ぺこにっき

P.S.の向こう側 を考える

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皆さんこんにちは、ぺこです。2nd埼玉公演まであと3週間を切りましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 

 

 

「P.S.の向こう側」
特徴的なイントロから始まるこの曲。ゲーマーズのBD全巻購入特典として配布されたCYaRon!の曲です。皆さんも試聴動画で一度は聴いたことがあるのではないでしょうか。

2ndライブツアーでは名古屋は2日目、神戸は初日に披露されています。

私、この曲が大好きなんです。普段曲を聴くとき、正直歌詞をそこまで気にするタイプの人間ではないのですが、この曲は何故か初めて聴いた時から、歌詞が私の心に突き刺さりました。

そんな折角の機会なので、この「P.S.の向こう側」という曲を私なりに考察し、ゆっくりと紐解いていこうと思います。



※この考察は非常に主観的かつ私の想像、妄想に基づいており、真実と反する箇所が数多く存在します。あくまで私の個人的な解釈ですので、「こういう考え方もあるんだな」程度に受け取っていただけると幸いです。
それでもどうしても苦手だ、という方はブラウザバックでお願い致します。






・P.S.とは?
まずは曲名の意味から。

P.S.とは、直訳すれば「後に書かれたもの」という意味のpostscriptの略で、日本語では皆様ご存知「追伸」を意味します。
本来は、本文中に書き忘れたことを、手紙ごと書き直すのではなく一文付け加えることで追加の情報として示すものですが、転じて「本文中で畏まって言いにくいこと」もこの「追伸」を用いて使われます。

 

解釈を深めていくにあたって、まず始めに私の中の抽象的な全体のイメージを言っておこうと思います。

情景は、少し大人になったルビィ、千歌、曜の3人が静かなカフェで、1人物思いにふけっているところ。
場面としては、3人はそれぞれ別の場所にいるのではないかと考えました。それぞれが遠く離れた地にいるにも関わらず、同じタイミングで同じことを考えている、という不思議な状態です。



・歌詞
それでは、歌詞を見ていきます。歌詞部分は斜体に、パートごとに色も分けました。


誰もいないカフェのテーブル
頬杖ついて考える
どうしてるかな 君はいまごろ

誰と過ごしてるの?

歌い出しはルビィちゃん。現状CYaRon!の曲の中で彼女が歌い出しを任されているのはこの曲だけです。

一人の静かな空間で、窓の向こうの景色を眺めながら物思いにふけるルビィ。

 

早速ですが、この部分、私は2つほど気にかかる点があります。


1つ目は「君」という二人称。1年生組であるルビィがそれを使える相手は、たとえ時間が経ったとしてもかなり限られています。私はこの曲を聴いて、「ルビィがダイヤへ宛てた歌」なのでは?とも思いましたが、例え時間が経っていたとしてもお姉ちゃんに「君」なんて言わないと思うのです。果たしてこの「君」は誰を示しているのか、それは後ほど考えていくのでここでは置いておきます。


そして2つ目、「誰と過ごしてるの?」。
これ、ちょっと不思議ですよね。「元気かな」「どこにいるのかな」くらいならまだ自然ですが、「誰と過ごしているの」は少し断定的な意味が強く、不自然なように思えました。「きっと誰かと一緒に過ごしている」という半ば確信に近いものが彼女の根底にあるように思えます。

 


なんとなく さっき買った
ポストカードを取り出して
「お元気ですか?」

書いてみたけど つぎの言葉が探せない

続いては千歌ちゃん。

何となく買ってみたポストカード、とりあえず「お元気ですか」と1行目を書いてみたはいいものの、その後に何を書けばいいかわからない様子です。


毎日(oh yeah!)話しても
足りないって思ってた


「話しても足りない」、つまり話し足りないという言葉の意味としては、「いくら話しても話した気にならない」といったところです。つまりここでは、「毎日おしゃべりしていても、全然飽きなかった」といった意味に捉えられます。
それなのに、沢山話すことはあるはずなのに、遠く離れてしまった今、気恥ずかしさからか言葉に詰まっている自分がいる。そんなもどかしさを、先の千歌も同様に歌っているのだと思います。


