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東京中央銀行と黒崎検査官、伊勢島ホテルのモデル考察【日曜劇場『半沢直樹』】

テーマ: 映画・ドラマ・CMロケ地

日曜劇場『半沢直樹』に登場する東京中央銀行は、原作者の池井戸潤氏が、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)の出身であることから同行ではないかとの推測が多いようです。

 

しかし第一部・大阪編のベースとなる『オレたちバブル入行組』の発表は2004年12月、第二部・東京本店編のベースとなる『オレたち花のバブル組』の発表は2008年6月。三菱東京UFJ(BTMU)の前身のひとつ東京三菱銀行がもうひとつのUFJ銀行を吸収合併したのが2006年1月1日ですから、第一部のベースではBTMではなくUFJ銀行ではないかと思われます。あるいはいろいろな銀行のイメージを集約したのではないでしょうか。

 

また、ドラマでは一部から登場しているカマコトバの黒崎検査官は、原作では二部からの登場ですので、「金融庁検査官 黒崎俊一 モデル」は2003年8月末からの金融庁検査でUFJ銀行を消滅に追い込んだ金融庁検査局第四部門・目黒謙一統括検査官ではないかと推測されます。


現実に起きた金融再編の端緒は、2002年9月30日に誕生した小泉純一郎改造内閣で金融担当大臣に竹中平蔵氏が就いたことが始まりとされています。不良債権処理の加速を主張する竹中は、同年10月30日に貸出金の引き当て強化と税効果会計の見直しによる自己資本算定の厳格化を二本柱とする通称「竹中プラン」を発表、2005年度末までに不良債権比率を半減させるよう要求しました。

当時、国有化候補の筆頭と目されていたのが、みずほフィナンシャルグループでした。みずほFGは2003年3月に出資を3千社の取引先に要請、形振り構わぬ1兆円の増資という奇策に打って出て、危機を強行突破しました。りそなホールディングスは、繰り延べ税金資産を組み入れることに監査法人から厳格にチェックされたために自己資本比率が急激に低下。同年5月に公的資金を注入、実質国有化に追い込まれました。

金融庁の次の標的になったのが、UFJ銀行。当時、全銀協会長を務めていた同行頭取はインタビューで「銀行はルールの中で経営されている。サッカーをしていたのに、突然、アメリカンフットボールだといわれても困る」と反発する様子が多くのニュースで報道されました。

金融庁検査に対しても徹底抗戦を決め込み、経営責任の回避という至上命題に旧三和出身者によって組織ぐるみで暴走。都合の悪い資料は、東京本部15階の審査第五部から、1階下の14階の別室に移動させ、パソコンに入力してあったデーター約3万5千件も大阪のサーバーに疎開させました。また、都合の悪い議事録の改竄も行われました。

旧UFJ銀行東京本部(サンワ東京ビル)※2012年解体


それらの工作は、2003年10月9日の朝、隠匿した資料のある部屋のルームナンバーを伝える告発電話により、およそ100箱に及ぶ段ボール箱が発見され二重帳簿が発覚します。

UFJが金融庁検査で隠蔽・改竄していたのは「10にも満たない」(沖原隆宗頭取・当時)大口の問題融資先でした。その大口融資先は2003年9月末時点で、ダイエーが4,260億円で最大。次いで日本信販の3,390億円。大京の2,700億円。以下、ニチメン・日商岩井(現・双日)の2,260億円。国際興業の1,930億円、ミサワホームの1,610億円、阪急電鉄の1,570億円、藤和不動産の1,280億円、セントラルファイナンスの1,250億円、アプラスの1,230億円、オーエムシーカードの1,070億円などいはゆるヤバいとされる企業がズラリと名を連ねていました。

隠蔽された資料により金融庁はUFJに対し不良債権処理の不足分が2,690億円に上ると指摘。このうち1,480億円分が隠蔽された資料から明らかとなりました。大口問題融資先を中心に債務者区分が「要注意先」から「要管理先」以下に格下げとなり、持ち株会社のUFJホールディングスの2004年3月期決算は4,028億円の巨額の赤字へと転落しました。

(1)検査忌避、(2)二年連続で三割ルールを下回った、(3)公的資金銀行に義務付けされている中小企業向け融資実績をかさ上げして報告した、(4)実態を糊塗した業績予想数字を公表したことの四件により、2004年5月UFJ銀行は一部業務停止を含む行政処分を受けました。

