池内昭夫の読書録

池内昭夫の読書録

本を読んで思ったこと感じたことを書いていきます。

 就職の面接で自分の<長所>が何かを訊(き)かれることがある。が、いざ訊かれてみると、どう返答すればよいのか途方に暮れてしまう人が恐らく多いだろう。

 日本には、「謙虚」という美徳がある。だから、自分の長所を口にするのが、何か自慢するように思われて、うまく言葉に出来ないのだ。が、自分の長所を口にすることは、必ずしも<自慢>ではない。つまり、自分の長所を客観的に述べることは可能だということだ。

 日本人が苦手としているのは、自分の長所を述べること自体ではなく、自分自身を客観的に見ることの方ではなかろうか。日本人には物事を客観的に見る習慣がなく(あるいは弱く)、論理よりも感情を優先する性向があるように思われる。それが分かっているからこそ、自分の長所を述べることが自慢のように思われて憚(かばか)られるのだ。

 この世の中は持ちつ持たれつ、人と人との協同生活によって、仕事が成り立っている。暮らしが成り立っている。

 この協同生活を円滑に進めるためには、いろいろの心くばりが必要だけれども、なかでも大事なことは、おたがいにまわりの人の長所と欠点とを、素直な心でよく理解しておくということである。そしてその長所を、できるかぎり発揮させてあげるように、またその短所をできるかぎり補ってあげるように、暖かい心で最善の心くばりをするということである。(『道をひらく』(PHP研究所)、pp. 62-63)

 「長所を伸ばし、短所を補う」とは、いかにも教師然とした考え方だ。なるほど、協同生活に求められる考え方ではある。が、少し視点を変えれば、長所にせよ、短所にせよ、絶対的なものではない。長所には危うい部分が見え隠れするし、短所にも一条の光は差す。だから、長所は活かすだけではなく、長所がもたらす「影」の部分に十分注意する必要がある。短所も、いかに補うかだけでなく、短所をただ否定的に見るだけでなく、短所と思われる性質から積極的価値を見出すことも必要なのではないか。例えば、お金の管理は、「おおらか」な人よりも「臆病」な人に任せた方が安心ではないかというようなことだ。

 神さまではないのだから、全知全能を人間に求めるのは愚(おろか)の限りである。人に求めるほうも愚なら、いささかのうぬぼれにみずから心おごる姿も、また愚である。

人を助けて己の仕事が成り立ち、また人に助けられて己の仕事が円滑に運んでいるのである。この理解と心くばりがなければ、百万の人も単につのつき合わした烏合の衆(うごうのしゅう)にすぎないであろう。

 長所と短所と――それは人間のいわば1つの宿命である。その宿命を繁栄に結びつけるのも貧困に結びつけるのも、つまりはおたがいの心くばり1つにかかっているのではなかろうか。(同)

 

※明日以降の連載は一時中断します。