双極性障害のうつ状態エピソードに対する治療についてNEW! | kyupinの日記 気が向けば更新

双極性障害のうつ状態エピソードに対する治療についてNEW!

双極性障害のうつ状態エピソードは、自殺という最悪の転帰をとるリスクを含め、精神科医にとってもどのような治療方針で臨めば良いのか難しい病態だと思う。

双極性障害の患者はなんと15%が自殺すると言われている。これは双極性障害の重さや治療の難しさと関係が深い。

個人的な治療経験から来る重要なポイントは、試行錯誤を面倒がらないことである。

このブログでは、パソコンやタブレット、ヤフオク、旅行、音楽などの話の中で「面倒」というフレーズが良く出てくるが、僕は日常臨床ではあまり細かいことを面倒がらないタイプである。これは時々「自分は積極的なタイプの精神科医」という記載内容を反映している。日常生活のさまざまな場面で面倒がるのは、日常臨床の消耗から来るのかもしれないと真剣に思うほどだ。

現在、双極性障害のうつ状態に対し最も有効とみなされている治療法は、皆、意外に思うかもしれないが、

ジプレキサ+プロザック(SSRI)

という併用療法である。単剤処方がベストとはされていないのである。海外ではジプレキサとプロザックの合剤がシンビアックス(symbyax)という商品名で販売されており、使いやすくなっている。難治性うつ病に処方されるが、これは難治性うつ病には少なからず双極性障害が含まれていることを示唆している。

日本では、プロザックが未発売なため他のSSRIで代替されるが、一般にSSRIに限らず、抗うつ剤にジプレキサを追加処方すると、様変わりしたように改善する難治性うつ状態の人たちがいる。過去ログには、この処方が効くのは良いが半端なく太りやすいという記事がある。

この併用療法で日本で選ばれるSSRIはおそらくパキシル、ジェイゾロフトくらいが多く、次いでレクサプロくらいであろう。デプロメールはややパワーが欠けているので、不十分な可能性の方が高いが、これでさえ試みる価値がある。(上の試行錯誤を面倒がらないという姿勢)。

ジプレキサ+プロザック以外の第一選択に挙がってくる有望な治療法は、

セロクエル
ジプレキサ
ルラシドン(本邦未発売)
デパケンR


の4剤である。(ただしこれらは併用という意味ではない)

ルラシドンは大日本住友製薬が創薬したものだが、海外では販売されているが、日本では治験に失敗している。近年は失敗に懲りず何度もトライしているようなので、いつかは日本でも発売されるかもしれない。ルラシドンは非定型抗精神病薬である。なお、武田薬品工業株式会社はルラシドンのヨーロッパの販売権利を持っていたがその後、手放している。

製薬会社の世界的評価はもちろん売上高が重要だが、それ以外に抗精神病薬を創薬できるかどうかが非常に大きな要素である。製薬会社の格付けの高さとして、抗精神病薬を創薬できることが挙げられているのである。その点で大日本住友製薬は偉大な製薬会社だと思う。また、エビリファイを創薬した大塚製薬は一気に世界的に名が通った製薬会社になった。

双極性障害のうつ状態に対する確立された治療法(モーズレイのガイドラインによる)

○ラミクタール
双極性障害のうつ状態とうつ状態エピソードの再発の双方に有効と考えられている。躁転や急速交代を起こすことはない。効果はセレクサ(≒レクサプロ)とほぼ同等である。体重増加はリーマスより少ない(経験的にラミクタールは体重増加をほとんど来さない)。全般にラミクタールの効果は中程度で、否定的な試験も多い。中毒疹が生じやすい。ラミクタールの50㎎/日は有効であるが、200㎎/日の方が有効性が高いと考えられている。

○リーマス+抗うつ剤
抗うつ剤は、依然として双極性障害のうつ状態に広く処方されている。特に双極性障害治療中のうつ状態エピソードに使われるが、効果があると考えられてきたが、周期を早め躁転のリスクがある。複数の論文で、気分安定化薬単剤は、気分安定化薬+抗うつ剤と同等の効果があると指摘されている。一般に3環系抗うつ剤とMAO阻害薬は避ける。イフェクサーとブプロピオンも処方されるが、イフェクサーは躁転のリスクがある。一般にSSRIが推奨される。リーマス+抗うつ剤では、リーマスの血中濃度が0.8mmol/L未満の時のみ効果があると言うエビデンスがあるが、議論がある。うつ状態の改善後、抗うつ剤の継続投与は再発を抑制するが、これは気分安定化薬を併用していない場合のみである(←驚愕の指摘)。現時点では、抗うつ剤を長期的に継続投与すべきかどうか、コンセンサスは得られていない。

