かつて日本にも空母があったが、日本の周辺事情を考えると遠くない将来かならず再び持つ必要性が出て来ると思う。

 

 

僕の師匠こと元海上自衛隊のパイロットだった鬼が現役当時の飛行場への着陸方法も現在の通常のレクタンギュラーコース(矩形トラフィックパターン)ではなく、空母への着艦を想定した半円を描くレーストラックパターンだった。現在の海上自衛隊での着陸はどうしているかは知らないが。師匠が訓練生時代の教官はほとんどが大戦の生き残りの日本海軍航空隊の古強者。よって海軍式の教育を受けて来たそんな師匠の教育を受けた僕も当然ながら海軍式となる。もちろん、この着艦を想定したレーストラックパターンも叩き込まれたのであった。更に、アメリカでも元アメリカ海軍航空隊の戦闘機コルアセアのパイロットだった師匠から叩き込まれたのが空母への着艦を想定した非常に特殊な着陸方法を叩きこまれた。時にはうんと短いRWYしか使わずに着陸する方法(定着訓練も含む)も叩き込まれた。

今日ここに記すのは嘗て帝国海軍の航空母艦や航空機で着艦の要領。シラバス日本海軍の伝統の技

使用機体九九式艦上爆撃機

母艦赤城

飛行甲板 長さ180m 幅22m 艦首から3分の2後方左舷側に降下指導灯

降下指導灯には青灯と赤灯がある

青灯の高さ零メートル、赤灯1メートル、ふたつの灯の間の距離は3メートル。

降下角度は5~5.5度。

上空から青赤灯が横一線に見えれば、降下角度が適切なグライドパスに乗っているということ。

このグライドパスに乗って艦尾の真上に到達した時の高度は7メートル。

ここでエンジンを絞り、機首を徐々に上げると着艦。

飛行甲板上には、艦首から艦尾にかけて、中心線が白く描いてあり、その甲板の中部付近か

ら5メートルおきに、6本の鋼鉄の制動索ワイヤー(高さ30㎝)が張ってある。

着艦と同時に、飛行機の尾輪付近におろしてあるフックに、このワイヤーがひっかかると、飛行機の惰力に引かれて、ワイヤーはフックを頂点として三角形に伸び、飛行機の行き足が止まる。そのため、停止時には、相当のショックがあるので、バンドをしっかり締めておかないと、顔を計器板にぶつけるおそれがある。