その処分は熾烈を極め、2004年5月24日に頭取らグループ幹部三人が引責辞任。6月18日、金融庁は検査妨害などを理由に業務改善命令を出した。10月7日、金融庁は法人としてのUFJ銀行と元常務ら三人を銀行法違反容疑で告発。12月1日、東京地検特捜部は前副頭取らを逮捕するに至りました。そんな最中の7月14日、UFJホールディングスと三菱東京フィナンシャルグループとの経営統合が発表されます。紆余曲折を経て2005年10月1日にUFJHDはMTFGと合併、2006年1月1日UFJ銀行は東京三菱銀行に吸収合併され消滅しました。

東京三菱銀行本店・三菱東京フィナンシャルグループ本社

 

三菱東京UFJ銀行本店・三菱UFJフィナンシャルグループ本社


冷静に考えれば、勝てるはずのない無謀な喧嘩を金融庁に売ったUFJ銀行、UFJというよりも旧三和銀行出身者と言った方がよいのでしょうか。UFJ銀行は2001年4月2日、三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行が株式移転し、金融持ち株会社のUFJホールディングスを設立。2002年1月15日に三和銀行と東海銀行が対等合併してUFJ銀行が誕生しました。対等合併とはいうものの、主導権を握ったのは三和で、東海出身者に対する冷遇や放逐は苛烈であり、三和のコーポレートカラーである緑にちなんで緑化運動と揶揄されました。UFJにトドメの一撃をもたらせた内部告発は、冷や飯を食わされた東海サイドと実しやかに囁かれたといいます。

劇中に於いて、黒崎検査官が銀行に対して敵意を剥き出しにし経営破たんに追い込んだとしていますが、現実には金融庁の目黒検査官はUFJに対して遺恨があったという話があります。その原因は大蔵・日銀の接待スキャンダルが起こった1998年に遡ります。当時、三和のMOF担であったUFJ銀の元常務が接待汚職で事情聴取された際に、大蔵接待の実情を洗いざらい白状したことにより、それ以来、大蔵省から分離した金融庁の官僚の間では、「あいつだけは許すな」という怨念が伝わったといわれています。この時に目黒検査官の同僚が自殺したため、UFJの元常務に対して憎悪の念を持って、UFJの検査担当となった元常務と全面対決、UFJを破たんの瀬戸際まで追い込んだのではないかという話がありました。

しかし、その真相は薮の中です。一連の流れは、政府(=金融庁)がメガバンクの不良債権処理と金融再編というダブルの行政目的を達成するために、UFJの検査妨害をフルに利用したとされています。金融庁に喧嘩を売ったUFJ(=旧三和出身者)が、見せしめ的に叩き潰されたということでしょう。

ドラマでは、黒崎検査官が厳しい検査により銀行を破たんに追い込んだことから、大阪国税局へと異動になったというくだりがありました。現実では目黒検査官はその後、竹中金融相の下で、現場での検査監督と、ほかの検査官を指導する検査監理官に就任。大手行を担当する第一部門から第五部門までのすべてを兼務しました。しかし、ノンキャリの星である目黒を苦々しく思っていたキャリア組は銀行との関係修復を画策、目黒は2005年の人事でこの職をすべて解かれました。事実上の更迭ともいわれています。

最後に「伊勢島ホテル モデル」については、実際にはホテルではなくUFJの大口融資先であった「ダイエー」ではないかと思ったことがあります。現実はUFJ銀行・ダイエー(オーナー・社長)・経産省vs金融庁(竹中平蔵金融相)といった構図でしたが、その負債や引き当て額、サブバンクなどステークホルダーの規模が大きく、関係も複雑極まりなく分かり難いため、ドラマでは簡素化し敢えて他業種にしたのではないかという根拠のない推測です。その後、ダイエーは産業再生機構の支援を経て、イオン傘下になりました。

旧ダイエー浜松町本部(秀和芝パークビル)通称・軍艦ビル

 

日曜劇場『半沢直樹』は、このあと21時から放送。

 

二週に渡り踏みつけられてきた半沢のどのような倍返し!が炸裂するのか?

 

うん。楽しみにしているよ。

 

◆参考文献

『銀行の墓碑銘』 有森隆 著 講談社 発行

『UFJ消滅』 須田慎一郎 著 産経新聞社 発行

『UFJ東京三菱統合』  日本経済新聞社 編 日本経済新聞社 発行

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