我、「藤井聡太」にかく敗北せり――14歳の天才に敗れた14人の棋士インタビュー | 茶漬けのソーダ水|記色

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デイリー新潮ダウン週刊新潮 2017年7月6日号 掲載

■14歳の天才「藤井聡太」に敗れた14人の棋士インタビュー(上)

 普段は一介の中学3年生。それがプロ入り半年余りも勝ちっ放しで、ついに棋界の歴代最多連勝記録を塗り替えてしまった。7月の対局に敗れ記録はストップしたものの、なぜプロ棋士が束になっても勝てなかったのか。中学生にひねられた彼らの心のうちは。藤井聡太四段に挑み、敗れた14人の、我、「天才」にかく敗北せり。

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 この6月26日朝も、藤井四段の前には、カメラが長蛇の列をなした。

 東京・千駄ヶ谷の将棋会館で行われた増田康宏四段(19)との対局。10時に始まった勝負は、藤井四段が中盤までの劣勢をはね返し、夜までもつれる。

「負けました」

 21時24分、増田四段が頭を下げた。瞬間、カメラが対局室になだれ込み、一斉にフラッシュがたかれた。これで藤井四段は、公式戦29連勝。歴代単独最多記録を達成したのである。

 もちろん、藤井四段は、史上最年少の14歳2カ月でプロになった棋士。強いのはわかっていた。しかし、将来はともかく、いきなりの新記録達成で、しかもデビュー以来、無敗のまま――このマンガのような展開が現実に起こるとは、一体、誰が予想したことであろう。

 藤井四段とは何者なのか。

 これまで、メディアで数多の分析記事が出たが、ある意味、それを最もよく知るのは、実際に彼と対峙し、その息遣いまで感じた対戦相手の他あるまい。

 29連勝のうち、複数回対戦した相手もいるため、これまでの対局相手は24名。そのうち14人に「14歳の天才」の横顔を聞いてみた。

■“終盤が強い”

 まずは、

「序盤、中盤、終盤を通して、とにかく悪手(あくしゅ)がひとつもありませんでしたね」

 と言うのは、北浜健介八段(41)。5局目の相手だ。

「一方で自分はミスが出てしまった。完敗です。攻めが強いとか受けが強いではなく、欠点がない将棋という印象を受けました。羽生先生も新四段の時は高い勝率でしたけど、やっぱり粗削りの部分もあった。でも藤井四段は既に完成されているように見えるのです」

 北浜八段が彼と盤を挟んだのは今年2月のこと。が、

「最近の棋譜を見ると、私が指した時より、はるかに強くなっていますね。このペースなら、今年中にタイトル戦に登場してもおかしくない」

 北浜八段に限らず、対戦した多くの棋士も“完成度”について言葉を重ねる。

 その中でも、

「事前に、藤井四段の師匠から“終盤が強いよ”とは聞いていたんですが……」

 と述べるのは、11局目の相手・小林裕士七段(40)である。

「私の時も終盤に差し掛かるまでは、6対4で優勢かな、と思っていたんです。でも、そこからやられてしまいました。こりゃ次にやる時には、終盤までに7対3くらいでリードしてなければノーチャンス、と思っています」

 藤井四段は、プロのトップ棋士も集まる「詰将棋解答選手権」で3年連続優勝している。その“強み”がはっきり生かされている。

 ただし、小林七段によれば、

「では現状で、羽生先生と比べると、羽生先生の終盤はこれまた桁違いに強い。いま真剣勝負で勝つのはさすがに難しいな、と思います」

 頂点への道のりは、やはり一朝一夕とはいかないと言うのである。

「藤井四段は、本当に王道の将棋を指しますよね」

 とは、9戦目で敗れた所司(しょし)和晴七段(55)。

「私の時も大きなミスを犯さなかった。派手さはなく、遠回りですが、確実な手を指す中でこちらを射程に入れる。そして、決めに行く時はギアを一気に上げ、ノータイムで確実に仕留めます。しかも、時間配分が上手くて、持ち時間を残しますから終盤にしっかりと読み込める。だから間違わないんです。仮に再戦したとしても、私にはもう……。弟子たちに期待しますよ」