飛行場における定着訓練

横20m縦150mの区域に白い布板を並べ、着陸指導灯の真横に着陸しなければならない。

昼間に擬接艦、接艦、着艦訓練

次に夜間着艦訓練

勘は絶対に使わないこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母艦赤城

使用機体九七式一号艦上攻撃機

飛行甲板 幅22m 長さ220m

甲板上の合成風速15kt

飛行場に着陸する時よりも対地速度がずっと少ない。まして空母は風に真っ直ぐ走ってるから、容易。

たとえば、海面上に5ktの風が吹いていると、空母は風に向かって10ktで航行するとする。となると、甲板上の合成風速が15ktとなる。

つまり、極端な話、海面上で15ktの風が吹いていれば、空母は止まっているということになる。

そうなると、船の保針が難しくなるし、ピッチングやローリングが加わってくる。

教官の操縦する指導機を先頭に訓練機4機を加えた5機編隊。

母艦に近づくと、1番機から信号があり、5機編隊の梯形陣を解散し、左先頭単梯陣を組んで艦の右舷側を通り過ぎ、1番機から順に左旋回しながら着艦コースに入る。

気速をやや落としてギアダウン

艦橋後方のマストには、発着艦作業中を意味する真紅の長旗がはためき、合成風速15ktを表す「計数、15」の信号旗が掲げられている。

艦の進路とちょうど反方位のダウンウィンドレグで所定の横距離をとる。

第3旋回のベースレグを飛び、第4旋回のファイナルアプローチ。

第4旋回のポイントは母艦の真後ろ1000mをぴったりとついている護衛駆逐艦上空。

スロットルをさらに絞り、やや機首上げをして気速を減らし、フラップダウン。

着艦進入速度80ktにパワーセット。

トリムセット。

最終進入コースに45度以内に入ると、着艦指導灯の赤灯と青灯がはっきり見えてくる。

護衛駆逐艦上空150mで第4旋回修了。ファイナルアプローチ。

飛行甲板は海面から16mの高さにある。

赤灯が青灯より低ければ、アドパワーで降下率を下げる。

赤、青が横一線に見えたら、オン グライドパス。所定の吸気圧力にセット。

訓練の第一回は、艦尾の手前50メートルで甲板の作業員が赤旗を振るファイナルアプローチの訓練のみ。

第2回は、甲板上のワイヤーを張らずに接艦したらそのままアドパワーで発艦(タッチアンドゴー)。

第3回でワイヤーを張って着艦。

艦尾の赤白マンダラに塗り分けられた部分が翼の下を過ぎる時にスロットルクローズ、ほんのひと息待ってフレアー(引き起こし)を始める。主脚と尾輪が同一水平面上にある3点姿勢のまま接地する。もし、ここで一息置かずにスーッとスティックを引いてしまうと、高起こしとなり、機体が落下、ハードランディングしてしまう。ジャンプしてポーポイズして2、3本ワイヤーを飛び越えてしまい、機体は制止できずにオーバーランして海の中へ落ちてしまう。

制止した後はスロットルとスティックはいっぱいに引いたまま。

甲板上は14ktの風が吹いているので、デッド・スロー(アイドリング)のままだと、機体が後退してしまって、ワイヤーをフックから取り外す作業がうまくいかない。

2,3本飛び越えたワイヤーの分だけ機体を押し戻し、その位置でブレーキを踏み、甲板作業員が左右の袖に引き下がったのを確認してから、甲板指揮官の手旗が振られる。

両足のブレーキをいっぱいに踏み、スティックもまた、いっぱいに引いて、スロットル全開。

計器の示度をチェックしてからブレーキを静かにリリース。

スティックはいっぱいに引いたまま。

スピードがついてくる。

艦橋が近づいてくる。

スティックを緩め、やや前方に押す。

尾輪が上がる。

スピードが上がる。

艦橋の真横に来る。

スティックを引く。

機体が浮く。

高度計が30メートルを超えたぐらいで、なぜか上昇率がやや止まった感じになる。

ここでスティックを引いてはダメ。ストールしてしまう。

ほんの少しスティックを緩めて機首を下げ、気速をつけなければならない。

実戦では次から次へと発艦するわけだが、その感覚はわずか20秒。

したがって、発艦後50mの高度まで来ると、わずかに機首を右に振り、後続機のためにコースを開けてやる。

母艦はその辺の事情を考えて、風に直向しては走らない。風向にたいしてわずかではあるが、5度ばかり艦首を左に捻っている。

発艦後、急いで脚をおさめ、高度150mで第一旋回。

艦の針路に直角のコース(現在のクロスウィンドレグ)で、250mまで上昇して水平にし、第2旋回して艦と反航する。

艦が左翼端に来る前に、再び脚を降ろし、艦の正横で第3旋回に入る。

母艦と護衛駆逐艦の中間に向けて第4コース(ベースレグ)に乗り、フラップ3分の2まで出して気速を90ktに減らす。

風による偏流と艦の速力とが合成され、第4旋回はちょうど駆逐艦の真上ということになる。

最終進入コース(ファイナルアプローチレグ)では、フラップフルダウン、更に機首を上げ、アドパワーで80ktにセット。

赤灯と青灯が横一線となるように。

赤灯は着艦位置を示す大きな白丸の左真横、甲板と同じ高さの桁に設けられ、青灯はそれより手前(進入方向から見て)のある高さを持った桁に張りだされている。

つまり、赤青を一線に見えるよう飛行機を誘導すれば、常に所定の進入降下角度の5.5度ということになる。

しかし、艦は時にピッチングする。

特に風の強い日は酷い。

パイロットがうまく操縦していても、艦の方で勝手にピッチングする。

そうすると赤青が離れてしまう。

自分の操縦がまずくて離れるのか、それとも、艦がピッチングしているためなのかを分かるためには、相当な経験と技量を要する。

ピッチングだけでなく、ローリングもするし、ヨーイングもする。

「いいぞ」と思っていると、艦の方でスーッと尻を振ってしまう。

 

