さかなの愛すべき戯言たち

Believe againは呪われた曲なのか?

テーマ: ブログ
のろい【呪い・詛い】
特定の人物に災いが生ずるよう念ずること。

(三省堂 大辞林より)







皆さんこんにちは、ノットです。
今日は前回(https://ameblo.jp/osakananot/entry-12438579917.html)に引き続き、劇場アニメーション『ラブライブ!サンシャイン‼︎The School Idol Movie Over the  Rainbow』の話をしていきます。

今回のテーマは、タイトルの通り映画の挿入曲『Believe again』について。



ラブライブ決勝の延長戦にて、“北の大地が生んだスーパースター”ことSaint Snowが披露したこの曲は、作曲者が『Awaken the power』やμ'sの『Wonderful Rush』等を手がけた河田貴央さんということもあり、映画が公開されるや否や高い人気を獲得しました。

その人気は、オリコンの週間ランキングでは3位に、iTunesの24時間セールスランキングではなんと首位に立つほど。すげえ!

(画像は2019. 2. 14時点でのオリコン週間ランキングです)

ライブの作画も気合の入り方が尋常ではなく、フィルムを貰うために劇場版に通い詰めた方もいるのではないでしょうか。かくいう僕もその一人です。

…ココがすげえ欲しかったんだよ〜!!!




……
という嘆きはさておいて。
物語のなかで『Believe  again』は、聖良さんが理亞ちゃんに

“いまのこの瞬間は、Saint Snowは、理亞の心の中にずっと残っていく。追いかける必要なんてない”

というメッセージを伝えるのに一役買った訳ですが、思い返してみるとこの曲って実は映画が始まるとっくの昔に完成していて、しかも1度はお蔵入りしてるんですよね。

もともとこの曲は、延長戦ではなく本来の意味での決勝戦で披露されるはずでした。言い換えるなら、アキバドームでAqoursの『WATER BLUE NEW WORLD』にぶつける予定だった曲なんです。

皆さんご存知の通り、Saint Snowは北海道地区大会で敗退してしまった訳ですから、披露の機会を失っていたんですね。


そこで気になってくるのは、この曲について理亞ちゃんが、敗退の時と映画の時とでそれぞれどの様な印象を抱いていたのかということ。

劇中で聖良さんが衣装を持ってきたときに理亞ちゃんはひどく動揺していたため、少なくともこの時点では、この曲は彼女にとって負の象徴のような存在だったと考えられるんですよね。

更に言ってしまうと…延長戦で実際に披露するまで、この曲は理亞ちゃんにとって自分を否定させる呪いに他ならなかったのではないか?


……
ということなんですね。そんなわけで今回も早速、いくつか問いを立ていきますよ!


Q.1 映画冒頭における理亞の境遇はどの様だったか
Q.2 理亞は『Believe again』の歌詞をどう解釈したか
Q.3 聖良が妹にかけた“呪い”とはなにか

以上の3つについて、これから考察していきます。

※理亞ちゃんの担当カラーは本来ピュアホワイトですが、見やすさを考慮して表記の色を紫に変更しています。予めご了承下さい。


A.1

6人体制になったAqoursにアドバイスをすべく、遠路はるばる沼津へとやってきたSaint Snowの2人。



どちらも3年生が卒業してグループを脱退したという意味では、AqoursもSaint Snowも置かれている状況に大きな差は無いように見えるんですが、実際はどうなんでしょうか?


……
結論から言ってしまうと、全くそんなことはありません。


AqoursとSaint Snowの決定的な違いは言わずもがなその人数で、理亞ちゃんは1人でアイ活に励んでいる訳ですが、これが一体どれほどしんどいことか!

メンバーの6/9が残留したAqoursでさえ皆の顔からは不安が消えないのですから、いわんや理亞をや…って感じなんですが、さらに掘り下げてみると理亞ちゃんを追い詰めるその他諸々の要素も見えてきます。


独りぼっちだった理亞

地区大会敗退ののち、理亞ちゃんは聖女アイドル部というLINEグループを作成し、新たな活動を始めます。

ただ、何人か友達にも声をかけて、心機一転頑張ろう!

