王国の釼 前編
CAST
・ロクス
貧しい貴族の家系の騎士。元の名を捨て実力のみで騎士団の中核に成り上がり、
黒騎士の称号と祝福を受ける。生まれ育った祖国のために戦う騎士。
・ティアナ
ギルハルト王国で孤児院を運営するシスター。貧しいギルハルトには身寄りのない
子供が多く、孤児院にその身を寄せている。
・アウグスト
ギルハルト王国の国王。貧しい国を存続させるために他国への侵略を企てる。
野心というより、国民を守る事を第一にした結果の侵攻に踏み出す。
・オイゲン
ギルハルト王国の若き大臣にして参謀。侵攻に出ようとする王をいさめ、
国の宝であるブルーダイヤを交易に使い国を栄えさせようと建策する。
・バロル
新興国ルインスの若き国王。国の繁栄のためには手段をいとわない男。
・ジャミル
ルインス王国の女騎士。残虐な作戦を好んで行う戦闘狂。
・ゼリク
ルインス王国の騎士。ジャミルの双子の弟。崩れた言葉を使い血を好む。
姉と同じく残忍な性格。
・語り
~劇中表記~
ロクス:♂:
ティアナ:♀:
アウグスト:♂:
オイゲン:♂:
バロル:♂:
ジャミル:♀:
ゼリク:♂:
語り:不問:
~7人ver~
ロクス:♂:
ティアナ:♀:
アウグスト、バロル:♂:
オイゲン:♂:
ジャミル:♀:
ゼリク:♂:
語り:不問:
~6人ver~
ロクス:♂:
ティアナ、ジャミル:♀:
アウグスト、バロル:♂:
オイゲン:♂:
ゼリク:♂:
語り:不問:
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
語り:風。冷たい風が大地を走る。ギルハルト王国は1年の大半を雪の中で過ごす
気候の厳しい国であった。厳しい寒さはこの地に住む人と人々が育む作物が
生きる事を容易には許さない。重厚な白い雪に閉ざされた世界。
その雪をけたてて一騎の騎馬が駆ける。
騎士、ロクス。
これは、数奇な運命をたどる、ひとりの男の物語。
ロクス:ティアナ、私だ。ロクスだ。門をあけてくれ。
SE:門が開く
ティアナ:まあ、ロクス様。ようこそおいでくださいました。こんな時間に
めずらしいのですね。
ロクス:孤児たちの間で病が流行っていると聞いてな。ここは寒い。孤児院の中が
冷えてしまう。入ってもよいか?
ティアナ:ええ、もちろんですわ。
ロクス:ふう…。今日も冷える。今年は一段と寒さが厳しいな。子供たちは
寒い思いをしていないだろうか?
ティアナ:この間ロクス様がお金を出してくれて、孤児院には暖炉も出来ました。
子供たちは寒がってはいますが、前よりもずっと良いですわ。
ロクス:そうか、良かった。では、これを。
ティアナ:これは…薬草ですか?
ロクス:ああ。知っておろう、我が国の若き大臣であるオイゲン様に頼み、
遠方の国の薬草を仕入れて貰った。あらゆる病に効くという話だ。
これを煎じて(せんじて)子供たちに飲ませてやってくれ。
ティアナ:こんな高価なものを…。
ロクス:良い。子は等しく国の宝だ。何よりも守らねばならない。
ティアナ:それでも、ロクス様はいつも私財を投じて子供たちのために尽くして
下さっています。これ以上のほどこしを受けるわけには…
ロクス:ほどこしなどと。騎士が国のために働いているだけのことだ。
…なに、私よりもティアナのほうが苦労をすることになる。
ティアナ:どういうことですか?
ロクス:この薬草はな。大層苦いらしい。子供たちに飲ませる苦労は並大抵の
事ではないだろう。その役目を私はティアナに命じよう。さあ、受け取れ。
ティアナ:それは苦労しそうですわね。…ありがとうございます、ロクス様。
その役目、喜んで全ういたしますわ。
ロクス:感謝する。さて、では俺はもう行くよ。
ティアナ:え?子供たちには会って行かれないのですか?
