改めて多剤大量処方について考えます。

 この量の薬、一日分です。

 

 これは以前ブログでも紹介した(下のリブログの記事)ある大学生に処方されていた薬で、今回の本『青年はなぜ死んだのか』の第六章でも、カルテを読み込むことで、医師がどういう経緯で、ここまで処方を膨れ上がらせたのかを考察しています。 

 現在は向精神薬の処方には、一応規制がかかっています。抗精神病薬、抗うつ薬は3剤以上、抗不安薬と睡眠薬は(ちょっとややこしいですが)、「3種類以上の抗不安薬、3種類以上の睡眠薬」または「4種類以上の抗不安薬および睡眠薬の投薬を行った場合」に減算措置が取られることになっています。(といっても、決められた研修を受けた医師なら、これに限ったことではなく、抜け道は用意されています)。

 つまり、開業医などは多剤をすると減算となるので、こういう「経済」面での締め付けは、医師の「良心」にかんがみれば誠に恥ずべき事態ですが、直接的な効果はあるだろうと思います。

 このブログを始めた頃は、駅前クリニックでさえ、目を疑うような多剤大量処方を平気で行うことが日常的にあり、そうした被害報告が多かったのですが、最近はこのような「驚くべき多剤大量処方」はあまり見かけなくなりました。(その分、薄く広く、投薬対象が広がっている印象です)。

 にもかかわらず、この大学生に対する処方は2015年のものですからすでに減算措置が行われていたはずです。これはまさにクレイジーとしか言いようがありません。

 

パキシル20㎎ 2錠 (抗うつ薬、SSRI)

ヒルナミン25㎎ 1錠 (抗精神病薬)

ピレチア25㎎ 6錠 (抗パ剤)

アモキサンカプセル25㎎  3三カプセル (抗うつ薬)

アキネトン1㎎ 6錠 (抗パ剤)

ベンザリン5㎎ 2錠 (ベンゾ系睡眠薬)

フルニトラゼパム2㎎ 1錠 (ベンゾ系睡眠薬)

ランドセン0.5㎎  2錠 (ベンゾ系抗てんかん薬)

ジプレキサ10㎎  2錠 (抗精神病薬)

ラミクタール25㎎ 12錠 (気分安定薬)

インヴェガ3㎎ 4錠 (抗精神病薬)

エビリファイ12㎎ 2錠 (抗精神病薬)

エビリファイ6㎎ 1錠

ツムラ防風通聖散エキス 3包

頓服

トリアゾラム0.25㎎ 1錠 ―――不眠時 (ベンゾ系睡眠薬)

アルプラゾラム0.4㎎ミリ 1錠 ――不安時 (ベンゾ系抗不安薬)

ロナセン4㎎  1錠 ―――イライラ時 (抗精神病薬)

向精神薬以外

アレロック5㎎ 1錠 (アレルギー性鼻炎薬)

イリボーOD5 1錠 (過敏性腸症候群の薬)

リズミック10㎎ 2錠 (低血圧の薬、交感神経亢進薬)

マグミット330㎎ 6錠 (便秘薬)

 

この処方をしたのは国立大学病院の医師です。したがって、減算措置がとられても、医師の懐が直にいたむわけではありません。しかも、こうした処方に対して上からの指導もなく(その大学の医局がそういう体質なのだろうとはある医師の見解です)、薬局も右から左へと薬を出しています。

もっとも青年がこの大学病院を受診する前、最初にかかった病院は私立の精神科病院で、そこですでに減算対象になるほどの多剤大量になっていましたから、こうした減算措置に対して痛痒を感じない医師も存在するのは確かです。

処方が膨らんでいく過程は、カルテに残されています。いくつか気になる部分を拾ってみます。

 

・「リス(註・リスペリドン)のサイドエフェクト(SE)として、体の重い感じがシンドイとのこと。リス液、頓服としてもらう。インヴェガが徐放で、腎排泄と説明。Tryしてもらう」

・「本人に、突然死、悪性症候群の可能性について説明したうえでセレネースを処方」

・「本人が突然死のリスクはあるものの調整したいと希望あり。インヴェガ3㎎を3錠から4錠に増量」

・「幻覚症状増悪の原因になっている可能性を考え、アモキサン減量。気分の落ち込みの訴えあり、再度増量希望あるも、今日はこのままで。幻覚妄想の改善としてエビリファイを試してみる。12㎎から開始」

 そして、エビリファイが効いているようだと青年が告げると、医師はエビリファイを30㎎(マックス)に増量するのです。

 

 青年は統合失調症と診断され、自身理科系の大学生、将来は薬の開発に携わりたいとの夢を抱いていましたから、薬物治療で何とか自分の「病気」を治そうと懸命だったのです。

向精神薬について熱心に勉強し、医師に処方を依頼する場面もありました。そして、医師は青年が言うままに薬を処方したのです。しかし、上記のカルテの記述にもある通り、抗精神病薬はほぼ医師が処方を提案、増量をしています。つまり、医師は薬のよる副作用を統合失調症の症状ととらえ、それを薬で何とかコントロールしようとした、その結果が、1日50錠に及ぶ処方になっていったというわけです。

 この大学病院の医師は、抗精神病薬をたくさん飲めば、それだけ効果があると信じていたのでしょうか(だとしたら素人並みです)。

 これだけ向精神薬を服用すれば、脳は混沌に陥ります。アクセルを踏みながら、ブレーキを踏み続ける……車なら壊れています。人間だって、壊れます。

 治療の終盤、この青年が受けた心理検査(文章完成法)を少しだけ紹介します。(――以下を青年が書いています)。

 

・私が知りたいことは――どうしてこんな病気になったかを知りたいです。

・死――にたい、死にたい。今考える希死念慮。自殺についてもいろいろ考えた。

・私がひそかに――思っていることは、楽に死にたいということです。

・ときどき私は――自殺について考える。

・友だち――は数人しかいないけど、みんなやさしいです。

・もし私が――死んだら、かなしんでくれる人はいる。

・私の頭脳――はおかしいと思う。

・私の健康――はこの病気になってから、一気にダメになったと思う。

・年をとった時――私は独りで死んでいるだろう。

・私が努力しているのは――薬理学の勉強です。

 

 医師はこうした心理検査の結果を家族に一切伝えていませんでした。

そして、青年はこの心理検査が暗示したとおり、3年前の2016年1月27日、母校の校舎から飛び降りました。享年22歳。

この本の出版を、なんとか青年の命日にまで間に合わせたかったのですが、27日その日、墓前に供えることはできませんでした(数日遅れ)。

 青年のご冥福を心よりお祈りいたします。