王国の釼 後編 | 台本、雑記置場

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王国の釼 後編


CAST


・ロクス
貧しい貴族の家系の騎士。元の名を捨て実力のみで騎士団の中核に成り上がり、
黒騎士の称号と祝福を受ける。生まれ育った祖国のために戦う騎士。


・ティアナ
ギルハルト王国で孤児院を運営するシスター。貧しいギルハルトには身寄りのない
子供が多く、孤児院にその身を寄せている。


・アウグスト
ギルハルト王国の国王。貧しい国を存続させるために他国への侵略を企てる。
野心というより、国民を守る事を第一にした結果の侵攻に踏み出す。


・オイゲン(前編にて死亡)
ギルハルト王国の若き大臣にして参謀。侵攻に出ようとする王をいさめ、
国の宝であるブルーダイヤを交易に使い国を栄えさせようと建策するが、
ロクスと共にルインス王国の罠に落ち、ロクスを逃がし戦死する。


・バロル
新興国ルインスの若き国王。国の繁栄のためには手段をいとわない男。


・ジャミル
ルインス王国の女騎士。残虐な作戦を好んで行う戦闘狂。


・ゼリク
ルインス王国の騎士。ジャミルの双子の弟。崩れた言葉を使い血を好む。
姉と同じく残忍な性格。


・フリント
ゼリクの副官。ゼリクとは対照的に冷静な青年騎士。上官であるゼリクに
忠誠を誓い、尽き従う。


・少女
ギルハルトの少女。


・門番
ギルハルトの門番


・語り


~劇中表記~
ロクス:♂:
ティアナ/少女:♀:
アウグスト/バロル:♂:
ジャミル:♀:
ゼリク:♂:
フリント/門番:♂:
語り:不問:


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


語り:オイゲンはルインスの騎士ジャミルの手によって無念の死を遂げた。
  だが彼はロクスに望みをたくし、その身をおとりに最後の策を成功させる。
  ジャミルは謁見の間に戻り、一連の出来事をバロルに報告するのであった。
バロル:ほほう。黒騎士を取り逃がしたと…?しくじったな、ジャミル。
ジャミル:申し訳ございません、バロル様。
バロル:ふん、小賢しい大臣の策にはまるとは、いささか油断したのではないか?
ジャミル:返す言葉もございません、どのような罰もお受けいたします。
バロル:ロクスが国に戻れば厄介なことになる。しかし、山中を潜み進む人間を
  探し出すのは難しかろう。全く面倒なことよ。…よし、ジャミル。
  お前は麾下(きか)の騎兵のみを率いて駆けに駆けよ。
ジャミル:ははっ、ギルハルトを急襲するのですね。
バロル:ゼリクはロクスは死んだものと思い動いているはずだ。そこに隙がでる。
  お前はすぐにギルハルトに向かい、ゼリクと合流せよ。
ジャミル:必ずや、黒騎士よりも先にギルハルトを滅ぼしてご覧に入れます。
バロル:うむ。街道を騎馬で駆ければ、山中を進むロクスの先回りもできよう。
  決してやつに後れを取るな。ゆけ、ジャミル。
ジャミル:はっ、この失態、必ずや挽回いたします。
語り:拝礼(はいれい)し、背を向けて歩きだしたジャミル。その背中にバロルは
  氷のように冷たい声で語りかけた。
バロル:ジャミル……次はないぞ。
ジャミル:…はい、バロル様。


語り:謁見の間を出たジャミルは、すぐに騎馬隊を集めてギルハルトに向かった。
  馬上の騎士は、屈辱に身を震わせていた。
ジャミル:おのれ、オイゲン!おのれ、ロクス!絶対に許さないよ……。
  このあたしのメンツをつぶした事、後悔させてやるよ!黒騎士…、楽には
  殺さないよ…。全軍遅いぞ、もっと駆けよ!目指すはギルハルトだ!


