県下一のツバキの巨木
樹齢800年にならんとするツバキの大樹がある。
西は真野入江、
海より2㌔、
海抜165㍍。
西三川段丘が山に接するところにある。
真野町田切須高塚、
U家所有のツバキである。
ズシリと大きな巨幹。
幹は凸凹したコブが多い。
白く粉を吹いたかと思える白斑が幹を彩る。
胸高幹径75㌢。
幹周囲2.1㍍。
この地のツバキの年輪生長は0.5㍉。
幹径75㌢は推定樹齢750年となる。
樹高9㍍、
傘状の樹冠は四方に広がる。
樹冠幅11㍍余。
樹下はタタミ30畳敷きの広さ。
「人間の寿命がどれほど長いといっても、
800年を春とし、
800年を秋とする大椿にくらべると、
ものの数ではない」
は、
紀元前4世紀の哲人、
荘園の言葉であるが、
800年はオーバーとして、
この田切須の大椿、
衰えは一切見せず生気あふれ
「800年をはるとし、
800年を秋とする大椿」
である。
佐渡の羽茂の大石の田屋(屋号)の娘が人魚の肉を食った。
大椿の前にたたずむ。
葉は濃緑のつや葉。
巨幹の肌はいつまでもつやつやして不思議な生気を発散させる。
今年もまた、
真紅な花をたわわにつける。
衰えを知らぬ生命を大椿にみる。
突如、
この大椿”八尾比丘尼”に化すのである。
この大椿のある一帯は小布施山御林とよばれるかっての佐渡奉公所の直轄林。
小布施神社の御神体はこの山、
巨木林立する照葉樹林の森であった。
明治初年に伐り出された木はおよそ3000本、
そのうちアカガシは453本、
ツバキは1120本、
アカガシとツバキの原生の林、
神います森であった。
この
「U家のツバキの大樹」
も1本ポツンと単木となって生えているのではない。
現在は畑をめぐらすツバキ並木のなかの1本である。
『西三川村史料』にも、
「この付近は椿林という地名もあり、
全村にわたって自然のツバキ林であった。
したがって幹回り8尺~10尺(2.4~3.0㍍)の巨木も少なくなかった」
と述べている。
巨木の島、
佐渡。
自然風土だけでない。
巨木を育てた島である。
「佐渡 巨木と美林の島:伊藤邦男」
(1998)
引用させていただきました
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