治療開始後、公務員を辞めた人がいないこと | kyupinの日記 気が向けば更新

治療開始後、公務員を辞めた人がいないこと

ある日、公務員を退職し帰郷した患者さんを診ることがあった。その時、自分が初診後、精神疾患の治療が不調で結果的に公務員を退職に至った人が1名もいないことに気付いた。過去ログに「精神疾患の病状が悪い時に重大な決断はしない」という指導に触れたことがある。以下はその記事の抜粋。

 

僕は未だかつて、たぶん偶然もあるだろうが、離婚を勧めたことは1度もない。オーベンがそういう風に言っていたからとは必ずしも言えないが、そういう場面がほとんどなかったこともある。(実際、どうみても近い将来、離婚になりそうな家庭もある。例えばDVなど。)

結局は離婚をするかどうかは本人が決めることだが、精神症状が深く関しているような状況では、精神科医は少しモラトリアムを設け積極的には離婚を勧めるべきではないと考えている。

それは離婚に限らず、大学を退学すること、会社を退職することなども同様である。その重大さが本人はよくわかっていないからである。

 

そのようなことから、ブラックっぽい職場でもその患者さんの年齢にもよるが、退職の話はこちらからは提案しない。もし本人が聴いたなら、意見は言うが、曖昧な対応になることが多い。その理由は、こちらから見ても明らかにブラックな職場と、特定の人がいるためにその人にとればブラックということもあるからである。

 

ここで公務員を挙げたのは職種に価値があるという趣旨ではない。公務員には年齢制限があり、一度辞めてしまうと復帰できないことがある。一定期間の精神疾患の悪化のために、退職になってしまうのは非常に痛い。

 

実は公務員の年齢制限について憲法違反ではないかと最高裁まで争われたことがあった。その結果だが、年齢制限は違法とは判断されなかったのである。これは公務員のシステム上、バラバラの年代が入職すると育成を含め運営が難しいことや、若い世代の入職を阻むといったものもあるのだろう。例えば今40歳の人も、かつて年齢制限以下で公務員になる機会はあったこともある。公務員は大卒だと高卒の資格で入職できないなど、さまざまな点で特別だと思う。

 

これまで結構ギリギリなケースはあり、ある男性などは教師をしていて既に2年半も仕事ができなかった。その人は結局、入院せずに寛解に至り、今は普通に担任をしている他、スポーツクラブの顧問もしている。(公務員の治療期間リミットはだいたい3年半くらい)

 

その患者さんの家族が最も驚いたのは、さっと処方変更できたことであった。これを診ると、処方変更にも熟練と言うかコツがいるらしい(過去ログの通り)。

 

彼の場合、処方が硬直しており重い薬のまま身動きが取れないでいた。彼は転院しなかったなら、間違いなく退職していたと思う。今の処方の主剤は、なんとセロクエルで抗うつ剤はリフレックス15㎎だけである。

 

公務員は他の職業に比べ退職に至るまでの日数的な猶予がある。従って治療が多少迷走しても、なんとか退職に至らずに済む確率が高くなる。これはもちろん、いかなる疾患かが重要で、退職せずに仕事が継続できるかどうかは、うつ病と統合失調症では確率的な相違がある。

 

ということは、僕はこの何十年もの間、統合失調症のように重い内因性疾患に罹患し、かつ公務員の人は1名も治療しなかったのだろう。これは良く考えると不思議なことだ。

 

逆に患者さんが公務員試験を受験し晴れて公務員になったのは何度かある。たいてい遠方のことが多く、○○県○○市に合格したとか言うため紹介状を書いた。その少年は最初都内の大きな企業に入社したが、とんでもなく体育会系だったのでついていけなかったという。疾患としては典型的な適応障害で、合格してその市に転居した時は碌に服薬さえしていなかった。このようなケースは公務員受験も十分に可能である。

 

そういえば1名、まさにギリギリまで追い込まれた人がいた。彼はうつ病だが、いわゆる統合失調症的なものがないのに恐ろしく難治性だったのである。上司がやって来て、「もう復帰は難しいと思う」といった内容のことを話されたのでかなり時間的猶予もなかった。なぜ彼が自分のところにやってきたかと言うと、かなり先輩のクリニックにかかった際に紹介されたらしい。

 

彼を入院させ何クールかECTも実施した。彼は治療法について紹介すると、「ぜひECTをしてほしい」と言ったのである。しかし有効ではあったものの決定打にはならかった。彼は今も仕事を続けておりやがて退職の年齢である。当時、まだ小学生くらいだった娘さんはいずれも結婚しておりお孫さんもできたそうだ。彼は結局何が良くて退職を免れたのか、もう思い出せない。いずれにせよ、ECTは彼にとって変曲点以上のイベントだったと思う。

 

彼はおそらく初期の治療時の2回くらいしか入院していない。彼の処方は紆余曲折し、現在は抗うつ剤はサインバルタ40㎎(昔はアナフラニール)とパキシル25㎎を服薬している。この処方組み合わせは僕の患者さんには全然なくて、彼だけである。

 

彼の興味深いところは結構重かったのに今も眠剤は必要ないこと。また抗精神病薬も服薬していない。なお、この人は過去ログのこの記事に出てくる人ではないかと思うかもしれないが別人である。

 

一般の人が間違って理解していることの1つは、ECTが脳に有害ではないかと思っていることだと思う。ECTを行うと海馬の容積が増えることが知られている。

 

これは最近わかったことだが、海馬の容積が増えるのはECTによる2次的影響のようである。ECTの真の重要な作用は、脳内のネットワークアクティビティの正常化である。