ロクス:昼過ぎに登城(とじょう)するようにと国王陛下より仰せつかっている。
今、子らにあっては昼までに帰らせてはくれまい。
ティアナ:みな、ロクス様に遊んで貰いたくて仕方がないですからね。
では、お勤めいってらっしゃいませ。
ロクス:また夜に寄ろう。皆によろしくいっておいてくれ。では。
語り:元々貧しい国であったギルハルトには、孤児が絶えなかった。ティアナの
住まう孤児院は、常に子供たちが腹をすかせ、寒さに震えて暮らしている。
子は国の宝。その信念のもと、ロクスは足しげく孤児院に通い、支援し
続けていた。
没落した貴族の家系であったロクスはその剣の腕で出世し、今では軍を
預かるまでになっていた。国の内政を司るオイゲンと、軍を統治するロクス。
王の元に集った二人の英知が王城の奥に呼ばれたのであった。
オイゲン:国王様、それだけはなりません!
語り:王の執務室に向かう中、ロクスはオイゲンの大音声(だいおんじょう)を
耳にする。冷静で物静かなオイゲンには似つかわしくない声であった。
ロクス:失礼いたします、騎士ロクス、ただ今参りました。オイゲン様、声が
執務室の外まで響いております。一体いかがなさいました?
アウグスト:来たか、ロクス。入れ。
ロクス:ははっ。
オイゲン:国王様、早まってはなりません。そのような道、決して国の取るべき
方法ではありません。このオイゲン、かような行動は御止めいたしますぞ。
ロクス:オイゲン様、一体どうされたのです?
オイゲン:ロクス、お前の考えも聴きたい。国の大事だ。
ロクス:…穏やかではありませんな。
アウグスト:この度訪れた雪の猛威についてだ。作物は育たず、我が国の食糧庫は
もはやその蓄えを失いつつある。
ロクス:それほどに…。
アウグスト:この死の雪の中、強きギルハルトの民は屈せずとも、作物を育む事は
容易ではない。このままではこれより来たる冬を越せぬ。そこで私は決意した。
ロクス:決意、と申しますと?
アウグスト:他国を攻める。豊かな国を奪い、我が領地とし、そこで我が国の
臣民を豊かに住まわすのだ。このままでは国は自壊してゆくであろう。
滅びがはじまってしまう、その前に打って出るのだ。
ロクス:このままでは、滅び…。
オイゲン:今必要なことは侵略などではありません!ひとたび戦を起こせば、
どれほどの人間が犠牲になるとお思いですか!?民を守るために、民や騎士に
死ねと、そう命じるのですか!?
アウグスト:このまま滅びゆく道を、私は国民に強いる事は出来ぬ。
オイゲン:死か戦いか。それだけなのですか?違うはずです!道はほかにも
ありましょう。作れぬのであれば奪う。そのような理はございません!
ロクス、君はどう思う?
ロクス:…登城の前に、孤児院に寄ってまいりました。孤児院では、孤児たちは
腹をすかせ、寒さで震え、病に倒れ…。国王様のおっしゃる通り、この冬を
越すのは苦しいかもしれません。
もし冬を越せたところで、豊かになる見込みもございません。民や子を
守るために、豊かな土地があれば…。何度となく、願ったことでございます。
オイゲン:ロクス!君まで何をいう!
ロクス:オイゲン様。民は、子供たちは飢え、苦しみ、疲れ果てています。
…私は、どんな方法でも、彼らを救ってあげたい。
アウグスト:軍の頂点にいるお前がそういってくれるのであれば、心強い。
ならば騎士ロクスに命ずる…
オイゲン:お待ちください!
アウグスト:オイゲン…お前はこの国の現状をどうみるのだ。
オイゲン:…外交を。今すぐに私を使者にお立て下さい。見事、国に冬を越せる
だけの食糧を手に入れてまいりましょう。
ロクス:オイゲン様、いかにオイゲン様であっても、我が国の惨状をしる諸国から
食糧を手に入れるなどということは不可能です。豊かな国々は、いつも我が
ギルハルトの苦境をただ見ているだけではないですか。
オイゲン:ブルーダイアを私にお預けください。
アウグスト:ブルーダイアを…?
