〓フジテレビの “朝の顔”、「めざましテレビ」 の
高島彩 アナウンサー
は、先々週の一週間 (9/15~19)、夏休みでした。同じ一週間、日本テレビの “朝の顔” 「ズームイン」 の
西尾由佳理 アナウンサー
も夏休みでした。むむむ~、こういうのは談合なのか、はたまた、TV局の腹芸なのか……
〓というハナシはさておいてですね、高島彩さんは、休暇中、石垣島に行ったらしいんです。それでですね、石垣島の商店街で、
AYAPANI
という名前の店を見つけたそうです。
〓これは、 “iRoDoRi” というタイトルの、高島彩さん自身のブログ (9/25付け) に書かれており、写真も載っています。本人もいっしょに写真に写り込んでいるので、
AYAPAN in front of AYAPANI
ということになります。
〓ブログと写真は↓をご覧ください。ご覧ください、ではありますが、フジテレビに登録しないと見られません。ゴメンちゃいネ。見たいカタは登録してください。無料です。
http://wwwx.fujitv.co.jp/zoo/blog/index.jsp?cid=172&tid=686
※登録していないと、ひらけないのか、別のページに飛ぶのか、ちょとわからない。
当該ページはこんな感じです。←の写真はクリックしても大きくなりめへん。
〓ご本人は、
どんな意味があるんだろぅ…
と書かれていますネ。
【 石垣島のコトバ 】
〓石垣島は “八重山列島” (八重山諸島) に属します。これらの島々で使われる 「八重山方言」 は、「琉球方言」 (南西諸島方言) の1つで、沖縄本島の、いわゆる、“ウチナーグチ” とは異なります。
〓八重山のコトバは、ウチナーグチに似ていますが、より古い日本語の音を残しています。古代日本語の p 音が、現代語でどうなっているか、というと、次のようであります。
東京方言 [ h ], ゼロ (消失) ※語中で [ w ], ゼロ
那覇方言 [ ɸ ], [ h ], ゼロ (消失) ※語中で [ w ], ゼロ
石垣方言 [ p ], [ ɸ ], [ h ] ※語中で [ h ], [ w ], ゼロ
※ [ ɸ ] は発音記号 (IPA) で、本土方言の 「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」 の子音をあらわします。
〓石垣島のコトバの内部でも、p 音が変化を遂げた語と、古い音のママの語があります。(以下は、石垣島 宮良の音)
【 p 音を残す語 】
歯 パー [ pa: ] (那覇 ハー)
鼻 パナ [ pana ] (那覇 ハナ)
人 ぷストゥ [ pˢɿtu ] (那覇 ッチュ [ tʧu ] )
※那覇方言は [ pitu ] → [ piʧu ] → [ pʧu ] → [ tʧu ] という変化だろう。
母音 [ i ] は [ t ] を硬口蓋化したのちに消失。閉鎖音 [ p ] と [ ʧ ] が同化。
昼 ぷスローマ [ pˢɿro:ma ] (那覇 ヒル、フィル)
左 ぷスダる [ pˢɿdarɿ ] (那覇 ヒーヂャー) ※東京 「ヒツジ」
寒い ピーシャヌ [ pi:ʃan ] (那覇 ヒーサヌ [ çi:san ] )
※東京方言にそのまま置き換えると、「冷えさある」 となる。
“さ” は 「おいしさ」、「たのしさ」 の “さ”。
【 ɸ 音に変化した語 】
星 フス [ ɸusɿ ] (那覇 フシ)
台風 ウフカヂ [ uɸukadʒi ] (那覇 ウーカヂ <脱落>) ※東京 「オーカゼ」
【 h 音に変化した語 】
南 ハイ [ hai ] (那覇 フェー)
※西日本の多くの方言で 「はえ、はい」=南風。
【 語中で消失した例 】
川 カーラ [ ka:ra ] (<カワラ) (那覇 カーラ)
※ [ ç ] は、日本語 「ヒャ・ヒ・ヒュ・ヒェ・ヒョ」 の子音です。
ドイツ語の ich 「イヒ」 の ch の子音。
スペイン語 México (Méjico) 「メヒコ」 の x の子音。通例 j という綴りが相当する。
ロシア語の духи 「ドゥヒー」 の х の子音。
英語 hue 「ヒュー」 の h の子音。
※ [ ɿ ] という母音については後述します。
〓主要語彙において微妙な意味のズレが生じている場合もあり、ラテン語からロマンス語への変化を彷彿させてユカイです。