1機が着艦してとまる。

ワイヤーからフックを外す。

偵察員が着艦フックを巻き上げながら、パイロットはスロットルを入れてリフト上まで前進する。

その間、甲板作業員が左右から駆け寄ってきて、主翼のロックを外し、折り畳み用の2m近いハンドルの先を主翼下面に差し込み、3人がかりで反動をつけ、主翼を折り曲げる。

胴体左右に分かれた他の作業員は、逆V型の支柱を胴体横に差し込み、倒れ掛かって来る主翼を片手で支えながら、上手に支柱の先に篏合(かんごう)させる。

リフト上でエンジンを切る。

ペラが止まった途端、チン、チン、チンという警鈴を鳴らしながらリフトが下がる。

そして、止まる。

甲板作業員が機体を格納庫に押し込み、整備員にリレーすると、リフトは再び、飛行甲板まで上昇する。

甲板作業員は蜘蛛の子を散らすように、左右に走り、舷側の待機所に飛び込んでしまう。

この間、わずか3分。

搭乗員もうかうかしてはいられない。

手際よく機外に飛び出さないと、格納庫内においてかれてしまうからである。

そうすると、飛行甲板まで戻るのは大変。

あっちの通路。

こっちのラッタル(階段)をクネクネと回り道しなければならなくなる。

後続機のパイロットも大変に緻密な空中判断を要求されるが、前続機とのセパレーション(間隔)が不適当であると、着艦寸前に赤旗を振られたり、間のびしてしてしまう。

緊急着艦ともなると、パイロットの度胸と確実な着艦技術を要求される。

緊急着艦とは、1機ごとに格納庫に収めるのではなく、一個中隊(9機)ごとにまとめて着艦させる方法である。

経験の浅い者から着艦させ、着艦した飛行機を飛行甲板の最先端まで運んでおいて、バリケードを立てる。

このバリケードは甲板の前方から約3分の一のところに設けられており、普段は甲板内に倒してあるが、飛行機が通り過ぎると、ニョッキリと起き上がり、4,5本の太いワイヤーが左右に張られる。

着艦した飛行機のフックが着艦用ワイヤーにかからなかったり、オーバーランした場合、その機体のプロペラが、このバリケードに引っ掛かって止まる、という仕掛けである。

もちろん、ペラは交換しなければ使えない。

それでも、甲板の前方に運んである機体をかじるよりかはマシ。

だから、パイロットは必死である。

何が何でも着艦マークにつけなければならない。

緊急着艦の間隔は40秒。

1機が着艦して前に出る。

2機目は艦尾の直前まで来ている。

3機目は空母と護衛駆逐艦の中間。

そして、4番機が最終旋回を終わったところ。

という感じ。

緊急着艦も慣れて来ると次のような感じで甲板上の動きが手に取るようにわかる。

前続機が着艦。

ワイヤーが外された。

前に出る。

バリケードが倒れ、甲板作業員が左右に散った。

ふたたび、バリケードがド~ッと立ち上がって、赤旗が白旗に変わった。

艦尾のダンダラ・マークが翼の前淵に隠れた。

絞った。

ドッスーン、ギューッ。

 

母艦空母鳳翔

使用機体零戦

飛行場で定着訓練を繰り返し、ほぼ満点に近い成績をおさめるようになってから、空母「鳳翔」に実際に着艦するのであるが、初めは擬接艦訓練といって、航行中の空母に向かって着艦姿勢をとり、降下していき、着艦寸前でエンジンを吹かし上昇する。

これを数回繰り返したのち、次は接艦訓練に移る。

接艦訓練の場合は、ワイヤーを張ってない飛行甲板に着艦し、しばし甲板を滑走してから、そのままエンジンを吹かして発艦する。

この訓練が終わると、いよいよワイヤーを張ってある甲板に実際に着艦し、その感触を身をもって味わう。これが着艦講習。

飛行機を収容(着艦の意味)する場合、まず母艦は風上に向かって走り、飛行甲板上で合成風速15m(30kt)になるよう速度を調節する。

これは発艦時も同様。

しかし、海上は常時突風が吹きまくるし、母艦が停止していても風速が15mを越えている場合もある。

飛行甲板の前方にエンピツの太さぐらいの穴があって、この穴から蒸気が吹き出し、甲板上を白い筋が流れる。

艦橋の操舵員はこの蒸気を見て、蒸気がキール線上を流れるよう針路を微調整しつつ、風上に向かって「宜候(ヨーソロー)」で走る。

マストは着艦機の障害にならぬよう横に水平に倒され、そのマストに、甲板上の風速を飛行機に知らせるため、数字の旗旈(きりゅう)信号が掲げられる。

飛行甲板の最終部の左側に赤と青の指導灯が点灯される。

風速15mの場合、青灯を基準にすると、赤灯は仰角6度に調整してある。

飛行甲板には索が張られる。

「着艦基準完了」の旗がマストにもう一旈掲げられた時、上空で編隊を崩さずに旋回待機中の機体は、母艦前方1000mあたりで編隊を解き、単機ずつ間隔をあけ、誘導コースに入る。