オイゲン:この厳しき雪の世界が作り出す結晶。解けない宝玉。我がギルハルトの
至宝にして年にわずかしか取れない奇跡の石。あれが有れば、他国との外交を
進める事が出来ます。
アウグスト:ならん!我が国の宝をみすみすほかの国に渡せるものか!
オイゲン:確かにブルーダイアは我が国の宝、しかし!真の宝は民であり子であり、
国の未来でございます。ブルーダイアなど国の未来に比べれば、ただの石に
過ぎません。
アウグスト:むう…。
オイゲン:このオイゲン、その石を預かり国の未来を手にして御覧に入れましょう。
この冬さえ凌げれば、私は次の冬までに雪の中でも生きる作物の種子を仕入れて
ご覧にいれましょう。どうか、国の未来を血に染めるようなことはしないで
くださいませ…。
ロクス:未来を血に染める…。
オイゲン:ロクス、一度でも血に染まった道を作ってしまえば、子供たちもその
道を歩むことになるのだ。侵略は、決してしてはいけない。
ロクス:オイゲン様…。
アウグスト:…オイゲン、交渉はそれでも難しかろう。我が国の窮地を敵に知らせて
やるようなものでもある。危険な賭けだということ、わかっているのか?
オイゲン:重々承知しております。しかし、戦よりも傷のつかない策です。
剣を取るのは、すべての道が閉ざされた時でしょう。今はまだ我らにとりうる
道はいくつもあると考えます。
アウグスト:お前がそこまで言うのであれば、ブルーダイアをお前に託そう。
オイゲン:ははっ、ありがとうございます。
アウグスト:しかし、どの国へ向かう?隣国レウスは豊かな国だが閉鎖的だ。
我が国との交渉も何度も断られているぞ。
オイゲン:南の新興国、ルインスへ。
ロクス:ルインス…。近年台頭してきた軍事国家ですか。
オイゲン:今最も勢いのある国だ。だがその勢いゆえに他国からは敬遠されている。
我が国は貧しいとはいえ伝統ある国。こちらから手を尽くせば交渉の席につか
せることも可能であろう。
ロクス:交渉するには危険過ぎる相手である、と考えます。
オイゲン:私もそう思う。だが、他国も皆そう思っている。国としてルインスは
孤立しかけているのだ。他国との外交は、示威という意味でルインスに大きな
利益が出る。
アウグスト:だがそれは逆に、諸国にはルインスと我らが組んだと見受けられる
事になるのだぞ。あの国は戦を重ねている、恨みも多く買っているぞ?
オイゲン:侵攻をすれば我が国も同じ道を辿ります。ご安心を。ルインスと組む
事を進言したのはこのオイゲン。この盟約が不利になったときは、この首を
はね、他国にけじめとされてください。
アウグスト:命を捨てるのか?オイゲン。それも不名誉な死でだ。
オイゲン:このオイゲン、剣をとることは出来ません。血で汚れる代わりに、
この名と身、どのようによごそうとも後悔はありません。すべてはギルハルト
王国のために。
アウグスト:…そこまでの覚悟か。ならばオイゲン、全てをお前に任せるとしよう。
この国の未来、見事その手で開いてみせよ。
オイゲン:かしこまりました。支度をし、明日にはたとうと思います。
アウグスト:ふむ。黒騎士団の一隊をお前に預けよう。
オイゲン:必要ありません。騎馬隊を率いていけば諸国にもルインスにも警戒
されましょう。わが身1つで行く所存でございます。
アウグスト:むう…。しかし一人でなど…
オイゲン:目立たぬよう、旅人の姿で参りましょう。この雪深い土地、そうそう
旅人1人見とがめられはしません。
ロクス:いえ、オイゲン様。私も参りましょう。
オイゲン:ロクス?
ロクス:国王様の決定が出たのであれば、今、国の命運を預かるのはオイゲン様
です。単身、危険な場所に向かわせるわけにはいきませぬ。しかし、軍が
動けば国も手薄になり、諸国にも警戒されます。ここは私がオイゲン様を
身に代えてもお守りいたしましょう。
オイゲン:ロクス、この道中は危険だ。君は国を守れ。
ロクス:危険な橋も渡りきれば勝ちです。その勝算はオイゲン様の中にあります。
私はその賭けにかけたい。どうか共にお連れください。
アウグスト:ロクス、その覚悟見事。オイゲンと共に我が国の命運、変えてみよ。
ロクス:ははっ!
