河北新報からです。

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<闘犬の本場青森>長期飼育 周囲知らず



逃走したアカ


◎土佐犬を追う(上)逃走騒ぎ

 青森県で8月、土佐犬が逃げ出す騒ぎがあった。被害はなかったが、地域に緊張が走った。「危険」「動物虐待」。今の時代、そんな言葉で語られる闘犬は戦時中、この地で血脈をつないだ。知られざる全国有数の闘犬の本場青森を歩いた。(八戸支局・岩崎泰之)

<「鍵開けられた」>
 三沢市の南に隣接するおいらせ町に、その2匹はいた。雌の親子で8月17日夕に犬舎から逃げ、警察官らが探す中、約4時間後に飼い主の敷地で見つかった。
 「2匹ともおとなしい性格の土佐犬だけど、普通の人はびっくりするべ。地域の人に申し訳なくてなぁ。自分から町に放送で注意してもらうよう頼んだんだ」
 飼い主の男性(63)は18日、フェンスで囲った飼育ケージ掃除の手を休め、ここから逃げたと説明した。資材置き場の奥で、外から見えない。鍵はフェンス出入り口のドアノブと上部に2カ所。
 男性は「施錠したが、誰かがいたずらした。1年前も鍵を開けられた。毒餌で3匹をいっぺんに殺されたこともある。強い犬がいると売れと言われ、断ると1週間後に死ぬ。闘犬はそんなのばかりだ」と恐ろしいことをさらりと話した。

<閉ざされた世界>
 実際、闘犬は閉ざされた特殊な世界だ。犬だけでなく人同士のもめ事も多い。あまり知られていないが、青森は闘犬の愛好家の数が全国一とされ、特に三沢市、六ケ所村などの一帯が盛んだ。
 町では目撃情報があれば町内放送や緊急メールで注意を呼び掛ける。人的被害はないが、本年度はこれで2件目となった。
 万が一事故が起これば大事に至る。地元の犬の訓練士(62)は「逃げた犬はパニックを起こしやすい」と指摘した。
 2匹が逃げた男性方には計7匹の成犬がいた。飼育歴は約20年。多い時は20匹以上いたというが、近所の人たちは「見たことがない」と口をそろえた。
 大半の土佐犬は周囲の目をはばかるように飼われている。犬を飼うために郊外に引っ越す人もいる。
 極力外に出さず、散歩は車にリードを結んで人や車の往来が少ない時間を選び、犬舎はいたずらされないよう人目に付かない場所に設ける-。事故を回避するための飼い主の常識は、世間での肩身の狭さを表しているようにも映る。

<ペットとは違う>
 男性は人間関係などを理由にもう3年ほど闘犬から遠ざかっている。「土佐犬は闘うより、闘わずにいる方がストレスが大きい。うちの雄たちは闘ってないからかわいそう」。そろそろ潮時だと考えている。
 逃げた2匹は飼育ケージとは別のおりに入れられていた。母犬の名は毛色から「アカ」。闘犬に出ない雌には立派な名前はない。体重は40キロ以上。鉄格子越しの姿は愛らしいが、夜道で遭ったら怖がられるのは間違いない。
 後日再訪すると、親子がいたケージは解体されていた。男性は「近所に迷惑かけたからな。3匹をよそにやって、4匹に減らす」
 愛着はあってもペットとは違う。土佐犬の現実だ。

[土佐犬]江戸時代後期から明治時代にかけ、四国犬に洋犬を交配して作られた。青森県内の登録犬数は600~700匹。おいらせ町は70~80匹。実際はもっと多い。誰でも飼えるが、「特定犬」に指定して厳重な管理を義務づけている自治体もある。



<闘犬の本場青森>愛好家も虐待を憂慮



トラクターに乗って犬を運動させる赤見内さん


◎土佐犬を追う(下)タブー

<「子育てと同じ」>
 へっへっへっ。トラクターに鎖でつながれた体重約50キロの雄犬が、あえぎながら車両と並走する。青森県階上町の赤見内清一さん(61)は、早朝に犬を運動させるのが長年の日課だ。
 現在は雄3匹の面倒を見る。「犬はわらしを育てると同じだぁ。犬をやっていると気持ちが若くなる」
 3匹のうち、生後1年3カ月の兄弟の一方は土俵の上で相手の犬に向かっていかない。それでも、ほかの2匹と同じように運動に連れて行ってもらい、大事に育てられている。
 赤見内さんは「たたいてもかからない(闘わない)ものはかからない。駄目な時は人に譲る。つぶす(処分する)のは子ども殺すのと同じ」と強調した。
 棒でたたいて闘争心をあおったり、薬を使って処分したりするのは、仲間内でタブーだ。しかし、闘犬は虐待の噂(うわさ)が絶えない。
 愛好家は犬が1歳を過ぎれば闘犬に出す。相手に向かっていけば問題ないが、2歳を過ぎても闘わない犬は存在価値がないに等しい。最期まで世話するか、仲間に譲るか、いっそのこと…。

<最高齢は5歳半>
 ある愛好家は、メモを取らない条件で県南地域の実情を語った。
 「駄目だと、飼い主は殺して埋めてしまう。おれは犬がかわいそうで、よそにやった。たぶん店の方に流れたのでないか。ダイテンナベだな」
 「大、鍋」または「大点鍋」と書く。「大」に「、」で「犬」だ。県南地域には裏メニューで犬鍋を出す店があるらしい。その愛好家は知人が副業で肉を卸していたことを明かした。
 別の機会に「フィラリアなどの予防注射を打つと犬がけんかしなくなる。注射を打たないから、大半は病気になって6歳で死ぬ」という話も聞いた。寿命は10年のはずだが、取材で出合った20匹超の犬の最高齢は5歳半だった。
 このご時世、愛好家の多くはタブーの存在を憂慮する。闘犬の競技ルールを厳格化しても、土俵外で手荒な事をしていれば虐待のそしりは免れ得ない。

<公的処分はまれ>
 青森市郊外にある県動物愛護センターの抑留・焼却施設は犬猫を年間1000匹以上処分するが、土佐犬が運ばれてくることはまれだという。それは、さまざまな問題を愛好家が自らの手で片付けていることを暗に表している。
 八戸市の動物保護ボランティアの女性は、ペットにはなり得ない犬の性格を哀れみ、「闘犬の愛好家は高齢化し、若い世代は少ない。いずれ土佐犬は消えていくだろう」と語った。
 青森で戦火を逃れ、闘犬用に改良を重ねられた土佐犬。おまえたちはどこへ向かってるんだ? おり越しに問い掛けても、犬はただほえるばかりだ。

[飼育法]雄はおりに入れて単独で飼う。餌は1日1食。青森県南では南部せんべいのみみに米や鶏肉を加えて煮た物を与えている。ほかの犬種同様、年1回の狂犬病注射が義務付けられている。子犬は愛好家間で売買され、価格は1匹数万円から十数万円。