語り:一方、夜の闇に潜み行軍していたゼリクの隊も、朝を迎えると一気に
  進軍の足を早めた。目指すギルハルトはすでに目前である。部隊には、
  ギルハルトの旗が揺らめいている。先に兵糧を輸送していた部隊を襲い、
  奪ったものであった。
フリント:ゼリク様、ギルハルトが見えてまいりました。
ゼリク:ようし。殺したネズミどもから奪った旗を前に立てろ。連中が気づく前に
  一気に城門を突破するぞ。
フリント:うまくいくでしょうか?我らは輸送隊にしては規模が大きすぎます。
  すんなりと城門をあけるとは思いません。
ゼリク:ばぁ~か、多けりゃあ少なくすればいいだろうが。俺が先に行く。
  さっさと城門を越えたら門番を全員殺して、門は開けっ放しにしておく。
  お前は残りを率いて適当に入って来い。
フリント:はぁ。かしこまりました。
ゼリク:ああ?俺の策が不満かぁ?いいか?今あの国は大臣と騎士のトップが
  不在、今頃ねーさんに殺されている。あとはおかざりの王様がいるだけだ。
  ちょろい策でも簡単に決まる。んじゃあ、行ってきますかねぇ。はあ!


語り:ギルハルトの旗を掲げた一部隊を率いて、ゼリクがギルハルト王国の
  城門まで駆ける。閉ざされた城門の上から、門番がゼリクを誰何(すいか)
  した。
門番:そこの騎馬隊、止まれ!報告を受けていないぞ、誰の隊だ?
ゼリク:え~っとぉ、ぼくたちぃ、大臣様に言われて兵糧を持ってきましたー。
  われわれはぁ~先遣隊であります~!
門番:確かにそれはわが軍の旗……。ふむ、しばし待て。
ゼリク:えーっとあの~、あれ、オイ、オイ……なんだっけ?あの大臣……?
  ん?あ、オイゲン!オイゲン様の使いです!
門番:オイゲン様の……おお、では講和が成り立ったのか!
ゼリク:そうなのデス。だから通して。
門番:よし、門を開けよ!これで民が飢えずに済むぞ、よかった。
ゼリク:じゃ、お邪魔しますよっと。


語り:門番たちが巨大な門を開くと、ゼリクは城壁まで駆けた。合図の布を
  城壁から垂らし、フリントの部隊を呼びこんだ。  

門番:むっ?何をしている?それに向こうの隊はなんだ?
ゼリク:くっくっく……本当によかった。あんたの言う通りだ。これで、飢えずに
  済みますよ。あんたも国民も、だいたい皆、ここで死ぬんだからな。
門番:なっ?貴様一体……ぐはっ!
ゼリク:はっ、雑魚どもが。おらおらぁ、城門が開いたぞ!いけー!工房を残して
  全部焼き払え!くそさみい雪の王国をせいぜいあっためてやろーじゃねーか!
  殺せ!奪え!はっはー!


語り:ゼリクの騎馬隊が城門を破り、街になだれこんでいく。道行く民を切り捨て、
  家屋を焼き払い、王国はあっという間に火の手に包まれていった。負傷した
  騎士が、王の間に駆け込んだ。
アウグスト:なに、ルインス王国が攻めてきただと!?城門を突破されたのか!?
  ……わが軍の旗を持っていただと…?…オイゲン、ロクス……。すまぬ、
  私はお前たちを、みすみす死地に追いやってしまったのか。…民を守る!
  ロクスがいない以上、私が騎士団を指揮するしかない。全軍、続け!

ゼリク:ねぇねぇキミ。かわいいねぇ。俺といいことしない?
少女:あ、ああ……助けて、ください……。
ゼリク:ああ、声もとっても素敵だ。悲しいなぁ、こんな出会い方なんて…
少女:いや、こないで!こっちにこないで!
ゼリク:熱い愛の言葉、嬉しいよ。俺も愛してる。君を壊してしまうかもしれない
  ほどに、情熱的にね。そう、こうして……はあ!
少女:きゃああ!……あ、どう、して……
ゼリク:ひゃっはは、いーねぇ。やっぱ好きだわ、真っ白い雪に流れる血……。
  たまんねぇな。あー、たのし。
フリント:ゼリク様!王城よりギルハルトの部隊が参ります!
ゼリク:ふん、おっせぇな~。ビンボーな国は動きもとろいのか?まあいい。
  迎え撃つぞ。全軍を集めろ。ん?あれは……