【 足 】
石垣 パン [ pan ] (← 「ハギ」 から)
※南西諸島では、沖縄本島で 「膝」 を使い、その南北で 「はぎ」 を使う。
ハギ 奄美大島
ハズィ 沖永良部島
ファギ 与論島
── この位置に沖縄本島がある
パグジュ [ pagᶻɿ ] (2拍) 宮古島
パイ 小浜島・西表島
ハン 与那国島
那覇 ヒサ [ çisa ] (← 「ヒサ」 から)
※首里の士族の古い発音は 「フィシャ」。
※「膝」 は、古く、正倉院文書 (740年) に 「右足比佐上疵」 とあり、また、
十巻本の 『和名類聚抄』 (わみょうるいじゅしょう) (934年ごろ) に
「膝 野王案 膝 〈音 悉 比佐〉 脛頭也」 とある。
“野王” とは、6世紀、南北朝時代の中国の人 “顧野王” (こ やおう) のことで、
“案” は 「案ずるに (=考えるに、言うには)」。
“音 悉 比佐” は、「発音は “シツ”、“ヒサ”」 の意。
東京 アシ
〓また、八重山方言には、ウチナーグチ同様、恐ろしく古い語彙も残っています。次の語彙には、『枕草子』 「冬はつとめて……」 を思い出します。
【 朝 】
石垣 すトゥムディ [ sɿtumudi ]
那覇 ヒティミティ [ çitimiti ] ( ← シティミティ ※昭和初期)
本土古語 ツトメテ
※本土では、9世紀末~19世紀初頭の用例がある。それ以前にはないので、
あるいは、本土方言からの借用かもしれない。借用先にだけ残ったか。
語源になったと思われる 「つとに」 は、“朝早くに” という副詞だが、
なぜか、「つと」 という名詞の単独の使用例は、まったく存在しない。
「つとに」 の出現は、9世紀中葉で、やはり、古代からあったかどうかはあやしい。
〓以上の事情をふまえれば、石垣島で、
「はね」 (羽根) を 「パニ」 pani と言う
と聞いても驚かないと思います。
〓南西諸島方言では、基本的に、本土方言の 「アイウエオ」 が 「アイウイウ」 という3母音になります。これは、「エ」 と 「オ」 がより狭い母音に変化し、「イ」、「ウ」 に合流してしまったものです。(世界的に見ても、a-i-u-e-o という5母音、a-i-u という3母音という母音体系を持つ言語は多いです)
*pane → ɸane [ ファネ ] → hane 東京など本土音
↓
pani 石垣島
↓
ɸani [ ファニ ]
↓
hani 那覇
〓また、「アヤ」 というのは、本土方言、那覇方言、八重山方言でも共通で、
「綾織りの布にあらわれる美しい模様」
を指します。転じて、「模様」、「美しい模様」、さらには 「美しさ」 の意に使われます。「文」 という漢字には、
【 文 】 模様 (=紋)、美しい、雅な、飾る
という意味があります。それゆえ、「文様」 というコトバがあるのであり、「文子」 は 「綾子」 同様に “あやこ” と読むわけです。
〓ほとんどの日本人は意識しませんが、 「蛾」 (が) というのは漢語です。これに対する本来の日本語は 「ひひる」 と言います。おそらく、古代の発音は pipiru 「ピピル」 であったでしょう。
〓『日本国語大辞典』 の用例を見ると、13世紀くらいまでは使われていたようです。現在でも方言では、「ひいる」、「ひいら」、「ひいろ」 などの語があります。
〓南西諸島方言では、この 「ひひる」 が蝶 (チョウ) にも適用されました。ちなみに、「蝶」 の古い日本語彙は、「かはひらこ」 (カワヒラコ) です。あるいは、きわめて古い時代には、本土方言でも、「ガとチョウ」 の区別なく “ひひる” と言ったのかもしれません。
〓那覇方言では、
ガ → チョウ (転義) …… ハーベールー
ガ …… ハビル、ハベール
ガ …… ガー
――――――――――
チョウ …… ハベル (琉歌由来の文語)
チョウ …… アヤハベル (文語)
となっていたようです。
〓ウチナーグチでは、文語 (琉歌) にのみ 「チョウ」 という語彙があったものらしく、ガとチョウを口語で区別するようになったのは、新しいことらしい。
〓文語でチョウを指す 「アヤハベル」 というのは、「美しい模様のあるハベル」 という意味ですね。
〓これと同じデンの命名が、最初に話題にした、
アヤパニ
なんですね。ハ~、おつかれさんどした。大まわりして戻ってきましたわいな。
アヤパニ = 「美しい模様がある羽根」
という意味です。それはナニ?