いまは遠いんだね さみしい気持ちで
つめたくなった(lonely) 紅茶飲んでるよ
でもいつか いつかね 

また会える気がするからさ 落ちこんでないよ

「つめたくなった」というのが「寂しい」という気持ちを情景描写していますね。
今は遠く離れてしまって寂しい。ですが、その寂しさの中に「また会える気がする」と希望的な感情も垣間見えています。


手書きだと照れちゃうね
ちいさな文字をながめ
だんだん下手っぴになってきたみたい
ボールペンくるりと回した


彼女たちは高校生の段階で既にそれぞれ自分の携帯を持っていますし、メールなどの活字でのやり取りはよく行っていたのでしょう。だからこそ、手書きだと改まっているようで照れてしまう、と言ったことかと思われます。なら何故、あえて彼女たちは手書きの手紙という手段を選んだのでしょうか。

この「メールなどの活字のやりとりが多かった」という仮定を膨らませてみます。

私は、「手書きの自分の文字で何かを伝える」ということの大切さに大人になってから気付くことができ、だからこそ今この時は手書きを選んだのではないかと考えました。


また、「段々へたっぴになってきたみたい」の「段々」という部分から読み取れる通り、1番の「次の言葉が探せない」ような状態からはいくらか筆が進んでいるようです。

 


離れて(oh no!)しまうなんて
あり得ない事だよと笑ってたね


ルビィ&千歌パート。2人一緒に歌っています。

ここは1番と似ていますね。ずっと一緒に居られると思っていた、離れ離れになるなんてあり得ないと思っていた。そんな若さ故の当時の思いを歌っています。


最後にひとこと オマケみたいに
伝えておこう (P.S.)「どうもありがとう」
だっていつか いつかね 

また会えるはずだからきっと その日を待ってる

最後に、という言葉から分かる通り、どうやら彼女たちは手紙を書き終えたようです。そして、手紙の中では恥ずかしくて示せなかった感謝の言葉、「ありがとう」。この言葉を最後にオマケみたいに付けておこう。そんなところでしょうか。

私は、この段階ではまだ「ありがとう」の文字は書いていないのではないかと思っていますが、この部分も後ほど詳しく触れようと思います。


そしてここ、「だって」「きっと」という言葉がそのままの流れだと少し不自然ですが、よくよく考えると恐らく倒置法ですね。

また会える日は来るはずだから、という希望をさらに強調し、その日を待ってる、と歌っています。手紙を書き終えたことで更に「いつかまた会える」という思いが強まったように感じます。


返事なんかいらないけど
楽しかった季節
(I miss you)
すこしだけ思い出して
胸がしめつけられて切ないんだ


落ちサビ(Cメロ)。少ししっとりとした曲調へと変わります。

どうやら彼女たちが手紙を書いた理由は、返事を貰って相手の今を知ることが目的ではないようです。では何なのでしょうか?

こちらについても、最後の方で触れさせていただきます。



また、少し余談ですが、ラブライブ楽曲の中で「季節」という単語は度々出てきますね。
2つほど例を挙げます。

それは僕たちの奇跡…「今ここで出会えた奇跡 忘れないで僕たちの季節
ユメノトビラ…「ユメノトビラ ずっと探し続けて 君と僕とで 旅立ったあの季節 青春のプロローグ」
この通り、ラブライブの楽曲における「季節」という言葉はただ単純に春夏秋冬といったものだけではなく、「瞬間」「特定の期間」といった意味合いも比喩的に持っているものだと考えられます。