語り:街全体で暴れ回っていた騎馬隊に合図を送り、隊伍(たいご)を組んだ
  ゼリクが、大きく目を見開いた。迎撃に来たギルハルト軍の旗には、金の
  刺繍があしらってあったのだ。王族だけが許された旗である。
ゼリク:わぁ~お、ありゃあアウグスト国王陛下じゃねーか。はっは!
  この戦の一番手柄が向こうから来やがった。ツキが回ってきたぜ!
アウグスト:ルインスの騎士団よ、これ以上の暴虐はこの私が許さぬ!
ゼリク:はははぁっ!弱小王国が調子に乗るなよ!ルインスの戦を見せてやるぜ!
  おまえら、続けぇ!
アウグスト:敵は勢いにのって攻めかかってくるぞ!魚鱗(ぎょりん)の陣形で
  勢いを殺して止めろ!地の利は我らにある!
ゼリク:おっ、素早い陣形。やるじゃない、王様ぁ。おもしれぇ!突撃すんぞ!
フリント:全軍、突撃!

語り:守りの陣を組むアウグストの軍を、ゼリクの部隊が攻めたてていく。
  アウグストは劣勢を強いられながらも、地形を利用してなんとか攻撃を
  持ちこたえていた。しかし、そこにジャミルの騎馬隊が現れた。
   アウグストの本隊目掛け、騎馬隊はまっすぐに突っ込んでいった。
ジャミル:ゼリク!その手柄はあたしがもらうよ!はあああっ!
ゼリク:あれ、ねーさん?もう来たの?ってか、なんか怒ってる?
ジャミル:だまんな!さっさと側面援護しないか!
ゼリク:しゃーないなぁ、もう。はぁ、俺ってば姉思い。姉さんの騎馬隊を
  援護する。いくぞ!
アウグスト:むう、新手だと!?おのれ!


語り:ゼリクの部隊に向け守りを固めていたギルハルト軍の背後より、

  回りこんだ騎馬隊が一気に押し寄せる。陣形を変えようとしたアウグストの軍を

  ゼリクがけん制し動きを封じた。動きの取れない軍が、ジャミルの騎馬隊

  次々と蹴散らされていった。
ジャミル:ゴミどもがぁ!群れるんじゃないよ!死にな!
アウグスト:おのれルインス!部隊が散り散りに……。くっ、わが意地を見よ!
ジャミル:はっ!国王様がご立派に剣を抜いたってこわかないね!てぇい!
アウグスト:むうん!


語り:ジャミルとアウグストが武器をぶつけて馬をはせ違う。向き直る隙を与えず、
  ゼリクがアウグストの真横に駆け込み切り込んだ。

ゼリク:はいはい王様~?あんたの相手はこっちですよー?おらぁ!
アウグスト:うぐっ、おのれ!
ジャミル:貰ったよ!はあぁ!
アウグスト:ぐほっ……!?
フリント:アウグストが落馬したぞ、捕えろ!
アウグスト:くっ、不覚……。全軍、ひけぇ!王城に籠るのだ!
ジャミル:おっと動くな!ギルハルトの連中はおとなしくしな。
ゼリク:動いたり逃げたりしたら、王様殺しちゃうぜ~?
アウグスト:ぐう、皆!逃げるのだ!がふっ!
ジャミル:あんたは黙ってな!……さて、ゼリク、さっさとやっちゃうよ。
ゼリク:へ?ここで殺すの?まだまだ使えるのに、生け捕りにしなくていいワケ?
ジャミル:黒騎士がこっちに向かってるんだよ。混乱に乗じて国王を取り返され
  たりする前に、殺しちまうに限る。
ゼリク:あっれ~?姉さんドジった?しょうがないなぁ…でも城門破ったのは
  俺だし、やりたいようにさせて貰うぜ。


語り:そういうとゼリクはアウグストの頭を踏みつけ高らかに笑った。

ゼリク:あっははは!ねぇ王様ぁ。国民のために、ここで命乞いしてよ。
アウグスト:どこまで、このアウグストを愚弄する気だ!?
ゼリク:出来ないの?でも命乞いしないと……こういう風になるよぉ!


語り:ゼリクがアウグストの身を案じて、遠巻きに行く末を見守っていた民に
  ナイフを投げつけた。胸にナイフを受けた一人がその場に崩れ落ちていく。
ゼリク:みぃんな死んじゃうよ?あんたが命乞いしたら、こいつらはルインスの
  奴隷として飼ってやるぜ?どうする?
アウグスト:ぐう……。
ジャミル:ふふ、趣味が悪いよ。ゼリク。しょうがない子。むっ?