オイゲン:しかし…
アウグスト:戦も賭け。外交も賭け。我が国の置かれた状況はあまりに厳しい。
そうは思わぬか、ロクス。オイゲン。しかし、命を懸けて国のために働こうと
してくれる者たちがいる。私はその者たちにも報いたいのだ。国の事はこの
私が直々に見る。心配いたすな。
オイゲン:…お心遣い、胸が張り裂ける思いです。必ずや…必ずや我が国の未来、
この手で持ち帰って見せます。
語り:執務室を後にすると、オイゲンとロクスはその日のうちに使いを出し、
ルインスとの交渉の準備に取り掛かった。オイゲンとの打ち合わせを済ませる
と、明日の出立を前に、ロクスは身支度も程々に孤児院へと向かった。
ティアナ:ロクス様!ようこそおいでくだされました。ロクス様に命じられた
役目、きちんと果たしましたわ。
ロクス:そうか。ティアナ、ありがとう。大義であったな。
ティアナ:いいえ、そんな。ロクス様こそ、こんなに遅くまでお城の勤め、
大変ですのね。ご無理はなされないでくださいね。
ロクス:そのことだがな。
語り:ひとつ間を置くと、ロクスは今日城であったことをティアナに丁寧に
説明したのであった。
ロクス:戦争か、外交か。オイゲン様は国の未来を血で汚さない道を選びたいと
おっしゃった。私もそう思う。そしてその外交に命を懸けてのぞみたい。
…数日はここにも来れなくなる。交渉の進み具合によっては、ひと月以上
来れぬかもしれん。命を失うこともある。
ティアナ:私には、国事や国政はわかりません。ですが、ロクス様もオイゲン様も、
国を良く支えてくださっていることは理解しているつもりです。どうか、
道中お気を付けて…。…ここも、寂しくなります。……私も…。
ロクス:ティアナ…。私にもしもの事があれば、我が家の財産はすべてこの孤児院に
回したいのだが。
ティアナ:そんな…。おやめください、そんな事考えたくもありません。
ロクス:しかし、危険な事だ。これからも国の危機の前には、私が身命をなげうつ
事も多くなるだろう。君と、子供たちが心配だ。せめて残せるものは残したい。
ティアナ:…ですが。
ロクス:言うべきか、悩んだ。しかし、悔いは残したくない。ティアナ。
私の妻となって欲しいのだ。
ティアナ:え…。それは…。
ロクス:孤児院に私の財が流れる事を、我が一族の者も納得する形が必要なのだ。
それには私の婚礼が一番話も速い。妻と妻が育てる孤児たちのためという
名目があれば、一族も異を挟めまい。名ばかりのものでよい。私の家に名を
連ねてくれないだろうか?
ティアナ:…ロクス様は、冷たいお人ですね。冷たいのに、どこまでも優しい。
…けれど…、女心は全くわかってくださらないのですね。
ロクス:…私は。
ティアナ:騎士の勤めの中、毎日この孤児院に通い子供たちを守ってくださる
あなた様の事を、私がどう思っているか…。お考えくださったことは1度でも
ありますか?私はいつも、ロクス様を見ていました。けれど、ロクス様は
私だけを見て下さることなど一瞬も無かった。それでも、良かった。
それなのに…。
ロクス:ティアナ…。
ティアナ:それなのに、今度は孤児院のために名ばかりの婚姻などと…。
ロクス様のお心遣いは人として、限りなく優しいです。ですが、貴方を想う
女の身には、その言葉はあまりにも残酷です。
ロクス:残酷なことは、承知の上だ。私はな、ティアナ。国の未来を背負う事を
誓った時、己を捨てた。恋だの愛だのという気持ちは、国事を背負う身には
不要なのだ。それでも…今の危機を脱したあかつきには、君と共に花開く
庭園を二人で歩きたい。捨てきれぬ思いを、君にだけは見せたい。
…本当になんとも思わぬ相手に婚姻を迫れるほどには、わが心は凍っていない。
ティアナ:ロクス様…。
ロクス:ロクスと呼んでくれ。
ティアナ:そんな、恐れ多い…
ロクス:婚姻を受けてくれるのであれば…返事として、そう呼んでくれ。
ティアナ:……ロクス。
ロクス:ティアナ、ありがとう。
語り:ランプが映し出した黒く伸びた二つ影。その影がそっと触れ合い、そして
重なる。永遠のようなほんの一瞬、その影は空間を泳いだ。
朝日がランプの作り出した影を消し去り、新たな影を生む。ロクスは鎧を
着け剣を履き(はき)、出立に備えた。
ティアナ:ロクス様…。無事のお戻りをお待ちしておりますわ。
ロクス:それまで子供たちを頼んだぞ、ティアナ。それと…
ティアナ:いかがなさいましたか?