○リーマス(単剤)
リーマスは、双極性障害のうつ状態に有効と考えられているが、有効性を支持するデータには方法論的な問題がある。双極性障害のうつ状態の再燃を防ぐというエビデンスがいくらかあるが、躁状態の再燃を防ぐ効果の方が高いと考えられている。リーマスが双極性障害の自殺を防ぐ効果には、かなり強く支持するデータがある。

○ルラシドン(本邦未発売)
2報のRCTでは、双極性障害のうつ状態に対し、ルラシドン単剤でもあるいは気分安定化薬との併用でも有効とされている。ただし、英国では双極性うつ状態に対しルラシドンは適応がない。

○ジプレキサ±プロザック(プロザックは本邦未発売)
この合剤シンビアックス(symbyax)は、双極性障害のうつ状態に対し、プラセボやジプレキサ単剤より効果がある。有効性はラミクタールより高い可能性がある。予防効果を示す適切なエビデンスがある。NICEでは、第一選択として推奨している。ジプレキサはプラセボより有効だが、プロザックとの併用では更に有効である。これは現在、双極性障害うつ状態への抗うつ剤の有効性に対する最も有力なエビデンスと考えられる。

○セロクエル
5報のRCTでは、双極1型および2型のうつ状態に対し、300㎎および600㎎(単剤療法)の明かな有効性が示されている。リーマスやパキシルより有効である可能性がある。セロクエルは双極性障害の躁状態、うつ状態の再燃を予防するため、双極性障害のうつ状態の選択肢の1つである。セロクエルは躁転とは関係しないようである。

○デパケンR
単剤療法の効果を示すエビデンスは限られているが、いくつかのガイドラインで推奨されている。非常に小規模のRCTがいくつかあるが、その多くは否定的である。双極性障害うつ状態の再燃を防ぐ可能性があるが、データは少ない。

その他、双極性障害うつ状態の代替療法(モーズレイのガイドラインによる)

○抗うつ剤
双極性障害のうつ状態では、抗うつ剤の単剤療法(気分安定化薬による保護がない)は、躁転のリスクがあるため一般に避けられている。抗うつ剤は単極性うつ病には効果があるが、双極性のうつ状態には効果が小さいか無効であるというエビデンスがある。しかし、プロザック、イフェクサー、オーロリクス(モクロベマイド)の短期の単剤処方は、かなり効果的でかつ安全と考えられる。しかし全体としては、特に双極性障害1型には抗うつ剤の単剤療法は避けるべきである。

○テグレトール
推奨されることがあるが、データが乏しく効果が大きくない。他の気分安定化薬に併用すれば有効な可能性がある。

○ビシフロール
2報の小規模なプラセボ対照試験では、双極性障害うつ状態に有効なことが示唆されている。有効用量は1.7㎎/日である。また、いずれの研究でもビシフロールは気分安定化薬の補助療法として処方されている。いずれの研究でもビシフロールは躁転のリスクを増加させないと考察されているが、データが不十分で躁転の可能性を除外できない。専門施設での使用にとどめるべきである。

双極性うつ状態のその他の治療法

○エビリファイ
追加療法として使用したオープン試験で支持されているに過ぎない。RCTでは否定的であった。無効でないかと思われる。(個人的な感想として、エビリファイは双極性うつ状態治療では単極性うつ病に対する評価とかなリ異なる)

○ガバペン
オープン試験では、気分安定化薬あるいは抗精神病薬に追加するとやや効果があると示唆されている。平均用量は1750㎎。不安感を改善するため、双極性うつ状態に効果があるように見えるのかもしれない。(個人的にガバペンは比較的有用と考えている。双極性うつ状態に、ガバペンは、デパケンやリーマス、ラミクタール、セロクエルより有効と思われる人たちがいる。難点は併用されていることもあるが、肥満を来しやすいこと)

○イノシトール
小規模な予備的無作為試験では、イノシトール12g/日は双極性うつ状態に有効なことが示されている。

○オメガ3脂肪酸
1報の肯定的なRCT(1~2g/日)、1報の否定的なRCT(6g/日)がある。

○リルゾール
リルゾールのいくつかの薬理学特性はラミクタールと同じである。データは限定されるが、1報の症例報告で双極性障害うつ状態への処方が支持されている。

○サイロキシン
増強療法としてのエビデンスは限定的である。平均用量は300μg/日。1報のRCTでは効果が示されなかった。

○エクセグラン
いくつかのオープン試験で支持されている。用量は100~300㎎/日。

参考
双極2型のうつ状態と抗うつ剤
単極性うつ病と双極性障害のうつ状態
抗うつ剤で改善しない倦怠感