話を戻します。今回の場合、「楽しかった季節」。これも同様に、千歌や曜、ルビィにとっての「(スクールアイドルとして)楽しかった、輝いていたあの瞬間」といった意味に取れます。この短い言葉からも、この歌がAqoursがスクールアイドルとして活動を終えた後の後日譚であるとわかります。

「少しだけ思い出して、胸が締め付けられて切ないんだ」
改まって自分の手で、自分の字で想いを伝える手紙を書いてみたことで、心の中に仕舞われていたあの頃の思い出が蘇ってしまい、更にはもうあの頃には戻れないのだ、という現実を突きつけられることで「胸が締め付けられる」のではないでしょうか。


いまは遠いんだね さみしい気持ちで
つめたくなった紅茶飲んでるよ
でもいつか いつかね また会える気がするからさ
気のせいかもね

 

1番のサビと比べると最後の「落ち込んでないよ」が「気のせいかもね」に変わっています。持っていた希望、そのポジティブな気持ちが現実的な気持ちに変わっているのです。

落ちサビでは3人それぞれが、手紙を書き終えたことで自分と改めて向き合うことができ、「いつまでも過去に、そして夢に囚われてはいけない」。そのような自覚が芽生えたように感じます。


最後にひとこと オマケみたいに
伝えておこう (P.S.)「どうもありがとう」
だっていつか いつかね また会えるはずだからきっと
その日を待ってる
ポストカード...出してもいいかな?


やっぱり最後には、ちゃんと伝えられなかった言葉「ありがとう」を添えよう。そうすることで本当の意味で完成した、ポストカードに書かれた彼女たちのメッセージ。

そして、「ポストカード 出してもいいかな?」

「何となく買ったポストカードだし、出すつもりはなかったけれど、せっかく書いたんだ、出してもいいかな?きっと相手もどうしてるだろう、って思ってると思うし。」

先ほども述べたように、落ちサビで一旦自分の心と向き合った結果として、そういった心の変化があったようです。

 

「「「ありがとう」」」

 

 

 

 

・残る疑問

さて。

ここまで「舞台は数年後の未来、千歌、曜、ルビィの3人が離れ離れになったお互いに、或いは他の誰かにメッセージを書きながら生まれる葛藤」という観点で考察を進めてきました。

しかし、ここまでにも残してきた通り、その解釈だと私の中にはいくつか疑問が残るのです。

 

①ルビィ「誰と過ごしてるの?」

敢えて答えを出さなかった理由は、ここで問題提起をするためでした。

先にも述べた通り、少なくとも彼女の中には、メッセージを送る相手が「誰かと(元気に)過ごしている」という確信があるように捉えられます。

ではそれは誰なのか?そこまでは明確ではなく、これ以上読み取ることはできません。

 

②また会える気がするからさ、「気のせいかもね」

彼女たちはどうしてそう思ってしまうのでしょうか。

少し現実世界を絡んだ話になりますが、今や人の移動手段は非常に発達し、基本的には行けないところというものは存在しないでしょう。

この「気のせいかもね」という言葉に深い意味はないのかもしれません。ですが、私はこの言葉から「本当は、再び会うことが何かしらの理由で絶対に叶わないことを知っている」かのような意味を感じ取れてしまうのです。

 

 

これらの謎をこれ以上は彼女たちに委ね、考察をここで終えるのもいいでしょう。

ですが、今回はもう少し掘り進めます。

 

 

 

これらの謎、そしてこれら以外にも微かに残る違和感。

 

 

 

それらを解決する、私の最後の解釈。

 

 

 

 

 

 

「P.S.の向こう側」は、

ラブライブ!サンシャイン!!というプロジェクトが幕を閉じて数年後、「キャスト」が「キャラクター」へと言葉を送る様子を歌った歌ではないだろうか。

 

 

 

 

 

繰り返しますが、これは私自身の勝手な解釈です。何言ってんだ、と思ったのならそれで構いません。

 

ここからは全て(ここまでもですが)私の妄想になります。

 

実際のところ、このように考えると全て辻褄が合うのです。

 