…とはならず、結果はむしろ逆でした。

劇中で理亞ちゃんのスマホ、もとい聖女アイドル部のグループLINEが何回か映るシーンがあったかと思うんですが、実はアレ画面が映る度にメンバーが抜けてるんですね

具体的には
①砂浜を駆けるシーンで3人
②スマホを自室の床に投げつけるシーンで1人
③回想でカーテン裏に隠れるシーンで1人

の計3回で、その時のLINEの文面をざっくり要約すると

自分は理亞ちゃんほど本気にはなれない、申し訳ないが付いていけない

といった感じ。その中でも1人のメンバーから

“応援してる”

という文が送られた際に理亞ちゃんは、彼女を引き止める訳でもなく、怒って責め立てようとする訳でもなく、ただ一言

“ありがとう”

と返すだけだったんですよね。それもわざわざ可愛らしいスタンプ付きで。

自分にも他人にも厳しい彼女の性格からして、辞めていく部員には「ラブライブは遊びじゃない」とか言ってもおかしくないと思うんですが…どうして「ありがとう」なのか?

……
まず僕達がどのようなときに他人に怒るのかというと、僕は基本的には、相手が自分の要求に応えてくれない時だと考えています。例えば

◯◯って言ったのにどうして××なの?
どうしてこんなコトも出来ないの?
どうして5thライブのチケット用意してくれないの?ここがアメリカなら職務怠慢で訴訟起こされてるよ?

…みたいな。最後のはまぁ私怨ですが。

善子も妄想していましたが、理亞ちゃんは自分の求めるレベルに達していないメンバーには割とキツイ事を言うと思うんですね。善子じゃなくて、ヨーハーネー!

ただ逆に考えると、これは自分が出来ないことは相手にも強要しないーーすなわち、出来なくても怒らないという風にも考えられて、ひょっとしたら理亞ちゃんはSaint Snowを再現するという自らの掲げた目標は実現不可能であると薄々感じていたかもしれないんです。

ただ、この場合の実現不可能性とは、聖良さんが伝えたかった事とは似ても似つかない、自分1人ではスクールアイドルとして輝く事が出来ないという、ネガティブ極まる悲観的かつ早計な結論です。


そもそも理亞ちゃんは回想シーンで

「私が壊してしまった姉様の夢」

と言っている事からも分かる通り、姉様をあらゆる自分の行動原理としているフシがあります。“2人の”夢と言えば良いところをわざわざ“姉様の”と付けている辺り、Saint Snowは聖良さんが主役のユニットで、自分はオマケの様な存在だと考えている…。

要するに自分に対する評価が元から低いんですね

そんな引き立て役の自分のミスが原因でラブライブの地区予選敗退が決定したとなっては、理亞ちゃんは益々自信を失う一方。メンバーが抜ける事についても、自分が皆を引っ張るだけの実力が無いからだと考えている可能性さえあるんです。

それでもSaint Snowを再現しようとするのは、自分が活動を続けないと姉様の思いが消えて無くなってしまう(と思い込んでいる)から…というのもまた辛いところですよね。幸せの横棒を一本加えてあげたい。



他にも、学校に張られたビラには明らかに鹿角姉妹を意識した見た目の雪だるまが描かれていたり、延長戦の直前のシーンは見る度に胸を抉られる思いがします。


……
と、ここまでで大分可哀想なんですが、話はまだ終わりません。

更に残酷なのは、皆が抜けていく前、グループには理亞ちゃんを含めてメンバーが6人いたということ

…つまり、今のAqoursと同じ人数なんですよ。

砂浜で2人がAqoursと会ったときに、理亞ちゃんは練習を見る前からうつむいていたと思うんですが、これは彼女達と自分を重ねてしまったからではないでしょうか。

仲間がいるクセに「これからどうしたら良い?」などと、腑抜けた事を抜かすルビィに理亞ちゃんが怒るのも、正直無理ないよなあと思ったりします。


少し後に3年生が行方不明になった事を鞠莉ママから聞かされるシーンがありますが、そこでもいち早く皆でダイヤ達に会いに行く決心をするルビィと、物陰に隠れて踏み出せない理亞ちゃんという構図で彼女の孤独が一層克明に浮かび上がっていて、見返すと演出の細かさに感動しちゃいますね。