ロクス:私の事はロクスと呼べ。
ティアナ:そんな…。すぐには、その…出来ません。
ロクス:あまり従順になりすぎなくてよい、窮屈になるぞ。戻ったら、名を
呼んでくれ。それを楽しみに私は国を発とう。
語り:ロクスはティアナの髪を1度撫で、馬に乗りオイゲンと共に南のルインスへ
と向かったのであった。一方ルインスでは、オイゲンの使いから手紙を受けた
国王バロルと二人の騎士の姿があった。
ジャミル:バロル様、失礼いたしますわ。
ゼリク:バロル様ぁ、さっきのアレ、なんです?
バロル:来たかジャミル。ゼリク。我が国の繁栄を見込んで、ギルハルトの
飢えたネズミどもが、食い物を寄越せと言いに来るという事だ。
ゼリク:はっ!なんすかそれは。なめやがってよぉ…。さっきの使者、殺さなくて
いいんです~?
バロル:はやるな、ゼリク。どうもねずみは手土産くらいは持ってくるらしい。
ジャミル:手土産と申しますと?
バロル:ブルーダイア。噂に聞いたことがあるがな。
ジャミル:雪に磨かれし青き結晶。その石でとぎあげた剣はどんなつるぎよりも
切れるという噂の?
バロル:その通り。その噂が虚か実か判断はつかぬが…一見の価値はあろう?
ゼリク:いいっすねぇ!ギルハルトっつったら雪の国じゃあないですか。
好きなんですよね、真っ白い雪に流れる血。
ジャミル:あんたは気が早いんだよゼリク。黙りな。
ゼリク:ねえさん、俺たちゃ今や飛ぶ鳥落とすってやつだぜ、じっとしてるのは
性にあわねぇよ。
ジャミル:その鳥がお宝持ってくるっていうんだ。せいぜいお行儀よくして
いようじゃないのさ。探して奪うよりもよっぽど楽さね。
バロル:そういうことだ。ブルーダイアのうわさが本物であれば奪う。だが
まずは真贋を確かめてみてからだ。明日には正式な使者が来る。少しの間は
待つとしよう。
ゼリク:へーへー!そうでございますかよっと。早く戦になんねーかなぁ~。
ジャミル:口が過ぎると明日の謁見に立ち会えないよ、ゼリク。いいのかい?
ゼリク:はいはい、かしこまりましたよっと。
語り:翌日。オイゲンとロクスがルインス王国に到着すると、すぐさま謁見の間に
通された。
バロル:ギルハルトの使者よ、遠路はるばるご苦労であった。
オイゲン:ルインス王国バロル様、お会いできて光栄でございます、わたくしは
ギルハルト王国の大臣、オイゲンと申します。こちらに控えたるは騎士ロクス
という者です。我々は…
ゼリク:ふわぁ~あ…。
バロル:前口上はよい。時が惜しい、本題に入ろうではないかオイゲンとやら。
オイゲン:…はっ。この度我がギルハルトは、ルインス王国との交易を申し入れ
たく存じます。
バロル:使いより話しも聴いている。まずはブルーダイアを確かめたい。
オイゲン:ほんの一部ですが、これに。
ジャミル:一部…。どういうことさね?出し惜しみは感心しないよ?
