台風災害時に防災拠点となった道の駅(CHIBAむつざわエナジー:vol.132) | 全国ご当地エネルギーリポート!

全国ご当地エネルギーリポート!

-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

2019年9月に襲来した台風15号の影響で、千葉県では2週間以上も停電が続くエリアも出ました。この災害の経験から何を学べるのでしょうか?千葉県睦沢町(むつざわまち)にある「むつざわスマートウェルネスタウン」では、周辺が停電の被害を受けていた時に電力供給を再開、トイレや温浴施設のシャワーなどを多くの人に開放しました。東日本大震災から9年、地域の新しい防災対策のあり方を探ります。

 


むつざわスマートウェルネスタウン。右が道の駅で、左奥に町営住宅が並ぶ(提供:パシフィックパワー)

 

◆トピックス
・停電時でも機能したスーパー道の駅
・独立した電力システム
・衰退する自治体への危機感
・カギを握る地元の主体性
・蓄電池ありきで考えない

◆停電時でも機能したスーパー道の駅

千葉県睦沢町は、房総半島の中央部からやや東南に位置する人口7000人ほどの、田園風景の広がる小さな町です。東京オリンピックのサーフィン競技の会場となる一宮町の隣に位置し、日頃からサーファーが訪れる町でもあります。



道の駅の農産物直売所(提供:パシフィックパワー)

 

むつざわスマートウェルネスタウンは、睦沢町が移住促進や住民の健康づくりを目的として整備した施設で、道の駅と33戸の町営賃貸住宅からなっています。また、この施設は防災拠点としての機能も兼ね備えていました。背景にあったのは、東日本震災の際に沿岸部が津波の被害を受け、避難者の受け入れや自衛隊の活動拠点となった教訓があります。


町営賃貸住宅エリア。電線は地中化されスッキリした景観になっている(提供:パシフィックパワー)

 

同タウンが部分的に開業を始めたのは、停電が起きるおよそ1週間前のこと。台風が襲来した19年9月9日には睦沢町内でもほぼ全域が停電したものの、同タウンはその翌朝から町営住宅への電力供給を再開しました。道の駅では、携帯電話の充電とトイレの利用が可能になり、さらに施設内の温浴施設で温かいシャワーを無料で提供しました。



停電時でも道の駅は煌々と灯がともっていた(提供:パシフィックパワー)

 

噂を聞き集まった周辺の住民は列をなし、のべ800人から1000人が利用しました。睦沢町の停電が解消したのは、9月11日午前9時ごろ。同タウンは、50時間にわたって電力を供給し続けたことになります。当時、町営住宅に入居していたのはまだ6世帯ほどでしたが、この災害時の対応も評判となり、現在は33戸すべてが予約でいっぱいになっています。

 



停電時に道の駅でシャワーを利用する人々(提供:パシフィックパワー)

 

◆独立した電力システム    

むつざわスマートウェルネスタウンの特徴は、周辺地域に天然ガスを含んだ水が自噴していることです。そこで、水から抜き出したガスを燃料として発電し、さらにその際に生じる廃熱を回収して供給する「コジェネシステム」を導入しました。設備は2台で、1台につき最大80キロワットの出力があります。それにより、電力と温熱を地域資源で賄うエネルギーの地産地消を実現しています。

施設には太陽光発電や太陽熱温水器など、自然エネルギー設備も併設。天然ガスを抜いた後の水は温度が低いものの、温泉成分が含まれるためガスや太陽熱温水器によって温め、温浴施設で使用されます。



ガスコジェネシステムで温められた温水をパイプで提供する

 

電気については、通常時は東京電力パワーグリッド(東京電力ホールディングスグループの一般送配電事業者)の送電線から電気を供給していますが、地下に自営の配電網を引いてあり、非常時には独立して電気を供給できるようになっています。自営線を地中化した理由は、「新しく整備する街には電線のない景観がいい」という町長の意向が反映されたからです。電柱が倒れる災害を想定していたわけではありませんが、結果的に台風被害にも対応できることを証明しました。


町営住宅の地中に張り巡らされた電線

一連の施設を機能させる上で重要になるのが、電力や温水の需給調整です。この部分は、町と民間企業11社が出資して設立した「CHIBAむつざわエナジー」という地域新電力会社が担っています。


◆衰退する自治体への危機感

今回は災害対応の点で注目されたCHIBAむつざわエナジーですが、もともと地域の発電所の電気を地域の電力会社が運営し、その収益を地域に還元する仕組みづくりをめざして取り組んでいました。同社は、2016年の10月に電力小売事業を開始して以降、睦沢町内各地に電力を供給してきました。

設立当初は公共施設への電力供給が中心でしたが、現在では地域貢献をめざす同社の趣旨に賛同した地元企業の契約も増えています。そして収益の一部は、地元施設への健康器具の寄贈に使われました。さらに今後は移住促進や路線バスなどの公共交通への支援に活かそうと検討されています。

