さすら感じるカオスな世界が広がっています。私は何度も声を出して笑ってしまいました。下ネタが大丈夫な方、『あそびあそばせあそびあそばせ』や『春になるとウズウズしちゃう春になるとウズウズしちゃう。』、美川べるの作品などのような趣が好物の方はぜひぜひ。巻末のおまけも色々な意味でボリューミーで、今後も双刃美さんの描くマンガは問答無用で追っていきたいです。

 

 

死ぬときはまばゆく

 

主人公が抱く「痛み」の感情が赤裸々で切実で、 1話を読んだ時点で強く心を掴まれた物語です。 先天的なものであるが故にどうしようもない「容姿」という要素に起因する様々な負の事件に遭ってしまう主人公。ある決断と行動。その更に先にある試練。周囲の人物たちの悪意にヒリヒリします。 自分の容姿がもう少し良かったならこんな悩みを持つこともなかったのだろうか……そんな風に思ったことがある人であれば、他人事とは思えない主人公に共感必至です。 主人公にはどうにか幸せになって欲しいと思いつつ、タイトルを想うと彼女の行く末が案じられてなりません。 読んでいて辛くなりますが、良い作品です。

 

 

妻、小学生になる

 

ニコニコ掲載時にもTwitter掲載時にも大いに話題になった本作。私はタイトルを聞いた時まったく違う内容を想像してしまいましたが、蓋を開けてみれば実に感動的でシリアスな内容でした。最愛の妻を若くして亡くしてしまう悲しみは如何許りでしょうか。そんな妻と10年ぶりに再び出逢うことができて、その手料理を食べられる喜びは如何許りでしょうか。妻の毅然としながらも根底に家族愛に溢れた性格がとても良く、運命がもたらした奇跡の再会に涙します。話が進むごとに深まっていく家族の絆に、最終的にどうなるのか期待と不安が混じりながらも最後にはまた泣かされる予感がします。

 

 

チェイサーゲーム

 

サイバーコネクトツーの松山洋社長。マンガ・アニメ・ゲーム・映画など広いコンテンツを愛し、日々貪欲に摂取する姿には大きな共感と尊敬を抱いています。そんな松山さん自身が創る、自身の会社CC2を舞台にしたゲーム業界マンガ。ゲーム作りの裏側は純粋にゲーム好きとして楽しめると共に、ビジネスマンや中間管理職としての葛藤に対してはその辛さに共感を覚えるリアルな描写が多々。それでも根底には誰かを楽しませたいという想いがあり、苦難を乗り越えてチームでモノ作りをする尊さ・美しさがあります。

また、この作品に対して書かれた鉄拳シリーズのプロデューサーである原田勝弘さんからの手紙が非常に熱く、聖剣伝説シリーズの作曲で知られる菊田さんをして「ここ10年のゲーム業界で最高に痺れる言説だった」と評された程。今後への期待も大きく、ぜひ原田さんが言うようなパブリッシャーとディベロッパーの間の葛藤なども見られればと思います。

 

 

まだまだあるので続きます。