カンムリワシ
です。
〓カンムリワシは、南アジア (インド、スリランカ)~東南アジア (インドネシア、タイ、ベトナム)、中国南部、そして、日本の石垣島・西表島に棲息します。絶滅危惧種であり、天然記念物にも指定されています。
〓このカンムリワシを、その羽根の美しさから 「アヤパニ」 と言うわけです。
〓かつて、具志堅用高 (ぐしけん ようこう) 選手が 「カンムリワシ」 の名を戴いたのは、石垣島出身だからでありました。
〓いったい、南西諸島には、石垣島・西表島の 「カンムリワシ」 を除くと、迷鳥以外には 「ワシ」 は存在しないようです。
〓『おもろさうし』 (おもろそうし) に、(オモロ~ではないよ!)
「おくと まう おにわし」 (沖渡 舞う 鬼鷲)
「となか まう おにわし」 (門中 舞う 鬼鷲)
※「沖渡」、「門中」 は “沖合い” の意。
とあるは、「ミサゴ」 のことであるようです。「ミサゴ」 は留鳥で、海で魚を捕る習性があります。
〓ウチナーグチでは、単に、「ワシ」 と言わず、わざわざ 「ワシヌトゥイ」 (鷲の鳥) と言うほうが普通であったようです。
〓琉球王国を統一した初代の 「琉球国王」 (琉球国中山王 <チュウザンオウ>)、
尚巴志 (しょう はし)
は、子どものころから秀でており、「鬼鷲」 の名で呼ばれていたと言います。つまり、ミサゴですね。
〓ところで、石垣島を含む八重山方言のいちじるしい特徴として、古日本語で [ w ] であった子音が、[ b ] になっている、というものがあります。これは、とてもオモシロイ現象で、
[ p ] → [ ɸ ] → [ h ]
という “子音の弱化” とスレ違いに、
[ w ] → * [ β ] → [ b ]
という “子音の強化” が進行したことになります。ですんで、本島の 「ワシヌトゥイ」 は、石垣島では、
バスヌトゥル [ basɿnuturɿ ]
となります。ウチナーグチでは、「トリ」 の r が脱落して 「トゥイ」 となりますが、石垣方言では r は落ちていません。ネットで検索すると、「バシィヌトゥリィ」 のように表記しているものが多いと思いますが、[ ɿ ] は、まったく、「イィ」 のような音ではなく、東京方言の 「ウ」 [ ɯ ] に似た音です。(詳細は、後述します)
【 『鷲ぬ鳥節』 】
〓ところでですね、石垣島発祥の古典民謡に 『鷲ぬ鳥節』 (バスヌトゥルブス [ -busɿ ] ) というのがあります。そして、この民謡の発祥の地が、現在の 「あやぱにモール」 の中にあるんです。
〓というようなワケで、石垣島の中心にある、島で唯一、アーケードのある、この商店街を 「あやぱにモール」 と称するのです。つまり、
鷲 = カンムリワシ = アヤパニ
だからです。
〓「あやぱにモール」 内部には、“塩谷商店” (“しおがい” か? 読み不明) という婦人服店があり、古く、その屋敷の敷地に
「与那国御嶽」 (ユノーン オン)
という 「御嶽」 がありました。
〓「御嶽」 は、本島のウチナーグチでは “ウタキ” (←オタケ) と言います。本土方言では、高く雄大な山を 「たけ」 (岳、嶽) と言い、多く信仰の対象となっていました。「御嶽山」 (おんたけさん) などは、名前までそのものズバリです。
〓高い山が稀である南西諸島では、
「御嶽」 (ウタキ) = 村はずれにあって、木々が茂り、大きな岩がある場所
となったようです。ここは 「聖地」 とされ、村の祭祀をつかさどる “ヌール” (“ノロ” は標準語化された語形。語源は不明) という女性が、豊穣を願ったり、災厄をはらったり、先祖を迎えたりしました。「ノロ」 は、民間のシャーマンである 「ユタ」 とは違います。
〓オモシロイのは、本土の山岳信仰が 「女人禁制」 であったのに対し、「御嶽」 は 「男子禁制」 であったことです。
〓「御嶽」 (ウタキ) は、石垣島を含む八重山では 「オン」 と言います。
