Cycling Wonder

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プレスポで行く神奈川の道

■横浜カースト
YouTubeで面白い動画を見た。
それは「あなたはどこに住んでますか?」と聞かれた時、神奈川県民はどう答えるかと言う内容だった。
横浜市内に住んでいる人は全員「横浜です」と答える。
しかし、相模原市や藤沢市以西になると、皆「神奈川です」となる。
鎌倉在住も「鎌倉」と答える。
全国的に有名な横浜や鎌倉に住む人は、自分の所属を近い自治体で表すのに対し、ちょっと知名度に自信がない人は「神奈川県」で表すというのだ。

神奈川県内では「横浜市」は特別という意識が強いのだろう。
さらに、横浜市といっても範囲は広く横浜市内にも“区”による序列がある(らしい)。
この横浜市内にある18の“区”についての序列のことを「横浜カースト」と呼んでいる。
これは主張する人の主観に大きく依存するので定性的に決まったことではないし、あくまで与太話のレベルであるから、あまり真剣に追及してもしょうがない。(話のタネと思って良いレベルのことなのでランクが低いからと言って怒らないように)

↓まず、神奈川県のカースト図が以下です。


↓横浜市の区割り

18区あります。戸塚区が大きすぎるというので泉区・戸塚区・栄区の3つに分割されました。
戸塚区の評価は変わりませんが、泉・栄区の評価は芳しくない。
 

↓これは不動産屋が集めた街の声による横浜市の序列

↓2022年の地価ランキング

イメージでは最下位争いの泉区がなんで11位なのかと思ったら...ソラトスだった。

↓土地のイメージを決める要因として交通アクセスは重要です

栄区が冴えないのは区内に駅が1つしかないから(路線も1つ)

泉区は2路線あり藤沢市の湘南台駅が近いし、戸塚駅も近い。

利便性は良いのだが、畑が多いのでイメージが悪い。

●トコペコが考えた横浜カースト
Googleで検索すると似たような図が現れるのですが、どうも納得できないので書き直しました。
泉区在住の私が考える横浜カーストを以下に示す。


ピラミッドをイメージしていて最上が横浜を代表する区であり、下層に行くほど「なんで横浜と言うんだよ」という感じです。
どうでしょう。ちょっと下層は自虐的です。

中区と西区のツートップは誰に聞いても疑いなく理解されるでしょう。
この2区を中心に同心円のように広がっていくのが横浜市ということです。
横浜市中心部からの遠さで言えば、青葉・都築・緑区と、瀬谷・泉・栄区は同じなんですが、人々の印象では違いが出ます。
ですが、横浜市民と言う観点では、北西部の区はやっぱり東京都の影響が強く“横浜の衣を被った東京都民”である。
「横浜を何故名乗る?」と言う意味では瀬谷・泉・栄区と変わらない。
自転車で走り回っていた頃、中原街道(K45)沿いをよく走ったけど、道路は異常に立派で広く、家々は坂に建つ。
もともと人も住まない原野を開発して人工的な街が出来たことがモロ分かりだ。
そんな土地に住んで喜ぶのは上京者だけでしょう。私は全く魅力を感じなかったね。

■泉区ゆめヶ丘再開発
肩身の狭い泉区の中でもゆめヶ丘と下飯田は、相鉄線と市営地下鉄の駅が隣接する好立地にも拘らず、とても「ヨコハマ」とは言い難い情景が広がっていた。
駅前なのに少しの家が建つほかは農地と未利用地が広がり、店舗の一つも見当たらない。あるのはスバルの販売店だけという寂しい土地であった。

↓相鉄線ゆめヶ丘駅は評判が良いのだが、駅前が...



横浜市は両駅が開業する前の1993(平成5)年に「いずみ田園文化都市構想」という計画を打ち出し、沿線一帯での大規模な土地開発を検討していたようですが、とにかく未開発の土地が広すぎてどこから手を付けるべきか迷っている間に市の財政状況や経済環境の悪化もあって停滞。
2020年代に入ってやっと区画整理事業が実現したということです。
その象徴として、相鉄線ゆめが丘駅と市営地下鉄下飯田駅の間を中心としたエリアに大型商業施設の建設事業が実現したのです。
事業の中核をなす大規模集客施設(ショッピングモール)の名称が「ソラトス」であり、今年(2024年)7月にオープンする予定とのこと。
これが出来たからと言って泉区のステータスが上がるかと言うと、全く影響ないと思うけれど、前よりは便利になるでしょう。
一般の住民より不動産屋が注目している土地です。

 

↓地図(緑と茶色が多い)



■ソラトスの概要
開発の主体は、事業の推進に携わってきた相鉄グループの不動産関連会社である相鉄アーバンクリエイツなどが担当する。
施設は、ゆめが丘駅に直結し、下飯田駅も“目の前”になる。
ちなみに完成は今年2024年の7月と言われているけど、正確な開業日時は近くなってからご自分で確かめてくださいね。