脚を出し、フラップを下げ、フックを下げ、母艦の約800m後方を走る随伴の駆逐艦の上空で第4旋回を終わり、着艦姿勢に入る。

母艦はある程度尻を左右に周期的に振っているので、絶えず母艦のキールの線の直線上に位置すべく、自機を左右に傾け、滑らせ、修正する。そして、指導灯の赤、青ランプが水平の一線に見えるようパスの高低を修正しなければならない。

この場合の考え方は、青灯が自分だと考え、青灯が赤灯よりも高い場合は、自分のパスが高すぎるのであるから、スロットルレバーを少し絞ってパスを下げる。

逆の場合は、自分のパスが低すぎるので、艦尾に激突する恐れがある。

そして、零戦の場合、速度58~59kt(107~!09km)で降下していく。

この時、機首を上げ過ぎるとストールし、墜落するし、機首を下げると速度が付き過ぎて操縦桿を引いても接艦(接地)しない。

速度が同じ58ktであっても、生きた速度と死んだ速度とがあり、死んだ速度でないと着艦はできない。

高度が50mに下がるまでの間に、この左右、上下、機首の位置を調整し終わらないと着艦に失敗する。

初めのうち、飛行甲板の前方3分の1ぐらいが見えていたのに、高度が40mぐらいになり、母艦が接近してくると、飛行甲板がエンジンの陰に隠れて、全然見えなくなる。

このとき姿勢を崩さず、じっと我慢しなければならない。

この時間は操縦者にとっては非常に長いように感じる。

飛行甲板の最後部は1mほど下に湾曲していて、赤と白のペンキが交互に縦に塗ってある。

ここにぶつけると命がないぞと警告している。

その赤と白のダンダラが翼の下からサッと後ろに過ぎるのが視界に映った途端(「艦尾をかわった」という)、エンジンを絞り切り、操縦桿を後ろに引くのである。

このとき母艦は走っているので、母艦と飛行機の関係速度が、動かない陸上より少ないため、落下着艦し脚を折るのではないかと一瞬感じるかもしれないが、安全に着艦することができる。これにはコツがある。

着艦していくらか前に走った時、フックが甲板をかきながら走っているので、索に引っ掛かる。策はグーンと伸びるが、徐々に策に抵抗がかかり、飛行機は尾部を持ち上げ停止する。

そのショックで操縦桿を無意識に前に緩めたくなるが、反対に引かないといけない。緩めると大きく尾部が持ち上がり、プロペラで甲板を叩いてしまう。

飛行機が停止した瞬間、両舷のポケットから整備員が2名、飛行機に走り寄り、フックを外すが、エンジンを絞っているので風が強すぎ、飛行機は後ずさりするのですぐ外れる。

外れたと見るや、エンジンを吹かし、前部リフトの上まで持っていき、エンジンを停止する。エンジンが完全に止まった瞬間、リフトは下がり始める。以上が着艦の手順である。

いま説明したのは、「単機収容」の場合である。これが洋上の訓練や実戦になると、「連続収容」に変わり、飛行甲板の中央にバリケードが立てられ、やり直しが効かなくなるし、そのうえ夜間着艦とでもなれば、指導灯とキール線上の灯りだけを頼りに、着艦しなければんらない。

 

 

 

 

 

 

母艦鳳翔 

使用機体九五艦戦

陸上基地で定着訓練から始まる。

これは夜間の離着陸と同じで、赤、青のリーディングランプに乗って、定められた位置に三点着陸をする。

その当時は、母艦による発着艦訓練をはじめる前にこの定着訓練を百回以上もやる必要があるとされていた。

定着訓練でほぼ毎回の着陸点が同じになるまでの技量ができると、今度はいよいよ母艦を使っての本番が始まる。

「鳳翔」は、海軍の持っている空母の中では1番小さい旧型艦で、この母艦に発着することができれば、その他の空母には問題なく発着できる。

この訓練に我々が使用した戦闘機は九五艦戦で、これがまた着艦には一番難しい機種である。

なぜならば、エンジンの直径が大きく、着艦姿勢に入るとマッチ箱のように見える母艦が、そっくりエンジンのかげに入ってしまい、かろうじて小さなのぞき穴から母艦の甲板の一部と、リーディングランプを見て、着艦降下の姿勢などを修正しなければならない。

