最後の5分、全てが覆る。あなたは必ず、2回観る

『イニシエーション・ラブ』
(2015年)日本映画
 
<あらすじ>
【Side-A】
1980年代後半、バブル最盛期の静岡。就職活動中の大学生・鈴木は、友人に誘われ気乗りしないまま、合コンに参加。しかし、その席で、歯科助手の成岡繭子と運命的な出会いを果たす。奥手で恋愛経験がなかった鈴木だが、マユと出会って変わっていく。流行りのヘアスタイル、オシャレな洋服、マユに釣り合う男性になろうと自分を磨く鈴木だったが……。
【Side-B】
二人だけの甘い時間も束の間、就職した鈴木は東京本社へ転勤となり、静岡にマユを置いて上京することに。それでも距離は二人の愛にとって障害にならないと、週末ごとに東京と静岡を行き来する鈴木。しかし、東京本社の同僚・石丸美弥子との出会いを経て、心が揺れ始める……。
 
<スタッフ>
監督 堤幸彦
脚本 井上テテ
原作 乾くるみ『イニシエーション・ラブ』
音楽 ガブリエル・ロベルト
撮影 唐沢悟
編集 伊藤伸行
 
<キャスト>
前田敦子(成岡繭子)
松田翔太(鈴木)
木村文乃(石丸美弥子)
三浦貴大(海藤浩二)
前野朋哉(梵ちゃん)
木梨憲武(静岡支店・渡辺部長)
片岡鶴太郎(石丸広輝)
手塚理美(石丸詩穂)
森田甘路
 

感想

この作品は
乾くるみ原作の小説の映像化。
小説では
最後の2行目で物語が別の内容になり
読者を驚かせる「叙述トリック」が
仕掛けられた作品で有名。
 
「叙述トリック」とは
映像の無い小説だからこそできるトリック。
これをどうやって映像化したのかと
俺は劇場公開された初日に
映画館まで観に行きました。
初日に観に行くのは初めてです。
それだけ興味があった。
 
そのトリックが仕掛けられた瞬間は
思わず失笑してしまい、
これで騙される人いるのか?と
心配になったのですが、
映画を観終わった後に
中学生ぐらいの女の子たちが
「びっくりした!」と騒いでいたので
先入観を持っていなければ
騙される可能性は高いのだと思う。
 
後でよく考えると
上手く処理したなと感心した。
この手法は映像化の話があった時に
原作者の乾くるみ氏から
「こうしたらどうですか」と提案があったらしく
このような形になったようだ。
俺は別のアイディアを持っていたが
それは自分で撮る時に使いたい(あるの?)。
 
ただし
ラスト5分のネタバラシは賛否両論。
あそこまで詳しく解説されると
2回目を見なくていいやって気になる。
だから俺も今回のレビューまで
2回目を見る気がしなかった。
全部わかったら面白くないよね。
 
AKBを卒業した
前田敦子さんがマユを演じているが
最後まで可愛いので
あのラストでもなんか許せちゃう。
俺の中では小説のマユは
大島優子さんの方が
イメージに近かったんだけど
あっちゃんが好演したので
このマユでもいいかな。
 
★★★☆☆ 犯人の意外性
☆☆☆☆ 犯行トリック
★★★☆☆ 物語の面白さ
★★★★★ 伏線の巧妙さ
★★★★★ どんでん返し
 
笑える度 ○
ホラー度 -
エッチ度 ○
泣ける度 △
 
総合評価(10点満点)
 8.5点
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 

※ここからネタバレあります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
 

1分でわかるネタバレ

<結末>

マユに隠れて

美弥子と浮気していた鈴木は

マユを「おい美弥子」と呼んでしまう。

二股がバレた鈴木は逆ギレして

マユを怒鳴りつけて別れた。

 

美弥子に乗り換えた鈴木。

その鈴木を「辰也」と呼ぶ美弥子。

鈴木の名前は「夕樹」のはず……

実はSide-Aは鈴木夕樹で

Side-Bは鈴木辰也だった。

マユも二股していたのだ。

 

辰也は別れたマユがまだ「たっくん」と

電話で呼んでいたので、

一人寂しくホテルで

待っているのではと気になり、

予約キャンセルしたホテルへ行くと

そこで鈴木夕樹と一緒のマユと出会う。

戸惑う2人を頬笑みながら

見つめるマユだった。

 

