#258 金無垢モデルの価格設定
どうなってんの?これめちゃくちゃ不思議じゃないですか?今回はこの事を少し考えてみたいと思います。金無垢時計といえば、やはり特別高級感のある時計として憧れの対象であり、一本くらい持っておきたいと思える品です。しかし当然高い。でもよくよく見るとブランド毎に価格差が凄い。ひとつのブランド内でも同一モデルのステンレス・スティール(SS)と金無垢の素材違いをラインナップしている場合、それらの価格差がメーカーによって全然違ったりします。さまざまな事例まずは世の中どうなってるのか見てみましょう。同じモデルでSSと金無垢をラインナップしている例は結構あります。当然ながらSSと金無垢では素材の価格が全く違うので、革ベルトとブレスレットでは価格差もかなり大きくなりますから、ここでは革ベルトを見ることにします。Speedmaster Professional / OMEGA出典:www.omegawatches.jpSS価格:730,000円(税抜)出典:www.omegawatches.jp金無垢価格:2,640,000円(税抜)まずはオメガの最新作、Cal 3861搭載のスピーマスター・プロフェッショナルです。SSと金無垢の価格差は191万円。Tresor Small Second / OMEGA出典:www.omegawatches.jpSS価格:750,000円(税抜)出典:www.omegawatches.jp金無垢モデル価格:1,810,000円(税抜)続いてこれまた新作のトレゾア・スモールセコンドですが、こちらはSSと金無垢の価格差は106万円。いやスピマスと全然違うやんけ。同ブランド内ですらこんなに違うんですよ。ちょっと驚きじゃないですか?(それ以前にSSスピマスがSSトレゾアより安いのもビックリしたけど)トレゾアはSSモデルでも針とインデックスがWGなので、スピマスより価格差が小さいのはある程度説明が付きますが、それでも85万円(=191-106)も違うてのは中々の衝撃。別ブランドも少し見てみましょう。Premier B15 Duograph 42 / BREITLING出典:www.breitling.comSS価格:1,060,000円(税抜)出典:www.breitling.com金無垢価格:2,170,000円(税抜)ブライトリングの2021年新作デュオグラフはというとSS-金無垢の価格差は111万円。スプリットセコンド・クロノグラフという複雑機構ですが、トレゾアと同程度の差に収まっています。フラッグシップであるナビタイマーも見ておきましょうか。Navitimer B01 Chronograph 43 / BREITLING出典:www.breitling.comSS価格:910,000円(税抜)出典:www.breitling.com金無垢価格:2,270,000円(税抜)こちらは価格差136万円。デュオグラフではSSと金無垢で機械は全く同じですが、ナビタイマーではムーブメントの装飾に差があります。その辺りまで考慮すれば、まあ分からなくもない感じです。ブライトリングはそこそこ説明のつく価格差だと言えそうです。じゃあSS-金無垢の価格差は100万円くらいが適切なのかといえばそれは全然違うのです。Clifton Baumatic / BAUM ET MERCIER出典:www.baume-et-mercier.comSS価格:330,000円(税抜)出典:www.baume-et-mercier.com金無垢価格:790,000円(税抜)こんな感じで価格帯を下げればSS-金無垢の価格差は46万円まで縮まります。このクリフトンでは金無垢モデルはムーブメントのローターもゴールド製にするなど差別化されていますが、それでもこの価格差を実現できているのです。金価格を考えるそもそも原材料の純金価格を見てみると、ここもと大きく値上がりしているとはいえグラム7,000円程度です。時計本体部分における金素材の重量は精々30-100gほどでしょうから、純金換算で20-70万円くらいという事になります。勿論時計のケースは純金ではないので、これよりさらに原材料費は安いでしょう。一般的な18Kなら0.75倍で15-53万円という感じです。当然、加工コストなども異なるので、一概には言えませんがクリフトンなんかは結構ギリギリで頑張っている感じはしますね。こう見ると100万円程度までなら、コスト面からもまだ理解できる価格差と考えられるのではないでしょうか。冒頭のスピマスプロはちょっと上乗せ幅が大きいと言えそうです。しかし世の中は広いですよ。衝撃の上乗せ額もう皆まで言うなと思っている方もおられるでしょうが、皆まで言います笑やはりSS-金無垢で圧倒的な価格差を見せるのは我らがグランドセイコー(GS)です。SLGH003 / GRAND SEIKO出典:www.grand-seiko.comSS価格:1,000,000円(税抜)SLGH002 / GRAND SEIKO出典:www.grand-seiko.com金無垢価格:4,500,000円(税抜)2020年に鳴り物入りでデビューした新世代型ムーブメントCal 9SA5を搭載するSLGHは金無垢モデルがまずは発表され、ついでSSモデルのデビューも決まりました。そしてSS-金無垢の価格差はなんと350万円。ムーブメントの仕上げも確かに違いますが、他ブランドを圧倒的に引き離す価格差です。SSモデルの限定1,000本に対して金無垢は限定100本なので、希少性プレミアムを多少載せるにしても、350万円という差はコスト面からだけでは到底説明のつかない金額といえるでしょう。この話には続きがって、今年はさらにプラチナケースのSLGH007がリリースされます。SLGH007 / GRAND SEIKO出典:www.grand-seiko.comプラチナ価格:6,000,000円(税抜)もはや意味不明です。このモデルは限定140本なので数は金無垢版より多いし、原材料のプラチナ価格は長らく金価格を下回っており、グラム4,200円程度(金の6割程度)。時計の素材として一般的な18K(75%)とPt950(95%)で比べても全然18Kゴールドの方が高いです。ムーブメントの仕上げもウェブなどを見た限り金無垢版とほぼ同じです。文字盤仕上げは独特のものですが、ここにそれほどコストが掛かっているとは商品説明からは読み取れません。要するに全く説明不能なのに金無垢より150万円も高く、SSに対しては500万円上乗せされています。時計に限らず宝飾業界では、プラチナ > ゴールドみたいな価値観が根付いていますが、なぜ金価格がプラチナを上回って久しいのにこんな茶番が成立しているのか謎で仕方がありません。SLGHは極端な例だといわれるとそうかも知れませんが、普通こんな例ひとつもないですからね。他の例を挙げると、1st GS復刻版があります。SBGW259 / GRAND SEIKO出典:www.grand-seiko.comチタン価格:850,000円(税抜)SBGW258 / GRAND SEIKO出典:www.grand-seiko.com金無垢価格:2,800,000円(税抜)このモデルは数量限定ではない通常モデルですが、それでも両者(片方はチタン)には195万円の価格差があります。やはり近年のGSにおけるSS(チタン)-金無垢の価格差はかなり大きいと言えます。確かに価格決定権はメーカー側にあり、高過ぎれば売れないだけなので、時間を掛けてあるべき姿に収束するのだと思いますが、グローバルで勝負するために独立したGSが世界標準と大きくかけ離れた値付けをしているのは一消費者として疑問です。貴金属モデルを神格化したいのかも知れませんが、逆効果なんじゃないかという気すらします。少なくとも私が外国人コレクターに「なんでセイコーのゴールドウォッチはあんなに高いんだ?」と聞かれたら「いやイミフ。自分も明らかにおかしいと思う」としか答えられません。まとめ肝心のWHYの部分が全く解明出来ていませんが、総じてSS-金無垢価格差は100万円程度ならまあ普通で200万円に近付くとぼったくり感が出てくると私は感じます。しかしそれも新品定価の話であって、金無垢でも中古市場であれば50万円以下なんてザラにありますから、何だかんだでプライマリー市場の貴金属時計はコストに対してかなりプレミアムが上乗せされている事は間違いありません。しかし容易に他社比較が可能となった現代においては、あまりに業界標準からかけ離れたプレミアムが乗っていたら目立ちますし、かえって悪い印象を与えかねないと思います。結局何が言いたいかというと、GSにはもっと貴金属モデルを普通の価格設定してくれという、ただのお願いでした。