語り:不意に、ギルハルト王国に強い風が吹いた。降り積もった雪を舞い上げる
  ようにして吹いた風の奥から、黒い影が飛び込んでくる。騎士、ロクス。
  単身山を越えたロクスが、ルインスの騎馬隊の中を走り抜ける。立ち塞がる
  敵をものともせずに、全身に傷を受けながら、ロクスは切り進んでいく。

ロクス:アウグスト様!
アウグスト:ロクス、来たか!私はよい、騎士団を指揮せよ!
ロクス:なにをっ……
ジャミル:黒騎士が来るよ!ゼリク、さっさと国王を殺しな!フリント!
  あんたはあの黒騎士を止めろ!
フリント:ははっ!全軍円陣を組め!黒騎士を近づけるな!
ロクス:道をあけろぉ!うおおおっ!
ゼリク:おいおい、うちの騎士どもがドンドン切られていくぞ…。あいつ、
  なんでしなねーんだよ。こりゃあ、やべーかも。
アウグスト:全軍、今だ!ロクスに続けぇ!
ジャミル:なっ、貴様!自分がどうなるかわかっているのかい!?
  ゼリク!さっさとそのうるさい国王やれ!
ゼリク:ああもう、めんどくせぇ!死ね!
アウグスト:ぐはっ!ぐう、よいか皆の者!このアウグストはもはやここで死ぬ
  運命だ!ごほっ、この国の全てをロクスにゆだねる!ギルハルトの騎士よ、
 ロクスに続け!我が国を守るのだ!


語り:アウグストの声に、立ち尽くしていた騎士団が動きだす。ロクスに続き、
  ルインスの軍を二つに立ち割っていく。叫ぶアウグストの背に、ゼリクは
  何度も剣を突き立てた。

ゼリク:黙れ、クソ野郎!この!このぉ!
ロクス:アウグスト様ぁ!
ジャミル:ちぃ!勢いが違い過ぎる。全軍一端散れ!まとまった敵の部隊を避け、
  街を襲え!荒すだけ荒して、敵が分散したところで城を占領する。
  ゼリク、もういい、もうそいつは助かんないさ。いくよ!
ゼリク:ぺっ、クソ国王が。ようやく死んだか。へいへい、いきますか。
  へへ、奪い尽くしてやるぜ~。略奪開始だ、こっからが腕の見せ所よ!
ロクス:むっ、散ったか?街を襲う気か、おのれ!逃がすな!小隊ごとに分かれて
  敵を討伐せよ!城門を固めるのだ!強い部隊には複数の隊であたれ!
  
語り:ルインスの騎士団が四方八方に散っていく。街全体を食い荒らすような
  略奪行為がはじまった。ロクスは、急いでアウグストのもとへ駆け寄った。
  真っ赤な雪の中心に倒れ込んだアウグストの上半身を抱きあげ、語り掛ける。
  アウグストには、まだかすかに息があった。
ロクス:アウグスト様!すぐに血止めをいたします、どうか……!
アウグスト:ロクス…許せ、私は、お前と、オイゲンを……危険な、国に……
ロクス:アウグスト様、喋ってはいけません。すぐに王城へ…
アウグスト:ロクス、よ。民を、守れ。私には、聞こえるぞ。民の悲鳴が……
  声に、答えよ……。お前は、民を、守るた、め……に……
ロクス:アウグスト様!しかし……

アウグスト:街を、守れ……。あとは、ロクス……お前、に……

語り:かすかに微笑んだアウグストの首が力なく下を向いた。まばたきひとつ
  しない顔に、静かに雪が積もっていく。
ロクス:アウグスト様ー!……私がふがいないばかりに、国王様を戦場に…。
  私は、私は……!…国を、国を守らねば。私の使命は、まだ終わっていない!


語り:全身に傷を受けたロクスが、再び立ち上がる。王の身体をマントで包み、
  剣を手に、王の遺命を受け戦場と化した街へと駆け去っていく。
  街のいたるところで火の手があがり、叫び声が交錯した。ティアナは
  燃え盛る孤児院から子供たちを逃がして、王城に向けて走っていた。
  その背後に、複数の騎馬隊が迫っていた。
ティアナ:皆、急いでお城に逃げるのよ!振り返っちゃダメ!きっとすぐに
  ロクス様がいらっしゃってくれるわ。だから、今は逃げて!
ゼリク:ガキと美女はっけ~ん。姉さん、こいつらでどう?
ジャミル:はっ、さすがにこういうのは目端がきくじゃないか、ゼリク。
ティアナ:下がって!皆、こっちに。私の後ろに隠れて!  
フリント:この者らを人質に?
ジャミル:ああ、こいつらを人質に王城を占拠するよ。連れていけ!
ティアナ:離して!せめて子供たちだけでも……
ジャミル:いいから来な!うるさい女だね!
ティアナ:きゃあ!
ゼリク:あー姉さん。イイ女なんだから、顔はダメだよぉ?大丈夫?へっへ。
ティアナ:こないで!…ロクス様……助けて……。
ジャミル:よし、王城へ向かうよ!そこで騎士団共相手にガキを人質に