・ルビィの「君」

降幡さんがルビィへ宛てている、と考えると納得できます。また、「千歌たち9人はきっと今もずっと一緒」という、そんな想いが「誰と過ごしてるの?」という言葉に表れたのかもしれません。

 

 

・「次の言葉が探せない」

完全に想像の話になるんですが、キャストの9人にとって千歌たち9人は数年間、本当に長い間、それこそ自分が命を吹き込み続けたパートナー、いわば親友です。

私自身も親友と呼べる人物と離れ離れになって早8年ほど経つので不明瞭ながらもわかるんですが、実際こういう時って何を言ったらいいかわからないものです。

長く付き添ってきたのに「元気?」なんて軽いし、「今何してる?」なんてのも良いのかどうか。何と伝えれば相手は喜んでくれるか、と余計な事ばかり考えてしまうんです。

 

 

・「気のせいかもね」

会いたくても会えない、という意味はこの解釈により完成されます。

プロジェクトが終わったその時、過去の千歌たち9人の活動を見ることはできても「今、どこにいるのか」は知る由もありません。若干メタい話になりますが、そこには「次元の壁」が存在するのです。だから、会おうと思ってもどう足掻いても「会えない」。気のせいなのかも。

 


・「また会えるはず」「その日を待ってる」

これらの言葉の裏には全く逆の、即ち「会えないことはわかっている」といった意味が隠されているのだと思います。叶わないことだと知りながらもそれを心のどこかでは願っている。

 

この部分は我々も、「μ's」という存在において彼女たちと似たような感情を抱くことができるのではないかと思います。

 

 

そして、勘のいい方ならもうお気付きではないでしょうか。

この私の解釈には可逆性、そして互換性があります。私はキャストからキャラへ、という解釈をしましたが、この歌からはもう一つの解釈の仕方があります。

 

そう、「キャラからキャスト」です。

ルビィの「君」が使える相手。降幡さんは考えうる中で一番適した相手かもしれません。

その他にも、この考え方でもここまでの考察の筋が通る点はたくさんあります。ぜひ見つけてみてください。

※この2つ目の解釈は私ではなく、このブログを読んでくださった方からいただいたお話です。ここに追記させていただきました。

 

 

 

 

・まとめ

 

彼女たちは思っていました。手紙なんか出したって返事が来るはずもない。なぜならもう私たちはお互いに別れを告げ、別々の道を歩いているから。だから、何となくポストカードを買ってみたはいいものの、メッセージを書くのも手紙として出すのも躊躇っていた。

 

でも、実際に書いてみたことで、「返事なんて無くてもいいんだ。私が欲しいのは返事じゃない。自分の今の想いを綴り、それをどこかで貴方が見ていてくれたら。そう思えるだけで私は幸せなんだ」

そんな風に思えるようになった、別れと成長の歌。それがこの歌、P.S.の向こう側なのではないでしょうか。そして、彼女たちの胸に秘めてあったP.S.に続く言葉、それがなんでもないただの感謝の一言、「ありがとう」なのです。

 

 

 

 

これで私の考察は以上です。ここまで読んでくださった物好きな貴方。私の妄想にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に少しだけ。

 

今回、Aqours、そしてラブライブ!サンシャイン!!の「終わり」という部分に少しだけ触れました。

 勿論応援している以上、「終わってほしくない」と考えるのは当然です。

 

では、我々はなぜスクールアイドルのAqoursを応援しているのでしょう。

 

「限られた時間だからこそ、終わりがいつか必ず来るからこそ、今という時間を大事にし、全力で輝く」彼女たちに惹かれているのではないでしょうか。

 

どうか、この物語の「最後」から目を背けないでいただきたいのです。

それが私の願い、この記事で本当に伝えたかったことです。

 

 

この記事が貴方の心を少しでも動かすことができたのなら幸いです。

改めて、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

ぺこ

 





P.S.続編上げました。

 

 

 

 


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