かずお監督は無印では演出を務めた方でもあるので、本当に描写が丁寧なんですよね…脱帽です。


…ちなみに。


話を本題に戻すと、ラブライブ決勝延長戦が行われたのは②の直後のため、楽曲披露の時点で理亞ちゃんには1人も仲間がいなかったことになります。ルビィの「一緒に進もう、理亞ちゃん!」という激励や姉様の言葉が、彼女にとってどれだけの救いとなったかは想像に難くありません。映画のルビィちゃんはマジで主人公。


A.2

繰り返しになりますが、結果的に延長戦で披露されただけで、元々『Believe again』は決勝戦のために作られた曲でした。

この『Believe again』とは日本語訳すると“もう一度信じて”という意味なのですが、一体何を信じろというのだろう。ここではまず、この問題を考えてみる事にします。


理亞ちゃんは映画の時点で姉様はいなくなっても心に残っている事に気付いていなかったので、それ以前も当然気付いていないと考えられます。そうなると、彼女は恐らく曲のタイトルを以下の様に捉えたでしょう。

“次こそ勝てると信じろ”…と。

1年しか姉様と活動が出来ない理亞ちゃんには、そこに至るまでの過程ーーつまりこれまでの歩みを振り返ったり、懐かしんだりする余裕はありません。結果が全て。目的地までの道筋は最短でなくてはならない

後の歌詞に

“新しくなれ 古い殻を破って進め”

というフレーズが出てきますが、この古い殻というのも彼女は“前回大会で入賞こそすれど優勝は逃した自分”を指していると思ってるんです(これまでの彼女達の楽曲は、『SELF CONTROL!!』をはじめ強気な言葉が歌詞の大半を占めていましたから、今回も同様のものだと捉えるのは考え方としておかしくありませんが)。

平たく言ってしまうと、自分の未熟さを乗り越えようってことですね。

……
ここまでを一旦まとめると、理亞ちゃんは『Believe again』をSaint Snowによるラブライブの優勝宣言と考えていた、ということになります。自分達の勝利が当然だと、宿命なのだと信じていた訳です。優勝か、さもなくば無かと言った具合で。

不幸なのは、作詞を担当した姉様も自分と同じ気持ちだと理亞ちゃんが勘違いしてしまったことで、

“また始まるんだ”
“冒険は終わらない”
“どんな夢もきっと叶う”

といった歌詞が、自分のせいで姉様の夢を終わらせてしまったと打ちひしがれていた彼女に深いトラウマを植え付けてしまったんです。

極め付けは、歌詞の順番が前後しますが

“きっとひとりじゃない夢の中へGO!!”

という理亞ちゃんのソロパート。“孤独”と“罪悪感”に苦しんでいた彼女にとって、この歌詞はまさに呪いと言うに相応しいでしょう。 

聖良さんが衣装を持ってきた時に彼女が動揺したのには、こんな理由があった訳ですね。姉が卒業した高校の制服を着て晩冬のクッソ寒い函館をほっつき歩いてるのを見てたまげた訳では、ないです。


A.3

突然ですが、新旧問わずラブライブ!でシスコンキャラといえば誰かと問われると、おそらく多くの方が

|c||^.- ^|| <わたくしに決まってますわ!