 大半の棋士が、彼は現段階でトップ10〜20人に入れる実力を持っている、と評する。現状、藤井四段の対戦相手にこのクラスの棋士はいないから、ある意味、ここまで連勝を続けられるのも不思議ではないと言えるのだ。

■格段の集中力

 もっとも、いくら強いとはいえ、藤井四段はコンピューターではない。早熟の「技」を生かすためには、常に力を発揮できる「心」の涵養が大事である。人生経験も浅い中学生のこと。この点が課題かと思うのだが、実際はそうでもなさそうだ。

「僕は藤井さんとの対局の際、めちゃくちゃプレッシャーを感じていました」

 と言うのは、14局目の相手・平藤眞吾七段(53)。

「だって、あんなに多くの報道陣に囲まれることなんてありませんからね。言い訳になってしまいますが、あの対局で、私が自滅、ポカをしてしまった一因はそこにある。でも、藤井さんはまったく動じないんです。そこはすごかった」

 とりわけ若い棋士は対局中、難解な局面になればなるほど、部屋を出たり入ったりと平静を失うものなのだという。しかし、8戦、10戦目の相手となった大橋貴洸(たかひろ)四段(24)によれば、

「藤井四段は、離席するのはトイレの時くらいで、とても落ち着いて見えました。で、一時は私が優勢だったのに、逆転されてしまった。とにかく、盤上に没頭している印象を受けました」

 と言うのである。

「確かに集中力のすごさは感じましたね」

 と言葉を継ぐのは、宮本広志五段(31)。23戦目に敗北を喫した。

「終盤になるにつれて、藤井クンはどんどん盤ににじり寄ってきたのです。それは他の棋士でも同じなのですが、彼はその中でも格段で、もう盤にくっつきそうなほど。プロの中でも、集中力は格段に強い。集中というより、将棋に夢中になっているという印象を受けました」

■オヤジギャグへの対応

 その一方で、邪念がないからだろうか、相手のこともよく見えているという。

 複数の棋士が、彼は離席する時、必ず「失礼します」、戻る時も「失礼しました」との声かけを忘れないと言うし、胡坐(あぐら)をかく時も「失礼します」と言った、などの証言もあるから、ますます心のゆとりを感じてしまう。

「とにかく驚いたのは、あの年齢でとっても礼儀正しいことです」

 とは、加藤一二三(ひふみ)・九段(77)。1戦目の対局相手にして、史上最年長棋士。先頃引退した「ひふみん」その人である。

「午後の3時頃でしょうか、私はいつものようにお腹がすいて、おやつにチーズを食べたんです。そうしたら、彼はそれを見てからチョコを食べ始めた。つまり、大先輩の私が食べるのを待っていたんですね。これには大変感心しました」

 単なる偶然かもしれないが、必然と思わせるところがさすがだ。

「しかも後日、テレビのインタビューで、私がチーズを食べたのが“可愛らしかった”と言っていた。プロ入り初めての対局だったのに、それだけ余裕があったということなんですね」

 豊川孝弘七段(50)は、棋力もさることながら、「オヤジギャグ」で知られる。大盤解説などでしばしばダジャレを連発し、爆笑と失笑を誘っているが、藤井四段の2局目に敗北を喫した後の感想戦で、試しにそれをやってみたのだという。

「確か、何か納得できることを彼が指摘した時だったと思う。“ああ藤井、そうた(=聡太)ったのか!”と言ってみたんです」

 たわいもないギャグであるが、相手は斯界の大先輩。きちんとした対応が求められる。

「そしたら、彼はクスッと笑いました。まだ子どもらしい一面があるんだな、と思いましたよ」

 苦笑いだったのかもしれないが、思わぬ「盤外戦」に対応する辺り、14歳らしからぬ素振りを見せるのだ。

特集「新記録達成!『14歳の天才』に敗れた『14人の棋士』インタビュー 我、『藤井聡太』にかく敗北せり」より

週刊新潮 2017年7月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです