女優の樹木希林さんが亡くなられました。

大好きな方でした。
ご冥福をお祈り申し上げます。



樹木希林さん死去 「死をどう思うって? 死んだことないからわからないのよ」生前、死生観を語る【前編】

AERA#お悔やみ




5年前に全身のがんであることを公表しながらも多くの映画、ドラマで活躍していた俳優の樹木希林(きき・きりん/本名は内田啓子)さんが9月15日、都内の自宅で亡くなっていたことわかった。享年75歳。夫はロックミュージシャンの内田裕也さん(78)で、長女は内田也哉子(42)さん、その夫は俳優の本木雅弘(52)さん。

 樹木さんは8月13日に左大腿(だいたい)骨を骨折し入院したが、最期は家族に看取られながら自宅で息を引き取ったという。

 樹木さんは昨年、自身の死生観についてAERA編集部に語っていた。その貴重なロングインタビューを再録する。

*  *  *
 アエラの取材依頼に当初は丁重な断りの電話があった。だが「こういう取材は今回きり」の条件で、樹木さんは「なんでも聞いていい」と重い扉を開いてくれた。

「老い」とか「死」とか、そういうテーマの取材依頼がたくさんきて、困っちゃうのよ。何も話すことなんてないんだから。「死をどう思いますか」なんて聞かれたって、死んだことないからわからないのよ。ひとつ(取材を)受けるとキリがなくなるでしょ。だから全部お断りしているんです。映画の宣伝のときは仕方ないけど。

 私がこういう取材を受けるメリットはどこにあるの? あなた方のメリットはわかるの。えっ、私の話で救われる人がいるって? それは依存症というものよ、あなた。自分で考えてよ。

 死はいつか来るものではなく、いつでも来るものなの、私の場合。全身がんですから。だから仕事も先の約束はしない。せいぜい1年以内。仕事の交渉は留守電とファクスで全部自分でしている。この間も「2年契約で」なんて話が来たんだけれど「とんでもない。よしてください」って言ったの。「そのほうがおカネ的にもいいでしょう?」って先方は言うんだけれど、「2年先(の命)なんて保証できない。持たせようと思うほうが苦しいから勘弁してください」って言ったわ。


●手土産、謝礼は不要

 ところがさ、以前聞いてびっくりした。聖路加(国際病院)の日野原さんは10年先まで計画が入ってるっていうじゃない。いま100歳過ぎていらっしゃるでしょ。あなた、そういう方を取材したほうが絶対いいわよ。私なんかより。

「(取材にくるとき)手土産は絶対に持ってこないで」って言ったけれど、それも毎回必死よ。「くれないで」って。だってお菓子を持ってこられたら、包装紙を開いて、箱を開けて、それをまた畳んで資源ごみに出してって。すごく手間じゃない。私は自分が食べたいケーキがあったら買いに行って、「箱はいりません」ってティッシュに包んで帰るの。映画会社が「ポスター、送ります」なんて言ってくることもあるけど、それも「送らないでください」って。切ってメモ帳にするの大変でしょう。

 あ、それから今回の取材の謝礼もいらないから。こう言っちゃ申し訳ないけれど、大した金額でないでしょう。私は大家の収入があるから。ファクスがもったいないのよ。A4の用紙にたった1行で、余白ばかりの通知が2枚送られてくる。お宅の会社と銀行の2カ所から。「振り込みました」「振り込まれました」って。紙とインクリボンを消耗するじゃない。ときどきファクスを7枚も8枚も送ってくる人もいるけど、「すみません。今度送るときは表紙はいりませんから。A4、1枚にまとめてください」って言うの。インクリボンをむだに使って、取り換えるのは億劫じゃない。

●いつ逝ってもいい準備

 病気をしてから、いつ逝ってもいいように、自分の周りを身軽にしておきたいという思いが強くなったのはあるわね。朝はひとしきり掃除することから始まる。ぐちゃぐちゃしているのを見るのが好きでないの。でも、ものがなければ簡単よ。
 女優だけれど、靴は5足しか持っていない。雨用の長靴と山登り用のスニーカー。それに黒と茶と赤の革靴。化粧品もリップクリームだけ。顔には何もつけない。シャンプーもしないわね。仕事で色々つけられてベタベタになったときは床屋さんに行く。手早いから好きなのね。

 いま着ている上着の背中が縦に切れているのは太っちゃったから。切ったの。端をまつろうと思ったけど、さっき人が来てできなかったのね。服もボロボロになるまで着てお終いにする。

(構成/編集部・石田かおる)

 【後編】へ続く











    ☆☆☆☆☆☆


樹木希林さんの事が大好きになったきっかけは、

NHKの番組でご自宅を見た事です。




コンクリートの打ちっぱなしの壁に、大変モダンで重厚な家具。

それはもう、とびきり素敵なおしゃれなお家に目が釘付けでした。


古美術が好きというところにも興味を引かれ、

黒い和服の要らない部分にハサミを入れ、赤いマニキュアで大胆に模様

を描いてオリジナルの着物にしていた様子にも驚きました。


ああ、この人はアーティストなんだなあ。


子供の頃から知っている女優さんの、全く知らなかった一面をみてそう思いました。


フジカラーのCMのコミカルな演技から受けていた印象とは違うギャップに

初めて気がついたのです。


そこからは、出演している番組があると見るようにしていましたが、

話を聞けば聞くほど面白く、私のアイドルみたいになって行きました。


こういう人に憧れる気持ちと、いや、絶対なれないと思う気持ちと、

そういう意味ではどこか羽生くんに抱く思いと近いような気がする。


何年たっても近づける気さえしないけれど、それでも仰ぎ見る山のような

そんな存在を出来るかぎりずっと見ていたかったです。


全身がんを患っていても、それでも大変さを見せなかった

そういう姿もどこかケガをしていても強い羽生くんに重なる。


全然違うんだけど、尊敬する点がどこかで似てるって気がします。



まだ75歳。まだ若いですよね。

大腿骨の骨折がなければまだまだ大丈夫だったはず。


本当に残念です。

これからまだまだ色んな希林さんを見たいなって思っていました。


ご冥福をお祈り申し上げます。












◆お写真はありがたくお借りしました。