ロクス:(…なんだ、この騎士どもは)
オイゲン:荷は順次運びこみましょう。我らの役目は交渉の成立。ご理解下さい。
バロル:ふむ、これがブルーダイアか…。ジャミル!ゼリク!
語り:ブルーダイアを受け取ったバロルは、おもむろに傍らに控えていた二人の
騎士にブルーダイアを放り投げる。その刹那、二人の騎士は腰の剣を抜き
払い、両側よりブルーダイアに剣をぶつけた。その剣は1本は折れ、もう
1本は大きなヒビが入っていた。ブルーダイアには傷一つない。
ジャミル:こいつぁ驚いた。あたしの剣が形無しだ。
ゼリク:おいおい、鉄鋼を練り合わせた業物だぜ?こりゃあすげーや。
ロクス:…速い。
オイゲン:…何をなさいますか?バロル王。
バロル:交渉品の品定めをしたまでの事よ。しかし、なかなかのものだな。
貴国はこれをどれほど蓄えているのか。
オイゲン:通常の作りの倉にて3つ分はございます。また、毎年わずかではあり
ますが生成されております。もっとも、我が国の者しか生成は出来ません。
バロル:それは誠かな?
オイゲン:雪の吹きすさぶ風の結晶。他所のものにはたやすくは作れませんぞ。
バロル:なかなかに言う。それで、これを交易にあて貴国が望む食糧は
いかほどのものか。
オイゲン:国民がこの冬を過ごせるだけのものがあれば…。
バロル:ブルーダイアをすべて。それで貴国が1年暮らせる食糧をだそう。
オイゲン:ブルーダイアをすべては出せません。その条件であらば、4分の1を
お譲りいたします。一季節を凌ぐ食糧を頂きたく存じます。
バロル:すべては渡せぬという事か。
ゼリク:なぁなぁ、どうせまた飢えるんだろぉ?全部寄越して、もらえるだけ
くいもんもってけよ。
オイゲン:我が身命にとして、次の冬を乗り越える策もねります。貴国にただ
食糧を頂きすぎては申し訳が立ちません。
バロル:…まあよい。我が国は戦続きではあるが幸い食糧には困っていない。
そのうえブルーダイアは武具に最適な鉱物だ。その取引、受けようではないか。
オイゲン:速やかなるご英断、ありがとうございます。
バロル:これで交渉は成立だな。食糧を貴公らがその目で選びもってゆけ。
早速運んできたブルーダイアはこちらに入れて貰おうか。
オイゲン:…かしこまりました、そのように合図を送り手配いたします。
バロル:あくまで手の内は明かさぬか。まあよい、強行軍であっただろう。
宿舎を用意させてある、今宵はゆるりと休むがよい。ジャミル、案内を。
ジャミル:はい。さあ、二人ともこちらへ。
語り:オイゲンとロクス、そしてジャミルが出ていく。それを見届けると、
バロルは静かな声でゼリクに言った。
バロル:ゼリク…。手筈通りにやれ。お前は国のほうだ。
ゼリク:生成がどうのこうのと言ってましたが、ブルーダイアはどうします?
バロル:構わん。職人や技術者とおぼしき者は殺さず捕えろ。どこかに工房でも
あるのであろう、抑えておけ。
ゼリク:ほかは?
バロル:好きにしろ。
ゼリク:ふうん、ほんとに俺の好きにしちまっていいんです?
バロル:あの小賢しい大臣を片づけた後、ジャミルもそちらに回す。
それまではせいぜい姉のいない所ではねをのばすがいい。
ゼリク:あっはは!さっすがバロル様は話がわかる。んじゃあまあ、お言葉に
あまえちゃいましょうかねぇ~!
バロル:わかっているとは思うが。それに見合う手柄は立てよ。いいな?
ゼリク:くっくっく…。こりゃあ楽しくなってきた。騎士ゼリク、承知つかまつり
ましたよっと。あっちでバロル様をお迎えする準備をしておきますよ。
くくく、はっははははは!