↓ソラトスの外観予想図

↓館内イメージ

↓2階プロムナードイメージ


ゆめが丘駅と下飯田駅の間に建つ2棟がメイン。
施設の屋上には約3000枚の太陽光パネルを設置し年間電気使用量を節約する計画。

本館となる4階建ての「ソラトス1」には、スーパー「そうてつローゼン」、飲食店街の「SORATOS DINING(ソラトスダイニング)」、フードコート「FOOD STATION(フードステーション)」に加え、シネマコンプレックス「109シネマズ」が出店を予定。

アミューズメント店舗の「ASOBLE(アソブル)」やアウトドアグッズの「WILD-1(ワイルドワン)」に加え、「TSUTAYA BOOKSTORE(ツタヤブックストア)」や「無印良品」、「GU」「ユニクロ」といった有名店も入る。
本館屋上の4階には「そうにゃんぱーく・そらの広場にゃん」と名付けられた約3000平方メートルの遊具広場も用意される。

上部を駐車場として使う別館的な「ソラトス2」の1階には家電量販店「ヤマダデンキ」が入り、2棟あわせて総店舗数は約130店におよぶ。
下飯田の駅前にはバスなども乗り入れができる広場が完成しつつあり、その先に「ソラトス2」が建つ予定。

環状4号線(K18:鎌倉街道)が並走しているため、車でのアクセスもよく、泉区内だけでなく隣接する藤沢市内や瀬谷、戸塚、栄区内などからも集客が見込まれ公開後の駐車場渋滞が心配される。
相鉄では鉄道利用者以外では車で20分の範囲を一次商圏として想定しているそうで、現時点で初年度の売上は年間200億円、1000万人来場との目標を掲げている。

また、商業施設以外でも病院や賃貸住宅の建設も計画されている。

■ストリートビュー(ストビュー)で見比べる開発前と後
ソラトスのことは最近(今年の4月)だったのでGoogleマップで詳しく確認したら、視点の移動によるマップ画像の変化で開発前と後が分かって面白かったので載せてみる。
Googleマップのストビューは面白いです

●ゆめヶ丘駅前
2年前まで何もなかったことが分かるでしょう。今後は環状4号線から車でゆめヶ丘駅が見えにくくなるでしょう。


↓2022年までは環状4号からゆめヶ丘の駅が全部見えた

↓もう今後は見られないだろう



●下飯田駅前
ストビューで分かったのですが、下飯田駅前のロータリーの位置が変わりました。
ソラトス開発前は環状4号線に隣接した場所にロータリーがあったのですが、その土地はダイワハウスが何かを建設する用地に変わり、駅の反対側に「駅前広場」として新たに設けられるようです。但し、現在は接続する道路がソラトスの建設用道路と被るため一般車は入れないのでソラトス開業まで、使えません。
下飯田駅に送迎する場合は環状4号線で乗り降りすることになりますので注意ください。

(民家)
↓2022年は数軒の民家があったのだが...

↓2024年現在はない。


(下飯田駅前ロータリー)
↓2022年まで環状4号と下飯田駅の間にあった。


↓2024年駅の反対側に移動

↓跡地はダイワハウスが何かを作る(マンション?)


■隠れた泉区の魅力紹介
未開の土地、横浜のチベットが少しマシになると言う話なんですが、泉区の隠れた魅力を話します。
なんと、ソラトスの隣りには普通のテント泊が可能なキャンプ場があるのです。
「横浜市内 テント泊 キャンプ場」で検索すると、3箇所あると出てくる。
青葉区の「こどもの国」、金沢区の「野島公園」、栄区の「上郷森の家」です。
ですが、それぞれを詳しく見てみると、テントが常設で持ち込めなかったり、日帰りで宿泊出来なかったり、普通の常設テントでグランピングと言ったりしてまともなものではない。(お金が有り余っている人なら構わないでしょうが、普通のキャンプを経験した人なら無理)

ところが泉区にある「自然館ベリーキャンプ場」は正真正銘の普通のキャンプ場です。
日帰り一時利用と一泊利用が選べて、料金は使用するサイトの大きさにより変わる。
一泊モーニングプラン(18:30 ~ 翌9:30)の場合、最小サイズで\1,500で最大サイズが\2,600、延長料金も設定されているので滞在時間に合わせたプランを組むことも可能。フリーサイトでテントは持ち込み。水は井戸水だが飲料には適さないらしいので通常のキャンプ場と変わらない。
気取りもなく、途中の渋滞も気にせずテント泊キャンプが楽しめる施設が泉区にあるのです。

ソラトスのすぐ隣なので、ソラトスの開業で何か悪い影響が出ないか心配ではある。
興味本位の人が増えるとトラブルが出てきそうな点が心配だ。

↓ゆめヶ丘駅の西隣の緑がキャンプ場です



↓ゆめヶ丘駅からキャンプ場への近道

↓今はキャンプ場とゆめヶ丘駅の間には何もないが続かないだろう



■おまけ(相模国と武蔵国)
話題とはかけ離れてしまうけど、知っておきたいお話。
現在の日本の自治体の区割りは47都道府県ですね。
これは明治になって廃藩置県が行われて決め直されました。
その前はというと江戸時代までは「○○国」と言われていた。始まりは何時なんでしょうか?鎌倉時代より古いかもしれない。