  降伏勧告といこうじゃないか。踏みつぶすより、ずっと楽に済むさね。


語り:孤児たちを捕らたジャミルたちは、城に駆け込んだ。街を守るために主力は
  出払っていた城内にわずかにいた守備隊は、ジャミルとゼリクに蹴散らされ
  城は二人の部隊の手に落ちた。城を占拠した二人は、街を見渡せるバルコニー
  に人質を引き出した。
ジャミル:ギルハルト軍に告ぐ。貴様らの国王はすでになく、王族も城も我が手に
  落ちた!このまま降伏するならばそれでよし。城に乗りこんでくるというので
  あれば、王族も人質も全員殺す!
ゼリク:時間はやれねぇぜ?武器を捨てな!…むっ、黒騎士、来たな。
ロクス:ティアナー!くっ、街を焼き払ったのは策か!非道な……。貴様ら、
  どこまでも卑怯な真似を!それでも騎士か!
ゼリク:へっ、なにが騎士だよ。笑わせるな!
ティアナ:ロクス様!子供たちを、守り切れなかった……申し訳ありません!
ジャミル:うん?こいつら知り合いかい?こりゃあいい。ねえ、黒騎士?武器を
  捨てな。さもないと、こいつを殺すよ?
ロクス:くそ……どうすれば……
ゼリク:早くしろ。それとも血を見ないとわかんないかなぁ、黒騎士くんは。
ロクス:おのれ……。
ティアナ:ロクス様!だめぇ!


語り:ティアナの首に剣を突きつけられ、ロクスは武器をその場に捨てた。
  ロクスに従っていた騎士たちも、王族の人質を目にして戦意を失っていく。
  それを見たジャミルは満足そうにうなずくと、ゼリクとフリントに部下を
  率いて下に向かわせた。

ゼリク:へへへっ、イイざまだなぁ、ロクスちゃん。
フリント:大人しくしてください。皆の者、投降した騎士団を全員捕えろ!
ジャミル:捕える必要はないよ、全員殺せ。
フリント:し、しかし……。
ゼリク:へへっ、殺せだったよ。ロクス。あきらめな。
ロクス:ティアナ……どうか、無事で。
ティアナ:ロクス様、ダメ!皆、逃げて!
ジャミル:なにっ!こいつ、暴れるな!


語り:手に縄をうたれたティアナが、ジャミルに思い切り身体をぶつけ
  押さえつける。手薄になったバルコニーから、人質が一斉に逃げ出した。
  すぐに態勢をたてなおしたジャミルが、舌打ちをしてティアナを切りつけた。
ジャミル:ちっ、やってくれんじゃないのさ。おら!
ティアナ:ぐっ、あ…う……
ロクス:ティアナー!ジャミル、やめろぉ!
ジャミル:おおっと安心しな黒騎士、殺しはしないよ。あんたらが大人しく

  していれば、せいぜい動けない程度にいたぶるだけで許して…なっ…?


語り:視界の片隅に、王族に手を引かれ奥へと逃げてゆく子供たちを見届けた
  ティアナが、バルコニーの手すりに立つ。血にまみれた顔で、ロクスに
  向けてそっと微笑んだ。

ティアナ:ロクス様……。なんとか子供たちを逃がすことが出来ました。
  私にもほんの一瞬だけ、あの子達を守ることが出来ました。もうこれ以上
  私がここにいては、ロクス様の邪魔になってしまいます。
  ロクス様……この国を、守ってください。これから先もずうっと、あの子達を
  守ってください。私は……一度でも思いを遂げられて、幸せでした。
  さようなら。どうか、あなたは生きてくださいませ。