どんでん返し

この作品のどんでん返しは
「たっくん」が2人いて
Side-AとSide-Bの
たっくんは別人だったこと。
 
前半のSide-Aは鈴木夕樹(森田甘路)
後半のSide-Bは鈴木辰也(松田翔太)
2人が入れ替わったわけではなく
マユが2人の「鈴木」と
付き合っていたのです。
 
さらにSide-Bは
Side-A(1987年)の
1年後(1988年)だと思わせて
実は同時進行の同じ年(1987年)だった。
むしろ辰也のジョギングシーンが
1987年6月19日なので
Side-Bの方が先だったことになります。
 
浮気されたマユが可哀想に見えたのに
マユも二股していた真相を知ると
マユの方が悪い女に見えてくる。
このように
「人物誤認トリック」と
「時系列誤認トリック」の
2つの合わせ技で視聴者を騙している。
 
ここでは
どうして騙されたのか?に焦点を当てて
ミスリードと伏線を分析します。
ほとんどネットでネタバレしているので
俺なりのわかりやすい解説でいきます。
 
Side-AとSide-Bの「たっくん」が
同じ人物だと思わせないといけないのに
映像で見たら別人なのがモロバレです。
それで「映像化不可」と言われてきました。
 
そこを逆手に取ったのがこの作品。
鈴木役の松田翔太をSide-Aに出さず、
本当に別人を
キャスティングしてしまったのだ。
しかも松田翔太さんとは似ても似つかない
森田甘路さんを……。
 
問題はどうやって
Side-Bの松田翔太に繋げて
同一人物だと思わせるかということです。
そこをクリアした最大のポイントは
エア・ジョーダンのシューズ
 
靴を履いてはしゃぎまわる夕樹が
カップルに釣り合っていないと笑われたことで
マユのためにかっこいい男になる!と宣言。
「痩せたらすご~くハンサムかもね」とマユ。
シュッシュッ言いながら走る
夕樹の足元からシームレスに
ジョギングする辰也に繋がる。
同じ靴でシュッシュッ言いながら。
 
あのデブ男がものすごいダイエットして
松田翔太みたいな
イケメンになったというのは、
さすがに無理矢理すぎて笑ってしまう。
 
森田甘路は『モテキ』でも
肥満時の幸世を演じて
ダイエットして森山未來に変身します。
これと同じ手法だと思わせている。
現実にはありえないことを
わざとやっているメタ・フィクション演出。
 
このメタ演出を強調するために
前田敦子の周りに花を咲かせている。
やりすぎた花の演出や
スローモーションを使い、
ギャグみたいな変身シーンの後で
太田裕美の「木綿のハンカチーフ」をBGMに
マユが「都会の絵の具に染まらないで帰ってね」
と言わせることで
歌詞を利用したミスリードを仕掛けている。
 
そして⑥「たっくん」というあだ名
2人の呼び方を統一した。
夕樹という名前を無理矢理
「タキ」と読めると言ってこじつけたのは
呼び間違うのを避けるため。
 
東京の富士通に
内定が決まっている夕樹。
大手の内定を蹴って
静岡に就職した辰也。
「大手の」企業が富士通だと思わせている。
 
Side-BはAの1年後だと思わせているが
同じ1987年だということは
社内のホワイトボードにヒントがある。
美弥子が初登場したシーンで
辰也がホワイトボードの
予定表の前に立ち止まっているので
後ろの日付と曜日が見えている。
う~ん、よく見えない。
はっきり日付と曜日がわかるのは
Side-Bの居酒屋で
劇団のチラシを見せられる場面(7月15日)。
7月18日が土曜日なのは1987年だ。
1988年だと月曜日になってしまう。
 
<7月1日>
東京に行った辰也の部屋で
写真を見た海藤が
「これ高校時代のスーさんな?
スマートだねえ」と言う。
これは二重の意味があり
視聴者は1年後だと思っているので
デブ時代からスマートになったね
という意味だと思わせ、
そのまま
高校時代からスマートだねという意味。
 
<7月2日>
マユの誕生日。
辰也がルビーの指輪を
プレゼントした後でマユが言う
「たっくん、あの話覚えていてくれたんだ」
これも二重の意味がある。
あの話というのは
クリスマスの夜に指輪をしてなくて
どこかに失くしちゃったと言うので
「来年の誕生日に僕がプレゼントしてあげるよ」
と言った話……ではなく、
(後出しになるが)④誕生日は7月2日で
誕生石はルビーだよ、と言ったことを
覚えていたんだという意味。
 