現在の神奈川県は、県の形で言うと四つ足の生き物に見えなくもない。
ボンクラな黒岩知事は、神奈川県議会一般質問で「県の形に着目すると、神奈川県はおしゃれなかわいいイヌ(右を向いたポメラニアン)の形にも見える」と答弁した。
聞き流して構わないが、バンビ(小鹿)のようにも見えなくもない。
形として悪くはないのだが、東京の町田市の食い込みが気になる。
なぜだろう?と思ったら、神奈川県の前の影響だった。
江戸時代までは現在の神奈川県に相当する地域は相模国と武蔵国の一部だったのだ。
結構江戸時代の区割りのまま県に変わった所が多いのだが、東京都の周辺は違うのだ。

車のナンバーで有名な「相模」は「相模国」で現在の横浜市の西側の一部から西全域を含んでいた。
相模国の東側はというと、「武蔵国」でこれが非常に大きくて現在の東京都と埼玉県全域に川崎市と横浜市の大半が含まれた。
東京都と埼玉県の分割は分かりますが、なんで川崎市と横浜市が神奈川県に移されたのかがよく分からない。
言えるのは、「相模国」の形は格好悪い、ということ。
あまりに不格好なので川崎市と横浜市が追加されたようにも思える。

現在は神奈川だが昔の相模国と武蔵国の国境がどうして決まったのか気になる。
町田から江の島に向かって流れる川を「境川」という。
瀬谷区までは境川が県境になっている。まさに境目。
泉区からは丘陵地帯の尾根が国境になった。分水嶺が境界なのだそうだ。

県の名前が武蔵国から譲られた「神奈川」で、県庁があるのは武蔵国だった「横浜市」なのだ。

横浜カーストでどこが一番と騒ごうが、神奈川の支配的立場は、昔の武蔵国の流れを汲む土地だということ
神奈川の大部分を成す「相模国」は従者でしかない。
住んでいるところを聞かれて「神奈川」と答えるのは相模国の住人ばかり、相模国のかたち悪すぎるもんね。
もしも相模国だけだったら「神奈川」にはならなかったね、想像したくないけど「相模県」かな、ちょっと、「うーーん」という感じですね。
「鎌倉県」? 「湘南県」は絶対にないと思う。だって“湘南”を知ったのはサザンが現れたからだもの。明治では無理だよね。
小田原は端っこ過ぎるし、相模原、厚木、藤沢、茅ケ崎では街が小さくて県の中心には相応しくない。

横浜・川崎がなかったら神奈川県の中心が見当たらない。
川崎が「明日から東京都だから」と言われても困らないけど、横浜が「あしたから東京都ね」ってなったら困ってしまうな。

「横浜」に「神奈川」は要らないけど、「神奈川」には「横浜」が必要です。
気前の良い「武蔵国」に感謝します。

それにしても武蔵国はデカかった。

●武蔵国の渡来人
武蔵国の高麗郡と新座(新羅)郡が渡来人に関係あると言われている。
新座郡は、今の朝霞市・和光市・新座市・志木市と東京都保谷市(多摩郡)、練馬区の大泉地域。
1300年前に各地に分散していた朝鮮半島系渡来人たちが、国策として集約化されたということのようです。
(当時の朝鮮半島では三国時代の騒乱状態だったため倭国への影響を考えて警戒した)

現在の日本は移民を推奨しているわけではないものの民族ごとに集まってコミュニティを作っている。
何かと話題になるクルド人は埼玉県の川口に多い。
横浜市の鶴見区も外国人が多いと言われているし、東京都の下町にも中国系が多く住みついている。
泉区のコンビニも外国人の店員さんなしでは大変になっている。
知らず知らずのうちに多民族化が進んでいる。

日本人の特長として、言わないでも分かる「暗黙の了解」(みんなでルールを守る)ということが現在大盛況のインバウンド観光の要因として挙げられるが、これは長年の共通認識のもとに形成されるものなので、外国人には理解出来ない。
共生は可能なのだろうか?外国人の努力次第だと思うが、郷に入っては郷に従えの考えが外国人には理解されない現状では難しいと思わざるを得ない。
近いうちに政治問題の争点になるだろう。
中国人の観光地での振る舞いや、一部のクルド人の暴走などを見ると、「ルールを守る」ということを知らない、理解出来ないからだと思える。
理解出来ない人々に向かって「ルールを守れ」と言っても、それさえ理解出来ないのだから共生は難しいと思う。

左巻きやリベラル(マスコミも含む)は口では立派なことを言うけれど、当事者の問題解決になるようなことは一切やらない、自分の利益の最大化に利用するだけという所がクソなのだ。保守派が何か言うと「差別するな」と文句がうるさい。
今の日本は狂いつつある。


ではでは( ̄□ ̄;)