神道には教えがない。
バイブルが無いのだ。
八百万の神は人々を守るだけではなく、時には災いをももたらし、
又それを癒やしてくれる。
宗教というよりも世界でも稀な、特殊な存在なのである。
日本人に宗教観が無いと感んじても、
国民が持つ普遍的無意識の中に育まれているのだ。
この無意識は皇室を尊敬し敬う。
また皇室もシラス思想を与え宗教感を感じさせない。
人として大切な事を双方で造り出しているのである。
教えたり教えられたりするものではないのだ。
また、この神道が根付いているから、儒教も仏教も我が国独特なものが育つ。
守〔かみ〕は尊敬され?民は守を断罪する事は無かった。
「ねえねえ聞いてくださいよ、何々さんひどいんですよ」と、
ある事ないことプロパガンダに訴える、愚的な行動を取ることはない、
謙虚な国民性なのである。
一方、一神教の教えがあるという事も素晴らしい。
たとえ宗教が違ってもゴールデン・ルールという共通したものがある。
人のイヤがることはしないというものだ。
常にそれらに沿って教えがあるだ。
だから宗教観が無いと感んじても、
「イヤしくモラルなきよう」とは教えていない。
彼らにはもう一つ、予言というものがある。
2000年に歴史的な事が行われたことを私達はあまり知らない。
2000年ぶりの和解があったのだ。
実はイスラエルの現首相ネタニエフが、
アメリカの共和党最大の支持層である、
キリスト教ブロテスタント福音派〔エヴァンジェリカル〕の大集会に、
2000年から毎年参加しているのだ。
ユダヤ教の預言があったという
イスラエルの地が周りの敵に滅ぼされ、それをアメリカが助けてくれるというのである。
ユダヤ教シオニストとアメリカ福音派は、
一つの潮流となって繋がった。
又それがトランプの基盤であるし、
ストロング・ジャパン派でもある。
彼らの戒律は厳しい。
確固としたゴールデン・ルール、
モラルがある。
日本人の謙虚さとモラルの高さは、ようやく理解されてきた。
この国に不良はいらない。
サムライの凛々しさも、この国が育てた姿である。
我々はこの国体を守らなくてはならない。
「恭倹〔きょうけん〕己に持す」精神がいつまでも必要なのだ。
日本人の世界的信用である。
我々の信用度が世界への外交なのだ。
信・義・態
解っていただけるだろうか!