最初は擬接艦といって降下着艦姿勢で降下してゆき、艦尾をかわるとすぐにエンジンを吹かして上昇する。したがって、この場合は、ぜんぜん母艦の甲板をなめずに航過してしまう。

この擬接艦訓練によって、着艦操作の要領が分かってくると、次に接艦訓練にうつる。

これは、艦尾をかわってエンジンを絞って甲板に滑り込む。

そして、接艦したらそのままエンジンをかけて離艦する。この操作を繰り返すのである。このとき注意しなければならない事は、次のような点である。

(イ)まず軸線を合わせる。乗っている飛行機の進行軸と母艦の前後軸とを、ぴったりと合わせなければいけない。

(ロ)機首角度と速力を一定にする。

(ハ)艦尾をかわるまでは、エンジンを緩回転にしておく。確実にかわってからエンジンを絞って着艦操作に入る。

(ニ)アンダーのときは早めにやり直す。

こうして接艦操作が及第すると、いよいよ着艦である。

飛行機乗り生活の第一の感激は、単独で見事に着陸した時と、この最初の着艦であった。

着艦は、あらかじめ飛行機からおろされているフックが、甲板上約30㎝くらいの高さに張られた横張りのワイヤーに引っ掛かって止まる。このワイヤーは空気圧によって、ある長さまで伸びるようになっていて、フックで引っ張られるショックを吸収する仕組みとなっていた。

以上が当時の着艦要領であったが、訓練中には犠牲者が出ることもあった。低めに持って来たために艦尾に激突して、そのまま沈没した者や、軸線が合っていなかったために斜めに走って舷側から海中に落ちた者もいるので要注意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母艦飛龍 

使用機体九九艦爆

ただちに艦爆1機をもって大村海軍航空隊に基地訓練のために連れていかれた。母艦パイロットの基本である発着艦訓練のためである。

私たち二人の若いパイロットに九九艦爆を1機と古いパイロットが1名ついてきた。

朝食が終われば離着陸訓練、昼食が終われば離着陸訓練、夕食が終われば夜間離着陸訓練と、他の課目は何もせず、ただ離着陸訓練に励む。

古いパイロットが着陸地帯に布板50m幅に置き、その横に赤と白の指導板(パス角に乗せるため)が置かれ、先輩はそばの椅子に腰かけ、私たちのアプローチをじっと見ている。

「アプローチの速力が1kt多い」「2kt少ない」とか「起こしが足りない、三点まで起こせ」「滑りが残る」などと1カ月ほど繰り返された。

ようやく定められた進入角度、速度などの諸元が守れて、どうやら着陸操作ができるようになった。

そこで佐世保港に停泊中の飛龍にアプローチの練習に行った。最初は母艦に近づくだけなので何の心配もなく気楽に離陸した。

母艦の尾部を曳舟で押して、母艦を風に正対させ、私たちは母艦甲板に近づく操作を行い、地上指揮官が「良し」と判断するといよいよ母艦が出港である。

波おだやかな佐世保港外に向かい、戦闘機、艦爆、艦攻の新参パイロットばかりが大村基地を離陸した。洋上に出た母艦は本当に小さい点であり、木の葉のようである。果たして甲板に降りられるだろうか。一抹の不安を抱きながら一番機に続いた。母艦の後方200mくらいに駆逐艦が一隻ついて航行している。これは私たちが誤って海に落ちた時に救助してくれるのが主任務で、いわば助けの神である。さらに着艦のための最終旋回の位置標示の役も兼ねていた。

海はおだやかだが、なんとも小さい飛行甲板(実際は270mもあるのに)だ。それでも1か月有余の猛特訓の甲斐があって、見事なアプローチ(母艦に着艦するための接近操作)と自分では思っていても、艦上で見る指揮官にとっては、お粗末である。だが、「まあ、着艦さしても事故にはつながるまい」くらいだったかもしれない。

ともあれ最初は、飛行甲板に制動索は張らず、航空機の着艦フックも下ろさず、走る母艦の甲板に車輪を着けてコロコロと滑走し、ふたたびエンジン回転を増して発艦して行く。

甲板を離れた瞬間、ホッとする。

更に今一度、同じ要領で甲板に車輪をつけた。危険なしと判断した指揮官から、「着艦せよ」の旗旈信号がマストに上がった。

「さあ着艦だ!」

母艦の飛行甲板には6本の制動索が張られた。

私は愛機の着艦フックを下ろした。

うまくパスに乗ってくる。

母艦の中央線にピタリと