と答えると思うんです。全然関係ないけどぶっぶダイヤちゃんの顔文字本当可愛いですよね。全然関係ないけど。

1期10話ではこれまでのフラストレーションを爆発させるかの如く本編に姉妹コントをぶち込んでくるし、映画では風呂上がりにルビィの髪を拭いてあげてた事が判明するし…ダイヤちゃんのシスコンっぷりは枚挙に暇がありません。


ただ、個人的には聖良さんも彼女に勝るとも劣らない超シスコンキャラだと思うんですね。

妹が皆に馴染める様にコッソリ転校の計画を立てたり、自分の卒業旅行に同級生ではなく妹を連れて来ていたり…映画を見る限りでも割とシスコンを隠しきれてないんですが、『Believe again』に注目してみると、それ以上に彼女が自分の妹を愛してやまないことが分かってきます。


何を“もう一度信じる”のか

上のテーマでは、次は勝てると信じると結論したこの問題ですが、作詞した聖良さん本人は、『Believe again』というタイトルにどんな思いを込めたのでしょうか。


……
まずヒントとなるのは、先程も取り上げた

“新しくなれ 古い殻を破って進め”

という歌詞です。この殻という言葉についても、先程は自分の未熟さの比喩なのだという話をしましたが、聖良さんの目線に立って見るとコレはもっと大きなものを指していることが推測出来るんですね。それは一体何なのか、ある文学作品の有名な一節を引用して考えてみましょう。

“鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、1つの世界を破壊しなければならない” 
(ヘッセ, 1951, 『デミアン』新潮社)

漫画やアニメなどで度々使われるので、作品を読んだ事が無い方でもこの言葉は知っているかもしれませんね。

そして、直前の歌詞に「生まれ変わろう」というフレーズがあることからも、僕はこの殻は理亞ちゃんの世界そのものを指しているのだと考えます。

彼女にとっての世界とは言い換えるならばSaint Snowで、姉様の為だけに自分は存在しているというこれまでの価値観を破って新しく進め…というメッセージが込められているのではないでしょうか。

これをもとに考えてみると、もう一度信じるとは、理亞ちゃんが自分自身を信じてあげる事なのだと考えられます。さっきとは真逆の意味なのに、どちらにも取れるのは流石の畑亜貴と言ったところ。


……
余談ですが、引用したデミアンの一節には

“鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサス”

という続きがあります。デミアンにおいてアプラクサスは、神でありながら悪魔の性格も持ち合わせていて、明るい世界と暗い世界をその身に宿した存在として描かれています。

『Believe again』の歌詞には

強さを求めたら弱さも受け入れて
すべてを抱きしめながら

というフレーズがありますが、これは正しくアプラクサスの事を歌っているのではなかろうか?

…そう思い、この度は引用させて頂きました。


トランプのマークのはなし

聖良さんはこの曲を通じて、自分がいなくなっても理亞ちゃんの心には気持ちが残っていくことを伝えようとした訳ですが、その思いは歌詞だけでなく衣装にも込められています。


(拾い物の画像ですみません…)

2人の衣装で注目べきは、胸元にあしらわれたトランプのマークです。おっぱいに注目!

ところでトランプの枚数は1年の52週を、マークはそれぞれ春夏秋冬を表しているという説を皆さんはご存知ですか?

具体的には

スペード(♠︎)は冬
ハート(❤︎)は秋
ダイヤ(♦︎)は夏
クラブ(♣︎)は春

をそれぞれ表しているんですが、理亞ちゃんの衣装に付いたマークは左からスペードと、クラブ冬→春なんですね。

劇中では別れを新しい始まりと捉えることで、Aqoursや理亞ちゃんは3年生からのひとり立ちを果たした訳ですが…春とはすなわち別れと出会い・始まりの季節です。

理亞ちゃんが自分の思いを受け取って新たな一歩を踏み出して欲しいという聖良さんの願いは、こんな所にも反映されていたのかもしれませんね。実際に映画のEDでは新たな仲間にめぐり会えた描写もあるので、もしかしたら後の展開を暗示する役割も果たしていたのかも。


この表情がたまんないんですよ。監督、ちゅき!