語り:その頃、宿舎では…
ジャミル:こちらですわ。どうぞ。
オイゲン:ありがとうございます。ええと…
ジャミル:ルインスの騎士、ジャミルと申しますわ。オイゲン様。
オイゲン:ジャミル殿か、その名、覚えておきます。では…
ロクス:失礼します。
ジャミル:ギルハルトの騎士ロクス。
ロクス:…何か?
ジャミル:随分と腕が立つそうだねぇ、噂はかねがね。「黒騎士ロクス」ってね。
いつか一緒に遊んでみたいもんだ。
ロクス:…ご冗談を。失礼。
・・・
オイゲン:ルインス王国…。噂以上だな。
ロクス:しかしオイゲン様、首尾よく食糧を得る事は出来そうですね。
オイゲン:…許可は得た。一部の食糧はすでに早馬を使い、人も雇って
運びはじめて貰っている。
ロクス:なぜそのような事を?
オイゲン:どうにも読めぬ。ブルーダイアを兵器としてしか見ていない事や、
生成法にまで話が及ぶ事からしても…。私は大きなミスをしたのかも
しれぬ。相手を見誤ったという気がしてならぬ。
ロクス:…危険な国ではあるでしょう。しかし、だからこそ瞬く間に話が
まとまった、という見方も出来ます。平和な国家ではありえない速さです。
オイゲン:それだけではないかもしれぬ。…とにかく、今宵はこの宿舎で
過ごすのは危険かもしれん。すでに監視もついていよう。日が暮れると
同時に闇にまぎれてここを出よう。急ぎギルハルトに戻るのだ。
ロクス:かしこまりました、道中の護衛はお任せを。
語り:日が傾き、夜の闇が宿舎を覆う頃、ロクスとオイゲンは食糧を運ぶわずかな
輸送隊を連れて、密かに宿舎を抜け出し、山間の道を駆けたのであった。
ほどなくして背後より赤い光…。オイゲンの読みは正しく、その赤い光は
先ほどまでいた宿舎の燃えさかる炎であった。
オイゲン:…やはりか。
ロクス:信じられません…。国家間の交易がなりたったばかりだというのに、
その国の重臣を殺そうなどと。
オイゲン:奪うことでしか生きられぬ。我が国とルインスは同じかもしれん。
だからこそ、分かり合えると思った…。ロクス、許せ。私の考えは甘すぎた。
ロクス:いえ。オイゲン様の策がなる事が、最も血の流れない道でありました。
無念です…。ここまでする相手です、追撃もあるでしょう。急ぎギルハルトへ。
ジャミル:おやおやつれないねぇ。もう帰っちゃうのかい?オイゲン様、
それに黒騎士ロクス。
ロクス:…すでに囲まれていた、か。不覚。
ジャミル:はん、少々知恵を絞った所で、ここはあたしらの庭だよ?逃げられると
思ったのかい?
オイゲン:ルインスとギルハルトは置かれた立場も近い。なぜ歩み寄る事を
拒んだ?バロル様は何を考えている?
ジャミル:ぬるいんだよ、あんたらは!欲しいものは奪う。邪魔なものは殺す。
それだけの事だろ。まぁ、飢えて痩せ細った連中にはわからないかもねぇ。
牙を失った犬っころはそのまま死んじまいな!
ロクス:牙が無いかどうか、確かめてみるのだな。
オイゲン:よせ、ロクス!君だけでも囲みを越え、急ぎギルハルトに戻るのだ!
ルインスは必ずや攻めて来よう。戦の準備をせねばならぬ。
ロクス:しかし、すでに囲まれています!
オイゲン:私が先頭に立ち、食糧を運ぶものたちを囮にしよう。その間に行け。
ロクス:なにを…!ぐっ!?
オイゲン:今国に必要なものは、策をあやまった大臣ではない。強い騎士だ。
君は生きて国に戻るのだ。皆の者!これより包囲を突破する、私に続け!
ジャミル:むっ、力ずくで包囲を破ろうってかい。案外強攻な手段もとれるじゃ
ないかい。お前たち、一人も逃がすんじゃあないよ!