語り:ティアナが、バルコニーから身を投げた。空中を舞ったティアナの身体が
  ほんの一瞬空を飛び、そして、地に落ちていく。その後を追うように、
  ティアナの切られた傷口から流れ出した血が地面に降り注ぐ。赤い雨が、
  白い雪の中でひときわ鮮やかに弧を描いた。地面に何かがぶつかる音を、
  ロクスは立ち尽くしたまま聞いた。目の前に、ティアナの身体があった。
  赤い雨が、ロクスの頬を濡らした。
ロクス:ティアナ……うそ、だろう……。


語り:膝をおったロクス。手を伸ばす。ティアナはすでに息をしていなかった。
  折れ曲がった身体と赤い海に沈む頭。その顔は、小さく微笑んだまま。
  開いていたティアナの目を、ロクスはそっと手で閉じた。
ゼリク:あーもう、姉さん何やってんのさ、人質死なせたり逃がしたり。
ジャミル:ゼリク!さっさと黒騎士を殺せ!
ゼリク:はいはい、フリント!やっちまえ!
フリント:はっ!……えっ?うっ!?


語り:剣を手にロクスに向かったフリントの身体が、真っ二つに両断された。
  剣を手にしたロクスが、うつろな目でゼリクの前にたつ。
ロクス:貴様らが……。
ゼリク:あーあ、その副官、気にいってたんだけどなぁ。この代償は高くつくぜ?
  黒騎士さんよ。おらぁぁぁ!
ロクス:貴様らさえ、いなければ……!
ゼリク:死にな!


語り:切り込んだゼリクに、声もあげず応戦するロクス。ぶつかりあった
  二人の間に、剣をにぎったままのゼリクの両腕が落ちた。
ゼリク:あ、あああああっ!?俺の、俺の腕がぁぁぁ!?
ジャミル:ゼリク!?待ってな、すぐ行く!
ロクス:殺す。……お前たちは、絶対に殺す。
ゼリク:ま、ままま待ってくれよ、なぁ、手の傷を、治療して…おい、おい!?
  聞いてるのか黒騎士、おい!うわあああ!?
ジャミル:ゼリク!


語り:ジャミルが駆けつけた目の前で、ゼリクの首が宙を舞った。激昂した
  ジャミルが、ロクスに切りかかっていく。
ジャミル:黒騎士、貴様ぁぁぁ!
ロクス:消えろ。

語り:剣を振りあげて地を蹴るジャミル。だがその剣を振り降ろすうことさえ

  ないまま、間合いをつめたロクスの一撃に胴を切り払われた。
ジャミル:うっ、お、おのれぇ!この…まだまだぁ!
ロクス:死ね。

語り:腹部から血を流し、それでも向かって来るジャミルの首を、ロクスの剣が
  一閃した。ジャミルの首が地面を転がり、なくした首を探すように身体が
  倒れ込んだ。指揮官の相次ぐ死に、ルインスの騎士たちは戦意を失っていた。
  ギルハルトの騎士団が投降するルインスの騎士を捕らえていく。
  ロクスは、雪の止まない空を見上げた。


ロクス:オイゲン様は……血の流れない道を掴もうと命をかけた。その結果が、
  これだというのか?オイゲン様、国の未来を思った我らの選んだ道は、
  間違っていたのでしょうか?
   ……アウグスト様。私は、期待に応えることさえ出来なかった。
  アウグスト様の危機に、何一つ力になって差し上げられなかった……。
   ティアナ……。君を、守れなかった……!私は、キミに……もう一度、
  名を呼んで、欲しかった……。
   何もかも、奪われた。臣も、王も、誇りも、この想いさえも……!
  私はどうすればいい。……民よ、ギルハルトの民よ。子供たちよ。
  まだ、終わっていない。血の流れない道を世界が拒むというのであれば……
  私は、全てを奪い尽くしてでも、この国を守って見せる!奪うことでしか
  生きられないこの国を!全てを我が手で掴み、奪い尽くしてやる!
   もう二度と……何も手放さない。ティアナ……さようなら。


語り:黒騎士ロクス。彼が率いる黒騎士団はルインスを滅ぼし、その牙を周辺の
  国々にまで伸ばしていった。全ては、ギルハルトの民のため。
   ロクスの戦いの日々が、幕をあける。奪うことでしか生きられない、
  貧しい国の命運を一身に背負った騎士の長い戦いが、今始まろうとしていた。


・・・


終わり