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ソビエトの崩壊、アメリカの凋落、そしてイギリスのEU離脱など、これまでいくつもの世界的エポックを的中させてきたフランスの知の巨人、エマニュエル・トッド氏は、現在世界的な規模で起こっているグローバリゼーションの危機を説きます。


今日世界が見舞われている未曾有の経済危機の根本的原因は「世界的な需要不足」であり、この需要不足を引き起こした最大の原因が自由貿易であると言うのです。自由貿易下の競争においては中国などの安い労働力に対抗するため、先進国も労働者の賃金を切り下げざるをえません。そして労働者の賃金低下は中産階級の消費を抑え込み、需要不足に拍車がかかります。自由貿易が支配的であるかぎり、先進国の賃金は途上国の安い労働力に引き下げられ、需要が喚起されない構造が生まれます。


国内経済の需要を支えるはずの労働者の賃金は、グローバル化を目指す企業にとっては単なるコストに過ぎません。国際的な競争が激しくなれば、企業経営者はさらに労働力コストを下げようとします。世界中の企業が労働力コストの削減を競い合えば、労働者の賃金は世界的に低下し、結局世界規模での需要縮小が起こるというスパイラルに引き込まれるわけです。


日本においてもバブル崩壊後、何十年にも渡る政府の経済再建策にもかかわらず、世界の中での日本の経済力は回復していません。アベノミクスのマネーゲームにより、数字的には回復氣分にあるかもしれませんが、多くの国民には実感として伝わっていないのが現実です。


そして、この状況の打開策としてトッドが提唱するのが保護主義です。保護主義というと今日では悪いイメージを持たれがちですが、トッドは人びとの格差を広げ、超富裕層(Establishment)による社会支配をもたらす根源こそが、自由貿易にほかならないと主張します。


民主主義が保護主義によって守られ、自由貿易が貧富の格差を拡大してきたことは、歴史的に見ても実証されています。17世紀~18世紀、イギリスは経済的にに大きく発展しました。当時のイギリスはクロムウェル政権下、保護主義的な経済政策を推進し民主主義を発展させました。これに対しビクトリア王朝期は、拡大した自由貿易により不平等が拡大したのでした。アメリカの歴史を見ても、南部の奴隷制維持を主張していた人々は自由貿易を主張しましたが、北部の民主主義を主張した人々は保護主義的な政策をとって工業を発展させました。また、フランスでも民主的に極めて安定した体制だった第三共和政時代は、経済政策として保護主義が採られていました。民主主義は明らかに保護主義と連関しているようです。


トッドは言います『歴史を振り返れば当たり前とも言えることですが、自由貿易は不平等と格差を拡大します。したがって自由貿易体制を長期に続ければ、必ず社会の不平等は拡大し、非常に優遇された超富裕層が社会を支配していくことになるのです』『この一部の超富裕層による支配は、民主主義の危機にほかならない。自由貿易を選べば、民主主義は諦めなくてはならない。民主主義を選ぶのであれば、自由貿易は諦めなくてはならない』


まさにこれこそが、現在先進国を中心に世界的な規模で起こっているカオスの原因なのかもしれません。トッドの予言したイギリスのEU離脱や、世界に衝撃を与えたアメリカのトランプ新大統領誕生といったエポックは、地球規模で拡張し、行き場を失った自由貿易主義からの必然的な揺り戻し現象なのかもしれません。