呪いとは何なのか

ようやくテーマの本題に入っていきます。
ここまでの内容を簡単におさらいすると

聖良さんの思いを誤って受け取った理亞ちゃんは、曲の歌詞が自分を否定していると思うようになってしまった

という話をしてきました。ただ、ライブを終えた理亞ちゃんは今度こそ新しい始まりを始める決意をすることになります。

そこで最後には、延長戦が行われたあの場では、どのような事が行われていたのかを考えることにします。

“本気だって言わなくってきっと伝わる”

というフレーズもあるように、ライブを終えた後のやりとり以外の部分でも2人の心は通じ合っていたというはなしです。


まずご覧頂きたいのはここ。5thライブでの再現が注目されるBメロの振り付けですね。

公式が上げてくれているCMではドンピシャの部分を見る事が出来ないのですが、この直前には2人の掌が重なる振りがあるんですよ。それはさながらリレーのバトンタッチの様で、僕はあの瞬間をして聖良さんの思いは理亞ちゃんに届いたのではないかと考えています。その後の

“何度でも熱くなれ自由になれ”
“前を向くんだ そして思いのままに進め”
“誰より激しく生きて やり残さないで”

という歌詞の本当の意味を、やっと理解する事が出来たのではないかという…。


……
そして、これが本当に最後の話で、『Believe again』には

“できるね できるよ”
“もっと信じて”

といった様に、聖良さんが理亞ちゃんの背中を押してあげる様な歌詞が度々出てきます。中でも印象的なのは

“Now we can go, we can go”
“we can fly, we can fly”

という終盤のラップパート。直訳すると

“今、私たちは進める 私たちは飛べる”

となる訳ですが、勝っても負けてもこれが最後の披露曲となるはずだった『Believe again』で、どうして聖良さんはよりにもよって“今、私たちは”進めるという歌詞を書いたんでしょうか?

ポイントになるのはやはりこの曲を最後に聖良さんがSaint Snowの活動を終えるということで、実はこのラップパートをよく聴いてみると2度目の“go”と“fly”は理亞ちゃんに加えて聖良さんも歌に参加してるんですよね。

このような事を前提に先ほどの訳に言葉を付け加えると、以下の様になります。

“今、私の気持ちが残っている限り、貴方は進む事が出来る。私が見守っているから、貴方は1人でも、飛べる”

……
私がいなくても理亞は大丈夫だよーー

というおまじないを、曲を通して聖良さんは理亞ちゃんにかけていたんだと思うんです。







まじない 【呪い】
神仏や霊力をもつものに祈って、災いを逃れようとすること。

(三省堂 大辞林より)




余談

(画像は最初に載せたのと同じものです)

砂浜でAqoursがSaint Snowと再会するこの場面で、理亞ちゃんが付けている花の髪留めの意味(花言葉)を調べています。

僕はそういったアロマテラピー的な知識には疎いいわゆるズブの素人であるため、

①花びらが赤い
②花びらの枚数は5枚
③たぶん離弁花

という条件でネットの海をローラーするという、極めて非効率的な検索しか出来ていないんですが、そこそこ手間暇をかけて調べてみた結果、幾つか「これかも?」という候補が見つかったのでココで紹介させて頂きます。

候補① ニチニチソウ


初夏から晩秋まで絶えず花が咲き続けることから名前がつけられたニチニチソウの花言葉には、「楽しい思い出」「友情」そして「揺るぎない献身」等があります。

最後の「揺るぎない献身」ってのはいかにも理亞ちゃんっぽいと思うんですが、このタイミングで「楽しい思い出」はイマイチ雰囲気に合わない気もするから難しい…。

花びらの形も、アニメの方は先細りしているのに対してコチラはどちらかというと末広がりなので、断定するには不安要素がやや多めという感じです。


候補② バーベナ


ヴェルヴェーヌやビジョウザクラ等の名前で呼ばれる事もあるバーベナの花言葉はズバリ、「後悔」です。

理亞ちゃんの当時の心境を考えるとしたら意味としては結構しっくり来るんですが、やはりというか、こちらも花びらの形がやアニメと微妙に違うんですよね。

小さな花が輪のように重なって咲くバーベナには他に「団結」や「家族の和合」といった意味もあるらしく、裏を返せば輪になってなきゃ意味をなさないとも捉えられるんですが…断定するにはやはり不安が残ります。


……
最後までこれを読んで下さった皆様の中で花言葉について造詣が深い方がいらっしゃいましたら、理亞ちゃんの髪留めの謎について是非一度調べてみてはいかがでしょう?

もしかしたら面白い発見があるかもしれません。




ノット



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