マーラが与えた人生(百万本のバラの原曲)は、
1968年に作曲されたラトビアの子守唄です。

「百万本のバラ」の歌詞、貧しい絵描きの失恋の歌に、どうして涙が出るのが、長年不思議に思っていましたが、納得です。

この曲の持つ本当の力が、原曲の詩を知ることによって、真の姿を現してくれました。





マーラが与えた人生
 訳 楓

幼い頃のこと 悲しみが襲うと
私は母の胸で 抱きしめてもらう
母はやさしく笑みを浮かべ 私の耳元で囁く
マーラは与えた 娘に命を
与えて、与えて、与えてくれた
マーラは忘れた 娘に幸を
忘れて、忘れて、忘れさられたままに

時が過ぎて母は この世にもういない
いまは一人きり 一人で生きていく
寂しさに襲われると 母の囁きをつぶやく
マーラは与えた 娘に命を
与えて、与えて、与えてくれた
マーラは忘れた 娘に幸を
忘れて、忘れて、忘れさられたままに

忘却の彼方に 置き去りにしたものが
突然よみがえり 私は身がすくむ  
私の娘が笑みを浮かべ あの囁きを口ずさむ
マーラは与えた 娘に命を
与えて、与えて、与えてくれた
マーラは忘れた 娘に幸を
忘れて、忘れて、忘れさられたままに

訳詞/楓



ラトビアは、1918年11月に独立を宣言したものの1920年まで内戦状態が続き、

1940年には独ソ密約により旧ソ連の領土となりました。

そして、1941年から1945年までナチス・ドイツの占領を経て、再びソ連領となりました。

その間、1940年から1949年にかけて約8万にも及ぶラトビア人がシベリアに流刑され、また多くの国民が難民として国外に亡命しました。

この結果、1939年にはおよそ73%いたラトビア民族は、1989年には52%にまで減少しました。

この詩は大国の犠牲となった悲しみの象徴です。

「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか。」

エストニアでは、ナチの占領期間に1万というユダヤ人が殺され、ラトビアでは約8万5千のユダヤ人が殺されています。

バルトの神話、女神マーラは、ユダヤ人には生も幸も授けず、迫害と死を与えた・・・


1982年
「マーラが与えた人生」は、
ロシアのアラ・ブガチョワの持ち歌「百万本のバラ」にかわりました。

放浪の画家ピロスマニが女優マルガリータのホテルの前を花で埋め尽くしたという伝説をもとに詩を創作しました。

原曲の詩のまま、ロシアで訳すわけにはいかなかったのですね・・・

原曲の詩で、改めてこの曲を聴くと、涙が出るわけが納得です。


薔薇 アンネ・フランク  ホロコーストのあとで 「マーラが与えた人生」より