私には留学の経験があります。

大学を卒業後、就職して3年間サラリーマン生活を送った後
米国ボストンのバークリー音楽学院に、ジャズの勉強のために
行きました。

留学する事になったいきさつは、また別の機会に書きます。

英語は得意ではありませんでした。
留学前、日本で半年ほど英会話スクールに通った、いわば
付け焼き刃の英語で、日常会話がやっと、と言う実力でした。

でも、バークレーの授業では音楽的な内容には全く苦労は
ありませんでした。ただ、先生の話しが雑談になったりすると
とたんに理解不能になるので、良く寝たふりをしていました。

アメリカへ渡米する際、今は亡き母親が大阪からわざわざ、
成田空港まで見送りに来てくれたのですが、
いざ、出発の時二人とも何も言えずに、長いあいだ佇んでいた
のを、思い出します。

最後に「元気でね」「うん」とやっと言えて、母親と別れ、
ゲートに向かいました。

そして、飛行機が離陸した瞬間、涙があとからあとから流れて
止まりません。
母親一人を日本に残して、自分勝手に旅立つわがままを、
許してくれた母に、心からの感謝と謝罪を感じていたから。

約1時間も泣き通したので、きっと隣の外人は、変に思ったに
違いありません。

 アメリカに着いて、最初は英語学校に3ヶ月通いました。
この学校は、ボストンの凄い森の中にあって、寮に入りました。
なにしろ、一番近いピザハウスまで、歩くと40分はかかる、
超へんぴなロケーションでした。

この学校で、私に最初に声をかけてくれた日本人がいました。
「こんにちわ、日本の方ですね」
私も久しぶりに聞く日本語にほっとして、
「はい、そうです。田中と言います。」
「ようこそ、田中さん!私は豊田と言います。ここは良い所ですよ。
なんにも心配いりませんよ」
凄く人懐っこい笑顔が素敵な青年でした。

私は「豊田って、あのクルマのトヨタと同じ名前ですね~」
と言うと、
「はい!あれはウチです。」
(呆然)

そうです、今最も話題のトヨタの新社長、
豊田章男くんだったのです。

(その2に続く)