皆様には、沢山の「いいね」を押していただき有難うございます。

私も、必ず皆様のブログにおじゃましてブログを拝読させていただいてるのですが、なぜかブログに「いいね」がなくなっていたり、「読み込み取得に失敗しました」というような注意書きがあって、「いいね」が押せなくなってしまいます。

 

また、「いいね」を押したはずなのに、次に確認をすると「いいね」が押されていなかったりと…

本当に時間ばかりが費やされてしまい困っています。

そんなこともあり、皆さまへのご訪問が遅れてしまい申し訳ございません。

 

さて、そんな中、ある日突然に私の過去ブログ「「餌やり禁止の悪しき都市伝説」という記事に対して、何十件という批判コメントが入ってきました。

 

キチンと私の記事を読んでいただければ、私の意図が理解していただけるはずなのですが、とにかく「野良猫は迷惑」「餌をやるから増える」「野良猫に財産を侵害された」「お前は愛誤だ」「人の迷惑を考えろ」と汚い言葉を連ね…しまいには「猫は殺して当然」 「捕獲して…”冷たくなっているけど(殺す)」と、猫を虐殺することが自分の勝利のようなことが書かれていました。

 

このような犯罪的な書き込みは“削除”致しました。

 

このような精神的異常者も必ずいることは承知しております。

「相模原障害者施設殺傷事件」という戦後まれにみる凶悪事件がありましたね。

“植松聖”という犯人は

「障害者は生きる価値がない」

「障害者がいなくなればいい」

という理由で、罪のない人達を殺害しました。

 

本当に、この世の中から消えて欲しいのは“植松聖”みたいな自己中心的な気●いなのですが…

本当に、生きる価値がないのは“植松聖”みたいな気●いです。

 

専門家は「弱い立場の障害者を差別し、極めて強い憎しみを抱いていた」と犯人のことを分析しています。

 

言葉が話せない、無抵抗な猫達を「殺して当然」と思う輩も、植松聖同様に自己中心的な考えの卑怯者の気●いですね。

そもそも、猫を迷惑と言う前に、自分は世の中に迷惑をかけていないのでしょうか?

何か人のために働いているのでしょうか?

 

膨大な嫌がらせコメントを書く時間があれば、「働け!」と言いたいところです。

とはいえ、猫を相手に被害面(猫より弱い)する人間など使うところもないでしょうけど。

 

この画像の猫は、我が家で保護したキキの兄弟猫です。

この町内の方々は、この猫が倒れていても無視し続けていました。

この子に餌を与えていたお婆さんは、みんなから非難を浴びせられていました。

このK町内の人間は、やせ細った病気の猫が死んでも当然のような態度でした。

 

このように、弱い者をさらに痛めつける人間

弱者が苦しむ姿を見ても何とも思わない人間

…そんな腐った人間も沢山いますね。

 

弱い立場の者にしか攻撃出来ない人間は、実は卑怯者の小心者で社会から相手にされない人間なのです。

自分の主張したいことがあれば、自分でブログを立ちあげて言いたいことを書いたらよろしいのではないでしょうか。

人のブログのコメント欄に、グダグダ不満を書き連ねるよりも、スッキリすると思うのです。

 

今日は、前回の続きを書きたかったのですが、

ちょっと、最近あった不快なことを書かせていただきました。

前回の「つづき」は、タイムリーというべきか、「餌やり」について書くつもりでした。

またまた、膨大な嫌がらせコメントが入りそうなので、しばらくコメント欄を閉じようかと思っています。

 

もし、何かメーッセージがあれば、私のメール蘭の方へコメントを入れてくださいませ。

宜しくお願い致します。

私は今、娘のところに手伝いに行っていますので、お返事が遅れると思いますがご容赦くださいませ。

1月の中旬に、庭に季節外れのつるバラが咲いていました。

嫌な出来事が続いていましたが、この薔薇の花で

気持ちが救われる思いでした。

 

 

いつも、拙い長文にお付き合いくださいまして有難うございます。

<m(__)m>