<7月10日>
夕樹が代打で呼ばれた合コンで
初めてマユと出会う。
マユが7月が誕生日で
自分で⑤ルビーの指輪を買ったと言う(ウソ)。
 
<8月2日>
マユが夕樹たちと海に行く。
久しぶりに煙草を吸ったというマユは
生理が来ないことに対する不安と
辰也にどうやって言うか悩んでいる時期。
ここで煙草を吸うことで
夕樹に「断面積は1/4になるから
4倍の煙吸ってることになる」と言わせ、
「さすが⑥数学科~」とヒントを出している。
 
Side-Aの夕樹は理学部数学科
Side-Bの辰也は理学部物理学科
美弥子たちと食事する場面で
アインシュタインの話が出て判明する。
 
<8月8日>
久しぶりにマユに会う辰也。
「あれ?お前焼けてない?」と聞くと
マユは⑦友達と海に行ったと答える(ウソ)。
行った友達とはもちろん夕樹たちのこと。
 
<8月9日>
夕樹が初めてマユに電話をかける。
その時⑧マユがスカートを
ポンポンと拭いている。
実はこれ
Side-Bで車の中で辰也がこぼした
コーラの染みを拭いていた。
 
<8月11日>
デパートで辰也がマユと買い物。
和美がたっくんを見て「イカすにゃ~」と言う。
別人なので気付かないわけですが
変身したから気付かないのだと思わせている。
 
どちらの服がいいか聞いて
左の服に決める。
この服に見覚えありませんか?
そう1年前に見たあの服……
 
<8月14日>
夕樹がマユと初めてのデート。
辰也に買ってもらった服を着ている。
つまりこっちが後でした。
 
レストランで
マユがつい「たっく……」と言ってしまう。
あわててスーツの
タック(織りかえし部分)で誤魔化す。
 
<8月16日>
マユのために自分磨きをする夕樹。
愛車のJOGで走っている時、
辰也の赤いスターレットとニアミスしている。
Side-Aのオンボロ自動車から
半年でスターレットに買い替えるほどの
お金は無いはず。
 
<8月21日>
夕樹が泡坂妻夫の単行本を
マユに渡す。
 
この後バーでマユが
「夕樹」が「タキ」と読めるから
「たっくん」というあだ名をつける。
「たっくん」と聞いた時、
バーのマスターのグラスを拭く手が止まる。
あれ?このお客さん、
他の男性にも
たっくんと呼んでいたような……
という疑問である。
実はこの店、
Side-Bの冒頭でマユに
東京転勤の話をしたバーです。
 
<8月23日>
マユが産婦人科に行き、
妊娠3ヶ月と判明した日。
夕樹が渡した本を辰也が
「俺は節約してるのに
こんな高い本買いやがって!」と
本を投げつけられる。
一年前の同じたっくんなら
こんな本で怒る奴じゃなかったという伏線。
ただし本のタイトルはほぼ見えない。
なんとか「乱れからくり」は読める。
 
<8月26日>
マユが夕樹に体調崩したから会えないと電話。
頭が映っていないのは怪我をしていたから。
辰也が投げた本が
頭に当たっていたのだ。
 
<8月30日>
堕胎したマユが退院した日。
 
<9月4日>
夕樹がマユと久しぶりのデート。
⑰マユが「実は便秘だったんだ」と笑う。
笑い話にしているが
妊娠した子供を降ろしたばかり。
 
<9月15日>
夕樹が初めてマユの部屋に上がり、
結ばれた日。
本棚にあった「アインシュタインの世界」は
辰也が置いていったもの。
 
「初めての相手がたっくんで良かった」
嘘ではない。
どちらも「たっくん」だから。
 
<10月某日>
Side-Aで
お揃いのものを買おうとペアカップを購入。
しかしマユのいたずらで
カップが割れてしまう。
 
その1年後のはずの
Side-Bではこのカップが
割れていない状態で出てくる。
ただし一瞬しか映らない。
その後㉑カップが片方消えている
この間に割れたということ。
 
<10月31日>
辰也がマユに
「おい美弥子」と呼んでしまい
浮気がばれてマユと別れた日。
 
<11月14日>
クリスマスイヴにホテルを予約する夕樹。
「ちょうど今他のお客様からキャンセルが出まして」
そのキャンセルしたのが辰也だった。
 
<12月24日>
美弥子が㉓1987年の
「男女七人秋物語の最終回見た?」
という話をするのが
最後の見破るチャンス。
 
夕樹がマユにプレゼントした
ハート型のネックレス。
「肌身離さず付けておくね」と言ったのに
Side-Bで全然出てこない。
Side-Bは続きではないからね。
 

よくある疑問

Q,原作小説との違いは何?
 