〓で、18世紀中ごろのハナシですが、この 「与那国御嶽」 (ユノーン オン) のアコウの木に 「鷲」 が巣をつくり、元旦の朝に東へむかって鷲の親子が飛び立ったそうです。この 「御嶽」 の初代のノロであった 「仲間サカイ」 (1713~1813年。100年生きた女性である!) という女性が、それに感動し、1762年 (宝暦12年) につくったのが 『鷲ゆんた』 と言います。
〓そののち、石垣島の大川村 (おおかわそん) の出身で、子どものころから首里で教育を受け、琉球王国の役人として石垣島の新川村 (あらかわそん) に赴任していた
大宜見信智 (おおぎみ のぶとも) 1797~1850年
※「大宜味」 の表記もあり、どちらが正しいのか不明
という人物が、1842年 (天保13年)、その音楽の才をもって、『鷲ゆんた』 を三線 (サンシン) を使った “節歌” に改作したそうです。それが、
『鷲ぬ鳥節』 (バスヌトゥルブス)
です。
〓原曲をつくった人物については、異説もあるようですが……
〓で、この 『鷲ぬ鳥節』 の歌詞の一節に、
綾羽ば 生らしょうり (アヤパニ バ マラショーリ)
とあります。逐語訳をすると、
「美しい羽根 (の子) を 生まれさせなさいよ」
という意味らしいのですね。タマゴを抱いている鷲の親鳥に言ってるんでしょう。石垣方言の資料が不足しているので、ウチナーグチで説明すると、
ッンマリーン [ ʔmmari:n ] 生まれる
↓
ッンマラ~ 「未然形」
+
~スン 「使役の助動詞」
↓
ッンマラスン [ ʔmmarasun ] 生まれさす
↓
ッンマラシー~ 「連用形」
+
~ウリ 「命令形 “おれ”」 ← ur- + -i ← ウン [ un ] 居る (woru → wuru → un)
↓
ッンマラショーリ [ ʔmmaraʃo:ri ] 生まれさし居れ
となるかと思います。
〓どうも、この歌詞が生まれる前から、「アヤパニ」 というコトバがあったワケではなく、「アヤパニ」 は “カンムリワシ” を指すであろう、という推測から、この歌にちなんで、
アヤパニ = カンムリワシ
と逆成的に生まれたコトバのようです。つまり、八重山方言では、本来、カンムリワシを 『鷲ぬ鳥節』 という題名にもあるとおり、 「バス」 もしくは 「バスヌトゥル」 と呼んでいた、と、そういうことになりそうです。
夏川りみさんが歌う 『鷲ぬ鳥節』 が YouTube にあります。
http://jp.youtube.com/watch?v=0-EQrveiS44
〓ところで、クダンの 「あやぱにモール」 にアーケードは2本あり、広い方のアーケードに 「塩谷商店」 と “『鷲ぬ鳥節』 発祥の地” の碑があります。
〓そして、狭い方のアーケードを、地元では、通称 “裏ぱに” と言うようなんですが、この “裏ぱに” に、どうやら、高島彩さんの目撃した “AYAPANI” があるようです。
〓もとは、「ドミトリー式 (相部屋式) の民宿+居酒屋」 だったそうですが、主人の音楽好きが高じて、今年から、1階をライヴハウスにしてしまったらしい。なので、看板が、
―――――――――――――――
郷土料理 綾羽
JAZZ & LATIN
MUSIC SPOT AYAPANI
―――――――――――――――
というフシギな表記になっているわけです。
石垣市の中心地
ピンク・ブルーに塗った通りが 「アーケード街」。
赤い星のあたりに “AYAPANI” があるハズだと思うんですが……
ただし、インターネットでは、どうも正確な位置がつかめません。
〓つまり、高島彩さんの 「どんな意味があるんだろぅ…」 という疑問に、シカクシメンに答えるなら、
居酒屋と民宿を営んでいた店が、今年からライヴハウスも併設して、
“AYAPANI” という看板を掲げたが、その意味は、
「美しい模様の羽根」 という石垣のコトバであり、
今では、石垣島を象徴するような “カンムリワシ” を意味するのである。
ということになりやす。
〓お長くなりますので、 [ ɿ ] という母音については、明日以降、書かせていただきます。それまで、サスペンディド・ゲームということで……