CHIBAむつざわエナジーに出資した民間企業のほとんどは地元の会社ですが、ただひとつ、東京に拠点を置く会社があります。それが、自治体と共同で新電力会社の設立や運営支援を手掛けているパシフィックパワーという会社です。事業の背景には、地域衰退への危機感がありました。同社の親会社であるパシフィックコンサルタンツは、これまで自治体から発注を受けて公共事業などを手がけてきました。しかし、人口減少などの影響で自治体が疲弊する状況に、このままではいけないと危機感を感じたと言います。



道の駅の屋根に設置された太陽光発電パネル(提供:パシフィックパワー)

 

そこで電力小売事業を営むパシフィックパワーを通じ、地域のための新電力会社を一緒につくろうと全国の自治体に働きかけました。電気代などで地域外に出てしまうお金を地域内に循環させ、持続可能なまちづくりを進める試みです。

◆カギを握る地元の主体性

パシフィックパワーと連携して地域新電力会社をつくった自治体は、睦沢町のほか、福島県相馬市、熊本県小国町などすでに全国11カ所にのぼります。さらに現在も複数の自治体から相談を受けているとのこと。パシフィックパワーの中川貴裕さんは言います。

「事業を全部任せてもらう方が、われわれとしては利益が出るかもしれません。でもこの事業には地元の主体性が欠かせません。需給調整は専門的なノウハウが必要なので私たちが担当しますが、地元には地元にしかできないことが必ずあります。ともに協力して地域を盛り上げていきたいと考えています」


ガスコジェネシステムとパシフィックパワーの中川貴裕さん

 

防災拠点を設置する際の課題は、イニシャルコストの大きさです。睦沢町のように、新しくエリアを整備して独立電源や自営線などを設けると、イニシャルコストはどうしても高騰します。むつざわスマートウェルネスタウンの場合は、総費用2.5億円のうち大部分は国や町の補助金でまかなったものの、残りをCHIBAむつざわエナジーで拠出しました。そのため、資金調達の体制づくりも重要となります。

また、設備をつくった後のランニングコストも気をつけなければなりません。同タウンでは、電線の地中化などによりメンテナンスにあまりコストがかからないようになっています。イニシャルコストは別としても、維持費を独立してまかなえる仕組みをつくることが、持続可能な施設になるポイントになってきそうです。

◆蓄電池ありきで考えない

睦沢町では、停電時に道の駅で携帯電話の充電、トイレ、シャワーなどのサービスを提供できたことが注目されました。その後、他の自治体からの視察も相次いでいます。他の自治体が同様の防災拠点をつくろうとする場合は、何を参考にしたらいいのでしょうか。

考えられるのは、独立した電源と大型蓄電池を組み合わせて電力を自給することです。実際、すでにその方向で設置を進めている自治体もあります。しかし、京都大学の安田陽特任教授は「防災目的であっても、安くなっているとはいえまだコストが高い蓄電池の選択が有効かは疑問」と、安易な蓄電池の導入に警鐘を鳴らします。



むつざわスマートウェルネスタウンの防災倉庫(左奥)と防災広場

 

投じるコスト(費用)に対して得られるもの(便益)が見合うかどうか計算することを、「費用便益分析」と言います。安田教授は、「日本ではエネルギーや災害対策の費用便益分析があまり進んでいないため、誤った優先順位のもとに国や自治体の予算が投入されている可能性がある」と指摘、他のよりコストの安い手段を検討せずに、電気優先で考えて蓄電池を導入することは合理的ではないと言います。

 

確かに、今回注目された携帯電話の充電、トイレ、シャワーなどは、大型蓄電池がなければできないサービスとは言えません。携帯電話の充電なら太陽光パネルやポータブル充電器があれば可能になります。トイレは電池式や簡易式のものを備えることができるでしょう。シャワーやお風呂は、電気がなくてもコストの安い太陽熱温水器を活用すればお湯が使えます。東日本大震災では、寒い東北でも温かいお湯が使えたという実績もあります。電気が必要な場合でも、防災拠点に電源車を優先して配置するという選択肢も忘れてはいけません。いずれも大型の蓄電池を入れるより安上がりです。


安田教授は、睦沢町のケースから学ぶべきことは蓄電池の導入ではなく、分散型の電源からの電気を地域内に供給する制御システム(マイクログリッド)を地域で構築して運用していたことだと言います。

 


停電時にシャワーの無料提供を知らせる張り紙(提供:パシフィックパワー)

 

「睦沢町のように、エネルギーの需給調整を地域で、自前で管理できるようにするには適切に設計された制御(コントロール)システムが必要です。それが地域主導でできれば地域に雇用が生まれ、災害時にも高い対応力を発揮できるようになります。重要なのはハードでなくソフト、『ものづくり』だけでなく『しくみづくり』です」

災害が多発するようになった今、ある程度の確率で長期的な停電が起きるのは避けられません。そうであれば、非常時を想定した上で、最小のコストで最大の成果を生む防災対策を準備することが、災害に強いまちづくりにつながります。費用対効果を踏まえて優先順位を考慮し、その地域に合った対策を検討することが重要ではないでしょうか。

 

◆お知らせ:エネ経会議の新刊が出版されました!

エネ経会議が新しい書籍「エネルギーから経済を考える②実践編」を出版しました。ご当地エネルギーリポートでも取り上げている数々の取り組みも登場しています。詳しい内容はこちらをご覧ください