一番大きな違いは
小説は「辰也」と名前を呼ばれたシーンで
謎を残して終わっているが
映画ではその後が描かれていて
辰也がマユに会いに
予約したホテルに行って
もうひとりの「たっくん」に遭遇し、
ラスト5分でネタバラシが始まることです。
 
修羅場エンドですが
マユはどうしたの?みたいな
無邪気な目で2人を見つめるのが
なんとも面白い。
 
Q,マユは辰也がいるのに
どうして夕樹を誘惑したのか?
 
7月から辰也が東京に行ったから
最初は恋人に会えない寂しさを
紛らわせるためだったと思う。
合コンに指輪をして行ったくらいですから。
妊娠した子供を降ろす決断をしたことが
彼女の中では決定打だったのかも。
別の女の匂いを嗅ぎつけたのかは不明。
結局のところ女心はわからん……。
 
Q,蟹が出てくる意味は?
 
マユが蟹座だから。
マユが蟹で遊び、
定食屋のカニクリームコロッケや
美弥子と初めて入るホテルも
「CRAB SIDE」という名前だし、
石丸家のクリスマスイヴの
食卓にも蟹が出ている。
実はタイトルの左端にも蟹がいる。
 
Q,メイキングの裏話を教えて。
  • 冒頭のカセットテープを替える手は松田翔太。
  • 前田敦子は繭子を「まゆゆ」と呼ぶ。
  • 森田甘路はこの役のために太った。松田翔太の中学校の後輩。
  • ブーツ型ジョッキは現物が無くてリトアニアから輸入した。
  • 和美役の八重樫琴美はぽっちゃり系アイドル「Chubbiness」のメンバー。
  • 熱海市長浜海水浴場で撮影したが、静波海水浴場に見せるため富士山を合成した。
  • 湯気も新幹線も夜景もCG。
  • 前田敦子は煙草が吸えないので吸っているふりをしている。
  • 夕樹が見るファッション雑誌はわざわざ作った。
  • 「夕樹」と書いた右手は前田敦子ではなくメイクさんの手。前田敦子は左利きなので右手で字が書けない。
  • テレビで流れるC-C-Bの映像は当時の「トップテン」の映像を使っている。
  • マユが輪ゴムすだれを作るシーンは堤監督の趣味。
  • クリスマスツリーはLEDを使わず豆電球で作った。見る人が見たらLEDだとわかるため。
  • スターレットはほとんど松田翔太が運転している。
  • バーで前田敦子が泣くシーンで泣けなくて涙待ち。
  • 辰也の写真を海藤が見るシーンで蛍光灯の紐が映らない編集ミス。
  • 松田翔太、三浦貴大、前野朋哉は同い年。
  • ジュエリーTSUTSUMIは堤監督が出したかっただけ。
  • 石丸が困っている時にパソコンを操作する手は松田翔太ではなく別人。
  • 着る機会のなかったピンクのハイレグを「着たかったなぁ」と前田敦子。
  • 80年代の車を集めて渋滞を撮影するのが難しく、古い車が集まらなくて録音スタッフの紹介で旧車好きの仲間に集まってもらって撮影した。
  • マユと別れた後の車のシーンは松田翔太に「殺人犯のような顔をしてくれ」と監督が注文した。
  • 間違ってマユに電話して「たっくん」と言われた後に、水を飲むシーン。あれほどまずいと言っていた東京の水を飲み干すのは、都会に染まってしまったことを表現している。
  • 木村文乃は爪有りのカニクリームコロッケが食べづらかったらしい。
 

叙述トリックの映像化は難しい

『イニシエーション・ラブ』は
そこそこ上手く叙述トリックを
映像化していると思うが欠点も多い。
 
2人の別人を
同一人物だと思わせるために
ダイエットして変身したアイディアはいいが、
痩せたぐらいで声や喋り方や
ホクロの位置や骨格が変わったりしない。
(森田甘路のホクロが目立ちすぎて邪魔)
無理矢理すぎるので
普通に見たら騙されない。
 
逆に言うとフェアすぎるほど
フェアだったわけですが、
Side-Aも松田翔太にして
そのうえで映像ならではの
納得できる驚きを表現してほしかった。
やっぱり映像不可作品の
映像化は難しいなと感じました。