語り:オイゲンに剣の柄尻で強く打たれたロクスが、闇の中地面に倒れ込む。
オイゲンが先頭にたち、輸送隊は駆け出す。ギルハルト王国とは
真逆の方向に駆け出した輸送隊に、ジャミルは一瞬反応が遅れる。逃げ切れる
と踏んだ輸送隊に勢いがついた。慌ててジャミルは騎士を率いて後を追って
ゆく。騎士たちが去ったあと、ロクスは闇の中を起き上がった。
ロクス:オイゲン様…どうか、ご無事で。……帰らねば。ギルハルトへ。
語り:深い闇の中、赤い光を背に一人の騎士が去ってゆく。その頃、輸送隊と
それを追った騎士たちは激しくぶつかりあっていた。輸送隊にまともに戦える
者などなく、それは一方的な虐殺でしかなかった。
オイゲン:ここまでだ!皆の者、もはや逃げ道はない。投降するのだ!命を
粗末にしてはならん!
ジャミル:…投降?それを許すと思って?
オイゲン:このオイゲンの首はくれてやる。だが、隊の者の命は保証して欲しい。
ジャミル:あらあら、随分と都合の良い話しね。暴れるだけ暴れて殺さないで
下さいってかい?
オイゲン:捕虜に対する処遇も国としての姿勢であろう。少しでもルインスの
汚名を濯ぐ(そそぐ)機会を設けたまで。そのうえでの頼みだ。
ジャミル:はん、わからない人ねぇ、大臣様?あたしらにゃ汚名の1つや2つ、
今更どうってことないんだよ!
オイゲン:私は貴国の利を語っているのだ。国に仕える騎士であらば、せめて
国王の意を確かめてみては如何か(いかがか)?バロル様は聡明な方で
あると見受けた。この利も理解できよう。
ジャミル:利だのなんだのまどろっこしいんだよ。あたしはね。ここにバロル様
から任されて来ているんだ。バロル様の名前を語って言いたいこと言うのは
感心しないね。…殺せ!
オイゲン:…ふう、これ以上は時間は稼げないか。
ジャミル:…何を言って…。むっ、黒騎士はどうした!?どこだい!
オイゲン:さあて、今頃はお前の後ろで機会をうかがっているかもしれないな。
ジャミル:なんだと…?
オイゲン:ロクスほどの男、この山道で木々に紛れ背後をとるのは簡単だ。
輸送隊に手をだせば、お前の身が危ないぞ。
ジャミル:…第1部隊、森の後方を見てこい!ほかの者は抜刀!警戒を怠るな。
オイゲン:私がなぜこんな回りくどい事をしたか…。考えなかったようだな。
ジャミル:無駄な抵抗を…。
語り:不意に強い風が吹く。ガサガサと木の揺れる音、その1つ1つにジャミルは
気を取られる。オイゲンの策にはまりいないロクスを警戒し、輸送隊と騎士達
がにらみ合う。空が白み始めたころ、後方に送っていた部隊より連絡が入る。
ジャミル:異常は無いだと?…きっちりと背後をあらったんだろうね?
黒騎士の奇襲なんざごめんだよ?
オイゲン:ふ、ふふふ…はっはははは!
ジャミル:何がおかしい?
オイゲン:ロクスならばとうにギルハルトに戻っていよう。騎士ジャミル、お前は
いないロクスに怯えて我が前で何も出来ず立っていたに過ぎん。己の無能さを
恥じるがいい!
ジャミル:貴様…小賢しい!はかったな!全員切り捨てろ!!
語り:明け始めた山の片隅で、何本もの白刃が舞う。騎士たちが去った後には、
切り裂かれた何人もの男たちが倒れ込んでいた。大きな木を背に、その胸を
貫かれたオイゲンが横たわっていた。
オイゲン:ロクス…時は、稼いだ…。後は、君に…。アウグスト様…、
血の流れない未来を…開けなかった…、お許し、を…。
ギルハルトに、平和と、えいこ、う…を……。
語り:朝日が射し込む。その光にオイゲンは腕を伸ばした。視界が暗くなる。
太陽を掴んだかのような錯覚。この光とぬくもりを、ギルハルトへ。
オイゲンの最後の願いは、彼の伸ばした腕とともに地面に落ち、消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続く
参加しています。よろしければクリックお願いします!