【追記】ゆづ♡君が代は愛の歌 | 羽生結弦くんにメロメロ♡めろん

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愛しいあなたよ









あなたを愛する気持ちは









例えるなら小さい石が集まり







やがて大きな岩の塊となり









更にそれに苔が覆い尽くすように








何千年も 何万年も








変わらないでしょう








こんにちは

静かに感動しているめろんです。





この詩は

「君が代」の現代語訳なんです。








愛しいあなたよ

あなたを愛する気持ちは

例えるなら小さい石が集まり

やがて大きな岩の塊となり

更にそれに苔が覆い尽くすように

何千年も 何万年も

変わらないでしょう





そのままの歌詞だと難しくて深く意味を考えずに歌っていました。


でも私たちの国の国家は愛の歌だったんです。







あの時も








あの時も





ゆづは愛の歌を歌ってた
本人は違う気持ちでいただろうけど





世の中には沢山の愛の歌があって


どれが好き?なんて言われても1つに絞れないくらい好きな曲もいっぱいある



もちろん好きな異性を想う曲が多いけど



友達に送った歌だったり


家族にあてた歌だったり



世界中が愛の歌で溢れてる




同じ歌でも聴く時の自分の気持ちによって違う受け止め方になるけど




今の私は何を聴いてもあなたのことを…








ソチで落ちて初めて生で見に行ったワールドのEX








それまでに何度も何度も見た旧ロミジュリに体の震えが止まらなかった










それまでも廃人のように毎日ネットで情報、画像集めて動画見て完璧に堕ちてたけど



更に深みにはまって



アイスショーに行きまくった



ゆづに会うために…






あれからずっとあなたを追いかけて



切なくて切なくて




頭がおかしいんじゃないかと思ってた




毎日毎日 来る日も来る日も





想ってる




例えばそれは君が代の歌詞のように





大きくなり優しさで包まれるように




ずっとずっと







大好きです






【追記】

みなさん、コメントいっぱいありがとうございます。

テーマが国歌なのでもう一度調べてみました。


そして見つけたのがこの記事



【君が代の本当の意味とは?】
ねずさんのひとりごと  より


(中略)

実は、古代日本語で「き」は男性、「み」は女性をあらわす言葉なのです。日本神話に登場する最初の男女神は、イザナ「キ」、イザナ「ミ」であり、「おきな=翁」「おみな=嫗」という言葉もあります。



二人は天つ御柱で出会い、
キ「我、成り成りて、成り余るところあり」ミ「我、成り成りて、成り足らざるところあり」
と声をかけあい、互いの余っているところと、足りないところを合体させて、子を産みます。

ここで大切なことが、男女が互いに「成り成りて」というところです。「成り」というのは、完全に、完璧に、という意味です。その成りが二つ重なっていますから、「成り成りて」は、完全に完璧に成長したことを意味します。完全です。何の欠点もなく完璧に、ということです。知性も肉体も、まさに完璧に成長し、成熟したのです。

ところが、完璧に成長したら、互いに「余っているところ」と「足りないところ」があった。これは矛盾です。余ったり、足りなかったりするのは、「完全」ではないからです。完全体になったら、完全でなくなってしまったのです。

そこで二人は互いの余っているところと、足りないところを合体させて、より完璧になろうとしました。すると「子」が生まれたのです。

このことは、私達にとてもたいせつなことを教えてくれています。神々でさえ、完全に完璧に成長してから、男女のまぐあいを持ったのです。ましてや、神々の子孫である我々人間は、男女とも当然に完全に成長してから、交合するものだということを教えているからです。

つまり、親の脛かじりで、まだ勉強中の身上では、男女のまぐあいはするものではない。もっとしっかり勉強し、体を鍛え、互いに完璧に成長してから、結婚しなさい、というわけです。

(中略)


「きみ」は、「完全に完璧に成長した男女の喜びであり、尊敬し敬愛する人の喜びであり、「きみが代」は、その「愛し尊敬する人の時代」という意味となります。その「愛し尊敬する人の代」が、「千代に八千代に」と続くのです。






「きみ」=完璧に成長した男女が、
「代」=時代を越えて
「千代に八千代に」=永遠に千年も万年も、生まれ変わってもなお、
「さざれ石の巌となりて」=結束し協力しあい、団結して
「苔のむすまで」=固い絆と信頼で結びついて行こう

そんな意味の歌である、ということになります。

戦争の象徴だとか、そんな意味ではまったくない。人の愛と繁栄と団結を高らかに謳い上げた、祝いの歌なのです。

そんな歌が、いまから千年以上前に生まれ、たいへんにおめでたい素晴らしい歌として、勅撰和歌集にも繰り返し掲載され、江戸時代には庶民の一般的な祝いの席の謡曲として、広く普及していたのです。千年の時を越えて、人々に祝歌として歌い継がれる歌を、我が国の国歌としているということ自体、すごいと思うし、さらにもっといえば、「きみ」の持つ深い意味と、その深い意味が千代に八千代に続く、さらに「苔のむすまで」という男女の愛に、私は、とてつもない日本文化の愛の深さと、あたたかみを感じます。

記事はこちらです




「君が代の本当の意味 国歌、君が代は恋の歌だった」

動画はこちらです





かなり中略しましたが、

完璧に成長した男女が、時代を越えて永遠に

千年も万年も生まれ変わってもなお

結束し協力しあい、団結し固い絆と信頼で結びついて行こう


天皇崇拝の軍国主義の歌ではなく



愛の歌でした。



こんな素敵な意味を持つ歌が国歌だなんて。



誇りに思います。









またもやオセンチめろんでごめん

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